第147話:潜入
「ヴィクラムと思わしき人が、あの仏塔の頂上から梟の目を通して、わたしたちを見ています」
サティヤさんが、さすがに信じられないという風にわたしの顔を見る。
わたしは、サウジアラビアで、ジャイールが自在に鷹を脳波で操っていたことを話す。
「ヴィクラムが、ジャイールに脳波操作の力を授けた以上、ヴィクラム本人も操作可能なはずです」
暫く考えて、サティヤさんは問う。
「では、もしあの梟をヴィクラムが操作しているとして、ヴィクラム本人は、どこにいるのでしょうか?」
「衰弱している身です。この近くにいる可能性が高いと思いますが……」
いくら脳波操作に長けていても、倒れて病院に運び込まれたのは、つい二日前のことだ。遠ければ遠いほど、強い脳波が必要となってくる以上、近くにいると考えるのが自然だろう。
「分かりました。三人で一緒に、仏塔の周囲を探しましょう」
そう言って、サティヤさんが立ち上り、懐中電灯に光を灯す。
わたしとターニャもバックパックを背負い、ライトを片手にテントを出る。
夜の闇に溶けかかっているラームバール仏塔の赤茶色のレンガを、懐中電灯がうすぼんやりと照らす。
「この仏塔は、高さ15メートル、直径約35メートルの円形になっています。わたしが右から周りますから、リンさんとターニャさんは逆から周ってください」
サティヤさんの支持に、わたし達は頷くと、緊張しながら、慎重に仏塔を左回りに歩き出す。
しかし、警戒とはうらはらに、人影などどこにも見当たらない。
仏塔周りだけでなく、周辺の木々にライトを照らしてみるものの、何ら怪しいものは見つけられなかった。
「何か見当たりましたか?」
前方から、ライトの光とともに、サティヤさんの声が近づいてくる。
どうやら、ここがちょうど仏塔の真反対で、逆側から歩いてきたサティヤさんとぶつかってしまったようだった。
わたしたちは首を振ると、サティヤさんも同様だった。
「だけど、あの梟は、わたし達を見張り続けています」
そうやって、わたしは頂上に梟を指差す。
目を凝らすと、その梟の首は、不自然なほどに回っていた。
身体の向きは寸分も変わっていないのに、わたし達の動きを追い続けるかのように、首だけが真反対を向いている。
「ちょ、ちょっと不気味ですね」
ターニャが言う。
「梟の首は左右に270度ずつ、つまり合計540度回りますからね」
どうやら、サティヤさんも仏塔を調べながら、梟を観察していたらしい。
「あの梟は、仏塔の上から、私たちを見張り続けていました。普通の梟であれば、ここまで人間の気配を察知したら、とうに飛び去っているはずです。となれば、リンさんの言うように、”誰かが操作している”可能性はあるかもしれません……」
「でも、周囲のどこににもいないとすると、ヴィクラムさんはどこにいるのでしょうか?」
ターニャが訊ねる。
「唯一、考えられるのは……」
わたしは、目の前のレンガ建ての建物を指をさす。
「既に、この仏塔の内部にいる、ということです」
サティヤさんが、戸惑いながら言う。
「ですが、仏塔の入り口は、寺でも一部の人間しか知らない極秘事項です。そもそも、現在はレンガで封鎖されているはずですし……」
「ただ、ヴィクラムはインド中の仏教経典を読み尽くしていた……。そうですよね?」
わたしの言葉に、サティヤさんが頷く。
「確かに、その中に、この仏塔の内部構造についての記載もあったかもしれません……」
そこまで言うと、はっとしたように言う。
「農家でなくなったというスコップも、もしかしたら……」
「入口のレンガを突き崩すためかもしれません。秘密の入口の場所まで、ご案内いただけますか?」
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「こんなところに、入り口があったんですね」
わたしは、思わず呟く。
レンガが詰められていて、完全に周囲と同化しているため、言われなければ、入口だとは決して気が付かないだろう。
規模は全く違うけど、わたしはエジプトで見たピラミッドを思い出していた。
あれもまた、その亡骸を弔うための遺跡であり、侵入者を防ぐために、入り口は巧妙に隠されていた。
サティヤさんが懐中電灯を照らす。
光に映し出されたレンガの壁には、一見して不自然なところはない。
けれど、サティヤさんの表情は険しい。
「レンガの破片が、周囲に散らばっています。恐らくは、スコップで一度突き崩して、内部から積み直すことで偽装したのでしょう」
そう言うと、レンガの破片を手にする。
暫くの間、彼は迷ったような表情を見せていたけれど、やがて意を決したようにこう言った。
「僅かですが、内部から油の匂いがします。ブッダが火葬されたまさにこの場所で、ヴィクラムは、今夜、焼身自殺を図ろうとしているのかもしれません」
――そうなったら、この建物ごと焼失する恐れさえある。
「本来であれば、許されないことですが……。事は一刻を争います。仏塔内部に潜入しましょう」