第158話:世界最高頭脳
「私もまた、この地で育ったアンドロイドなのですから」
――この地で、育った?
ヒナの、まるで人間そのもののような言い方に、少し戸惑う。
その時、”フォン”という音が響き、突き当りのドアが開いた。
薄暗い室内の中、ドアからわたしたちの立つ場所で、まるでまっすぐの光の橋がかけられるように、照明が照らされる。
僅かに銀が混じった金髪に、緑のかった碧眼、そして、鋭利な刃物のように整った顔立ち。
一目でカイの父親だと分かる人物が、その姿を現した。
――あれが、ルカ・ローゼンバーグ。
世界最高頭脳と称され、ファントムとしてカイでさえも及びつかないハッキング技術を有する男。
挨拶しようと、目を合わせようとした瞬間……。
喉の奥で、言葉が行き場を失った。
あらゆるものを吸い込むブラックホールのような、深遠な威容を放つその双眸。
天才・ヴィクラムをして『亡霊』と呼ばしめたオーラに、わたしは完全に呑まれていた。
「深山リン」
彼がわたしの名前を口にする。
「ヴィクラムから何を託された?」
――託された?
問い返そうとするもの、まだ言葉は口から出ない。
ルカの放つオーラが、さらに強まってきた気がする。
――このままじゃダメだ。
わたしは、一度目を閉じて、深呼吸をする。
まずはフローに入り、ゾーンへと移行した瞬間………。
脳が、一瞬、熱を帯びた気がした。
ヴィクラムに針を刺されたときに感じたあの感覚が蘇る。
ばちんっ!
その瞬間、ルカが放つ圧力が、まるでしゃぼん玉のように弾けた気がした。
ルカの瞳に、僅かに好奇の色が浮かぶ。
「ほう。それが、ヴィクラムが託した力というわけか」
――は?
こっちは勝手に針をぶっ刺されただけで、何か託された記憶になんて、全くないんですけど……。
わたしは心の中で突っ込む。
すると、ルカが、人差し指を動かした。
”ヴン”と音が鳴り、空中に、三本の赤い線が引かれた脳の立体映像が投影される。
――ん、これってどこかで見たことが……。
「あ、わたしの脳!」
わたしは思わず独り言ちた。
インドの病院で撮ったはずのMRIの写真が、ホログラムで再現されているようだ。
あの人の好さそうな医者が、データを勝手にルカに渡したのだろうか……。
――いや、と思い直す。独裁国家のシステムにさえハッキング可能なファントムにとって、インドの一病院のデータベースにアクセスすることなど朝飯前だろう。
更にルカが指を動かすと、その脳のホログラムに、いくつものオレンジの光が灯りだす。
「ゾーンに入ったときだけ脳機能が増幅するように、外科処置を施したようだな」
――確かに検査の時は、ゾーンに入ってはいなかったので、医者は気づかなかったのかもしれない。
……とはいえ、そもそも針三本でそんな施術が可能なのだろうか?
「だが、これほどまでとはな。君の祖父といい……これも血筋ということなのか」
その言葉に、わたしははっとした。
確かに、おじいちゃんが脳波が見えるようになったのは、小学生のころ、熊の爪の一撃で脳を傷つけられてからだと言っていた。
――では、やはりヴィクラムはわたしの脳に、何かを施したのだろうか?
でも、燃え尽きる寸前の生命を振り絞ってまで、どうして?
疑問が疑問を呼び、頭が混乱してくる。
聞くべきことはたくさんあるはずなのに、一体、何を聞いていいのかさえ分からない。
そのとき、今までずっとわたしを見守っていた創さんが口を開いた。
「もういいだろう、ルカ。君なら、彼女の資質に、とっくに気づいているはずだ。だから、君の口から話してほしい。我々の、新輪廻計画のことを」