第157話:世界樹の中
緑の気配が濃くなってくる。
辺りの草木は、もはや身長ほどまで生い茂っている。
――ここが、外界とは切り離されたドームの中だなんて、とても思えない。
道なき道をを搔き分けるように、わたし達4人は、ヒナの後ろを進んでいく。
「こんな不安定な道もバランスを崩さずに歩けるなんて……。一体、どんな動作系になっているんだろう」
隣で星が、まじまじとヒナの後ろ姿を見つめている。
相手がヒューマノイドだとは言え、ちょっとだけ妬ける。
やがて、視界の向こうに、幹だけでも直系5メートルはあるだろう巨木が現れる。
縦横無尽に伸び、一帯を屋根のように覆っている大木に、わたしは思わずため息を漏らす。
「こちらが、ユグドラシルです」
ヒナが言う。
――ユグド……なに?
わたしが訊ねようとする前に、星が口を開く。
「ユグドラシルって、北欧神話に出てくる『9つの世界を繋ぐ』という世界樹の名前ですね?」
「ええ、この樹の頂上で、ご主人様がお待ちです」
――え、この樹の上で!?
わたしが訊き返す前に、ヒナが何かを呟いた。
"E te ao, tuwhera!"
すると、不意に、世界樹の根元の部分が光り出した。
そして次の瞬間、幹だったはずの部分に、白色のドアが現れていた。
わたしは自分の眼を疑った。
――一体、何が起きたんだろう。
「もともとあった島一番の巨木をくりぬいて強化した上で、内部にエレベーターを作っているんだ。普段は、動物たちが警戒しないように、木の幹に同化するようなホログラフィーを施してあるけどね」
創さんがエレベーターに乗り込みながら言う。
「さっきの、E te ao, tuwhera!"という言葉で、一時的にホログラフィーが解除され、ドアが現れたってわけさ」
創さん、わたし、星、カイを乗せたエレベーターは、ほとんど音もなく昇っていく。
次第に視界が高くなっていき、おそらくは50メートルほど上昇したとき、エレベーターが止った。
「こちらが最上階です」
そう言って、ヒナがわたしたちを案内する。
世界樹のほとんど頂上に位置するその部屋は、想像よりも薄暗かった。
生い茂る世界樹の枝や葉が無数の影をなし、照り付ける人口太陽の光をも遮っている。
ただそれよりも目を引いたのは、部屋の至るところに投影されている、多彩な動物のホログラムだ。
わたしの目の前には、蒼白い光を放つゴリラのホログラムが、身体を揺らしている。
隣に浮かび上がっているモニターには、体温や骨格、DNAっぽいものまで、様々なデータが並んでいる。
「アバターからの映像に加えて、島の至るところに仕掛けられたカメラで、ホログラムをリアルタイムで生成してるんだ」
「すごいんですね、ホログラムって……」
星の隣で、わたしは感嘆の声を上げる。映画館で3D映画は観たことはあるけど、目の前の等身大のゴリラは、圧倒的な存在感がある。
ゴリラの横には、人間のホログラムまであった。
興味本位で覗き込んだわたしは、息を呑む。
――え、これって……。
そこには、ヒナのホログラムが映し出されていた。
「ええ、私のホログラフィックモデルです。私もまた、この地で育ったアンドロイドなのですから」