第156話:夕暮れの中の青空
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「ルカ様は、このエリアにいらっしゃいます」
執事型ヒューマノイドの案内に従い、その後も何やらよく分からない光を浴びせられた後、ようやくわたし達は、銀色の大きな扉のある部屋へと案内された。
――中から、何かの気配がする。
それも、一つや二つではない。おそらく、何百という単位だ。
さっき創さんも、『生態系を守るため』と言っていた。
この近未来的な扉の向こうに、一体何があるのだろうか。
やがて、分厚い扉が開き、わたし達四人は中へ案内される。
「こ、ここって……」
わたしの視界の中に入ってきたのは、想像さえできない世界だった。
そこには、太古の森が広がっていた。
地平が霞むほどの広大な敷地に、あちこちに見たこともない木々が生い茂り、動物たちが動き回っている。
この木々や土、岩の匂いは、本物だ。
けれど、決定的に違和感があったのは、青空を背景に、太陽が中空で輝いているということだった。
わたし達は、確かに、夕暮れ時にこの島を訪れたはずだったのに。
隣を見ると、星も驚きを隠せていない。まるで、異世界にでも紛れ込んでしまったようだった。
けれど、創さんとカイは、平然とこの景色を受け入れている。
「一体、どうなってるんですか?」
「簡単に言えば、このエリア全体が、ドーム状の膜に覆われているんだ。あの太陽も空も地平線も、その膜に投影された映像だよ」
「あ、あの太陽が、映像なんですか? でも、日光のぬくもりまで感じられている気が……」
「映像に合わせて、日光や雨、そして雪までほぼ再現できるんだ。もちろん、ドームを解放すれば、外部と全く同じ気温に戻すことも可能だ」
「でも何のためにこんな施設を……」
――これだけ自然が豊かな島だ。別にわざわざドームを作る必要さえない気がする。
「あれを見てごらん」
創さんが大木の下を指差す。
一匹のウサギを、もう一匹のウサギが追うように飛び跳ねている。
――別段、不思議ではない風景だ。
「ではあれは?」
その樹から伸びる枝で、極彩色のオウムらしき鳥が二匹仲良く並び、鳴き声を挙げている。
「??????」
わたしはギブアップという風に、創さんの顔を見る。
「このドームの中の動物は、二匹で行動することが多いんだ。でも実は、片方が、もう一方のデータを常に取り込むことで、行動を擬態をしているに過ぎない」
――データを取り込む……?
「つまり、このドーム内にいる、番の動物の一方は、全てアバターってことだよね」
ロボットオタクの星が目を輝かせながら会話に入ってくる。
「ええええ!?」
わたしは、思わず声を漏らした。
この数百はいるだろう動植物の半分が、アバターということなんだろうか。
見かけでは全く分からない。
「アバターが24時間常に、本物のデータを取り込みながら、行動を似せているんだ。発声機能もあるから、個体間でコミュニケーションをとることもできる」
「え、そもそも、人間以外にも、言葉をしゃべる動物がいるんですか?」
「『言葉』の定義次第だけど、音声を通して、何らかの意思疎通をしているのは間違いない。チンパンジーはもちろんのこと、オオカミ、カエル、ハイエナ、オウム、蝙蝠……。大きい動物なら、ライオンやゾウなんかもね」
わたしは、ふと『ブッダがゾウを跪かせた』というエピソードを思いだす。
――もし仮に、ブッダが、動物の言語を理解していたら……そんな妄想が頭を駆け巡る。
「でも何で、ドーム内で天候を操作する必要があるんですか?」
「気候変動や災厄が起きたときに、どのように生物が行動するのか変わるのかを、シミュレーションし、アバターに学ばせるため……というのが20年前に、ルカと共に構想を練り始めた理由なんだ」
「に、20年前!?」
私は驚愕する。ちょうどわたしと星、そしてカイが生まれた年だ。
「そんな前から、既に創さんとルカは、世界の危機を予想していたんですか?」
「いや、僕には当時、そんな未来を想像さえできていなかった。ある日突然、ルカがわたしの研究室に訪れてきたんだ。地球シミュレーターの結果を携えてね。あの時は驚いたよ」
「当時のルカさんって、どんな感じだったんですか?」
「初めて会ったときから、とんでもなく怜悧で合理的な印象だったよ。なんせ、ほとんど表情さえ変えずに淡々と『氷河期到来と連鎖噴火による人類滅亡の可能性』について語るんだからね」
「ただ、その地球シミュ―レーションをより精緻化するためには、いくつもの地質学上のデータが不足していた。だから、彼は僕のところにデータを求めに来たんだ。彼の予測が外れていることを心の底から願いながら、データ提供に協力した」
創さんは、遠い目をする。
「星があと数日で生まれるっていうときに、新しいシミュレーションの結果が出た。それを目にした時、目の前が真っ暗になった気がしたよ。僕が提供したデータは、結局のところ、ルカの予測を裏付けるだけに過ぎなかったんだから」
”ざざっ”という音とともに、頭上の巨木の枝がしなった。
二匹のチンパンジーが、枝の上から、わたしたちの方をじっと見ている。
「ただ、絶望だけしているわけにはいかなかった。だから、20年前、この地で全ての計画が始まったんだ。生まれてくる子どもたちに、世界を残すために」
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