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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第13章:インド・新たなる輪廻の環【2029年12月8日】
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第148話:銀の針

挿絵(By みてみん) 


 仏塔の中は、巨大な空洞だった。

 先頭のサティヤさんが懐中電灯で足元を照らし、わたし達が後ろについていく。


 奥の方から、いくつかのゆらめく小さな炎が見える。


 月光さえも差し込まぬ中、かろうじて光を発しているのは、その香油の上を揺らめく炎だけだった。

 恐らく、ヴィクラムが持ち込んだんだろう。


 わたしたちが、暗闇の最奥をライトで照射すると、壁面に、人影が横に長く映る。

 どうやら座禅をしているようだった。


 反射光で赤い瞳がゆらめく。

 相応の年輪が刻まれているものの、肌も髪も、雪のように白い。


 ――ヴィクラムだ。


「光を消せ」

 その声が仏塔中に響き渡る。


 ただ、空洞を反響しているのはない。

 直接、脳内を突きさすような強制的な響きを持っている。


 ジャイールと同じ脳波操作がなせる業だろう。


 わたしは、再びゾーンに入る。

 警戒を解くなと、本能が告げている。


 わたしたちがライトを消すと、やがて彼は目を瞑り、座禅に戻る。

 再び光は、香油の上のゆらめきだけとなる。


 ヴィクラムの蒼白な顔が、あたかも亡霊のように浮かび上がる。

 その顔にも、瞳からも、生気がまるで感じられない。


 ――あれは、何だろう。

 わたしは彼の傍らに置かれているものに目をやる。


 そこには、一冊のノートらしきものと、一口のお椀だけがあった。

 そのお椀にわずかに浮かんでいるのは、キノコか何かのかけらだろうか。


 いや、まだある。

 目を凝らすと、香油の光に照らされるように、30cmほどの銀の針のようなものが数本、まるで数筋の月光のように煌めいている。


 サティヤさんが、ヴィクラムに強い口調で問う。

 「いつ、ここに侵入してきたんだ?」

 「一体何のために……」

 ……が、その一切に、彼は反応を示さない。


 ターニャが、わたしに静かに耳打ちする。

「彼から、すでに死を受け入れた人の気配がします」


 ”死を待つ人々の家”で働いた彼女は、そうした気配を感じ取れるのだろう。


 わたしも頷いた。

 そう、おじいちゃんと過ごした最後の一日に感じた、気配と一緒だった。


 もし、人生の最後の時に、赤の他人と会話したいと思うとすれば、最も心に残っていることだけだろう。


 わたしは、バックパックからレコーダーを取り出し、ボタンを押す。

 ジャイールの詠唱が、響き渡る。


 ーーーーーーーーーーーー

 末法の世が始まるとき、魂たちはその器を失う。

 そして彼らは、変質する量子の海を漂い続けるだろう。


 人が自らの境界を求めるとき、新たなる輪廻の環が回りだす。

 その環を回すのは、全なる亡霊か、一なる女神か。


 やがて人は選ばなければならない。

 生み出そこから、された涅槃に留まるのか、この大地で再び生きるのか?


 一なる女神は、次なる世界で運命を共にする者たちと再び出逢う。

 やがて、一が全に、全が一になったとき、第三の道が拓かれよう。


 ーーーーーーーーーーーー


 ジャイールは、不意に眼を見開いた。

 そして、「お、おお……」と絞り出すように声を出した。


「まさか、()()()()()()()()()()……」


 この世でない場所を見ていたその瞳に、僅かながら生気が宿る。

 ヴィクラムが、わたしを手招きした。


「顔を」

 深紅の瞳とその声に、抗いがたい圧力を感じ、なすがままに顔を彼の傍に寄せる。


 刹那。

 彼の手が、銀の針に伸びた。


 気が付くと、わたしの脳に、銀の針が深く突き刺さっていた。


挿絵(By みてみん)

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