第149話:緊急搬送
――さ、刺された!?
わたしは、呆然と、自分の脳から生えてきている銀の針を触ろうとする。
「動くな!」
ヴィクラムが叫ぶ。
わたしの身体が固まる。
彼は、続けざまに、2本目、3本目の針を突きさす。
ターニャが悲鳴を上げる。しかし、ヴィクラムは全く動じない。
十秒ほど経っただろうか。
やがて、彼は、一本ずつ、ゆっくりとその針を抜いた。
三本の針を全て抜いたとき、彼は、まるで糸が切れたかのように、わたしの方に倒れかかってきた。
その体は、まるで蝉の抜け殻のように重みが抜け落ちている。
意識を失いかける瞬間、彼はわたしに確かに言った。
「亡霊に、XXXXXXXXXXに気をつけろ」
ワンテンポ遅れて、ターニャとサティヤさんが、わたしの下に駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか?」
わたしはどうにか頷く。
まだ意識はある。でも、頭が、いや脳が徐々に熱されていくような感覚だ。
サティヤさんがヴィクラムの肩を揺らし、「一体何をしたんだ」と問い詰める。
だが、ヴィクラムは答えない。いや、答えられない。
彼は、昏睡状態になったように、白目をむいている。
足元に転がったお椀を見たサティヤさんが叫ぶ。
「キノコ毒か!」
――まさか、入滅の場所だけでなく、死因までもブッダを真似しようとするなんて。
混乱をきたした脳が、ますます熱くなってくる気がする。
わたしは、半ばパニックになって、スマホを探して自分のバックパックを掻きまわす。
――誰かを、呼ばなければならない。
スマホの代わりに、バックの底から出てきたのは、黒革のブックカバーだった。
「途方にくれたら、読んでみな」
そう言われて、梨沙さんから渡された本だ。
中身が何であれ、今の状況を打開できる本などあるはずはない。
そう思って、本を放り投げようとした瞬間。
本が、喋った。それも梨沙さんの声で。
「リン、動かずにそこで待ってろ! 今すぐ行く!!」
脳がバグって、幻聴が聞こえ出したのかと思った。
けれど、ターニャたちの顔を見ると、明らかにその声は耳に届いている。
急いで、黒革のカバーをひっぺがすと、その裏には、通信機らしきものが赤く光っている。
――そうか、梨沙さんは、全てのわたしの行動を追跡していたのか。
脳はますます熱くなってくる。
もう、意識を保つのが限界に近付いている。
涙ぐむターニャと、汗まみれのサティヤさんの顔がだんだんとぼやけてくる。
”Trust her"
わたしはそう二人に伝えると、その場に倒れ込んだ。
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目を覚ましたとき、まず目に入ったのは白い天井だった。
何かが耳元で低く唸っている。その音が、現実に引き戻す糸のようにわたしを絡めとる。
――こ、ここは?
起き上がろうとして、思わず頭をぶつけそうになる。
体の周囲を覆う白い円筒が覆っていたからだ。視界の端からは、蛍光灯の光が漏れてきている。
「リン、目覚めたのか?」
マイクを通じて、梨沙さんの声が聞こえる。
「わたし、今、どこに?」
「クシナガラから約50kmの総合病院だよ。MRIのある病院が、ここしかなかったんだ。いやあ、焦ったぜ。なんてったって、頭に怪し気な針を三本もぶっ刺されたんだからな」
次第に頭が鮮明になってきた。
仏塔の中でヴィクラムに脳を刺され、そのまま意識を失ったまま、病院に運び込まれてきたということか。
「今、ちょうどMRIの撮影が終わったところだ。検査結果ができるまでは、暫く安静にしてろ」
わたしは、はっと気づく。
「他の人たちは?」
「ターニャと、サティヤは、控室で待っている。アローカさんたちは、後処理に追われているよ。なんていったって、神聖な仏塔に侵入されたんだからな」
「じゃ、ヴィクラムは……?」
一瞬の間の後、梨沙さんはこう答えた。
「それは、後で話してやる。まだ検査は続く。今はもう少し、寝てるといい」
そう言われると、頭が再び痛み出した気がする。
わたしは再び目を閉じ、白い光を放つ機械に吸い込まれていった。