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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第13章:インド・新たなる輪廻の環【2029年12月8日】
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第151話:悪魔の誘い

挿絵(By みてみん)


「私は、自らの欲望と引き換えに、この世界を亡霊に売り渡してしまったのではないか……」

 ベンガル語で書かれた、ヴィクラムの手記の一文を、ターニャが読み上げる。


 ヴィクラムの出身都市のコルカタは、公用語であるヒンドゥー語よりも、方言としてのベンガル語が普及している。この中で読めるのは、ターニャだけだ。


「あれは、ナヴァラートリの最中の10月10日のことだった。深夜、私だけが残った研究所を訪れたあの男は、私にこう告げた。『あなたの真なる欲望を叶えられます……』と。そいつの顔は、ひどく整ってはいたが、蒼白く、まるで亡霊のようだった」


 ターニャが恐る恐る、今にも破れそうなページをめくる。


「当然、わたしは一笑に付した。凡人に、わたしの真の欲望など分かるはずはないと……。だが、奴は当然のごとく言い当てたのだ。『この白く呪われた肉体を捨て、不死に至りたい』いうわたしの欲望を。そして、それを叶えるための方法さえも」


 ――「白く呪われた肉体」というのは、アルビノとしての肉体ってことだろうか。


「『自身の意識を、電脳の海にアップロードする』という方法論は、かつてさんざん語り尽くされたものだ。だが、世界の誰しものが、()()()()()()()()()()()()()。『意識を取り出し、移植する』という第一の壁を超えたこの私でさえ、二つ目の壁の前にはなす術がなかった」


 サティヤさんが思わず息を呑む。

「ヴィクラムは、15年以上前に、意識を取り出す脳外科手術に成功していたというのか……」


 ターニャが続ける。

「だがあの男は、二つ目の壁、すなわち”電脳上で、意識を保ち続ける”ための、『プログラム(ソフト)とスーパーコンピュ(ハード)ーターの双方を提供できる』と言い放ったのだ」


「むろん私は問うた。『国家レベルの研究機関でさえも入手困難なものを、なぜ、お前が提供できるのだと。男は、わたしの耳元でそっと囁いた。その正体、XXXXXXXXXXの名を」


「なんで、肝心の部分が滲んでんだよ」

 梨沙さんが腹立たしそうに言う。


 ――いやむしろ、後になって、敢えてそこだけ擦って、読めなくしたように見える。


「私は、ある島に招待された。そこには、ありとあらゆるものが揃っていた。完全自給自足が可能な食糧プラントや電力設備に加え、最新のオートメーション手術の機械(マシ―ン)から、スパコンまで……。あまつさえ、彼は量子コンピューターの開発まで進めていたのだ。これには私も、さすがに彼の力を認めざるを得なかった」


「はじめの内は、あの島での研究は、純粋な快楽だった。金銭的な制限も、倫理的なしがらみもない中で、100%の能力を注ぎ込める喜びを、生まれて初めて感じていた。電脳上に、初めて()()()()()()()を発生させられたときは、感動で打ち震えたものだ……」


 ここまで読んで、ターニャは息を吸った。

 その表情が険しくなる。


「だが、夢のような時間が悪夢に変わるまで、さほど時間はかからなかった。はじめは、意識が徐々に微弱化していっただけに思えた。だが、それは、ある地点で急激に微小化し、やがて、電脳上の意識は完全に消失した」


「わたしは、二度、三度、四度と自らの意識を電脳の海にアップロードした。だが、結果は変わらなかった。一定期間を過ぎると、決まって意識は消失に向かってしまう。結局、”熱力学の第二法則”からは逃れられないのかと、失意に打ちひしがれた……」


「サラ、ごめん、”熱力学第二法則”って、何?」

「全ての生命のエネルギーは、秩序から無秩序に向かい、やがて減衰するという法則だよ。例えば、氷が溶けて水になって散逸するように、ヴィクラムの意識は、ネットの海に散らばり、元の性質を保てなかったんだと思う」


 ――味噌の塊を海に流したら、すぐに海に溶け込んでしまうようなものだろうか。


「そんなある日、やつは、ある提案をしてきた。焦りが極限に達していた私は、あろうことかそれを受け入れてしまったのだ。それが、悪魔の誘いとも知らずに」


挿絵(By みてみん)

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