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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第13章:インド・新たなる輪廻の環【2029年12月8日】
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第146話:月の導き

挿絵(By みてみん)


 2029年12月21日 クシナガラ


 わたしたちは、焦りとともに、2029年最後の満月の夜を迎えていた。

 昨日、丸一日かけて、ヴィクラムの捜索を行ったにもかかわらず、何一つ出かかりが出てこなかったからだ。


 仏教徒にとっては聖地でも、農村地帯にあるクシナガラは、人口も多くない。

 寺院や宿の数も限られている以上、アローカさんと警察の指揮の下で、ヒアリングをして回れば、その足取りがつかめるだろうと思っていた。


 けれど、全くいいと言ってほど、目撃証言は得られなかった。

 辺りはいたって平和で、唯一、普段と違ったことは、『近所の農家が愛用していたスコップが無くなってしまった……』なんていう他愛のないものだった。


 アローカさんは言う。

「ヴィクラムさんの入滅が目的である以上、実際にブッダが入滅された大涅槃寺、もしくは火葬されたラームバール仏塔(ストゥーパ)を訪れる可能性もあります。普段は、夜は出入りはありませんが、今夜は24時間体制で見張らせましょう」


 わたしはお礼を伝えつつ、何かがひっかかっていた。


 ――何かを、根本的に見落としている気がする。

 ただ、それが一体何なのかが、どうしても分からなかった。


 **********


「うー、インドでも、夜はやっぱりかなり冷えるね」

 わたしとターニャは、半開きのテントの中で、身を寄せ合いながら毛布にくるまっていた。


 結局、全く手がかりがないまま、太陽は沈み、世は更けていった。


 そこで、アローカさん門下の僧侶数名は大涅槃寺に、わたし、ターニャ、そしてサティヤさんが、このラームバール仏塔(ストゥーパ)に徹夜で張り付くことになったのだ。


 何かあれば、すぐにスマホで連絡を取りある手はずになっていた。


「今のところ、異常はないようです」

 辺りの見回りから戻ってきたサティヤさんが、わたし達のテントを覗き込むようにして声をかけてくる。


 わたしはバックパックから、借りてきた魔法瓶を取り出し、スープを注いで、サティヤさんに手渡した。その湯気が、澄んだ夜の空気に登り、白く輝く満月を少しだけぼやかした。


「明け方には、"Lunar Eclipse"が見られるそうですね」

 煌々と照らす満月を見ながら、サティヤさんが言う。


Lunar (ルナ) Eclipse(エクリプス)?」

 英単語の意味が分からず、サラに訊くと、こう答えてくれた。


「月蝕のことだよ。今夜は、ちょうど皆既月食の日なんだ。夜が明ける前の最も昏い時間に、 月が地球の影に入って、次第に赤く見えてくるはずだ」


「正直、ちょっとだけ、怖いです」

 ターニャがぶるっと身体を震わす。


「ヨハネの黙示録では、世界の終末には日蝕と月蝕が同時が起こり、赤い月が浮かび上がるとされていますから……」


 ――そ、そうなんだ。

 よりによってこんな日に、キリスト教徒のターニャを巻き込んでしまったことに、罪悪感を覚える。


「今日は日蝕ではないのですから、ご安心ください」

 サティヤさんが、努めて明るい声で言う。


 ターニャは頷いて、スープをひとくち口に含む。

 そしてすくっと立ち上がると、テントの外に一歩で出た。


 そして、彼女は清らかに澄んだ声で、歌を口ずさみだした。


 The smile that flickers on baby's lips when he sleeps--

 赤ちゃんが眠りについているとき、その唇にかすかに浮かぶ微笑み……。


 does anybody know where it was born?

 それは、どこで生まれるのでしょうか?


 Yes, there is a rumour that

 そう、或る人は、こう言っています。


  a young pale beam of a crescent moon touched the edge of a vanishing autumn cloud, and there the smile was first born in the dream of a dew-washed morning.

 細く淡い三日月の光が、消えゆく秋の雲の端に触れたとき、露に濡れた朝の夢の中で、その微笑みは初めて生まれたのだと。


 繊細なその歌詞と、ターニャの清浄な歌声に、わたしとサティヤさんがは思わず拍手する。


「今の、なんて曲なの?」


 そう訊ねると、ターニャは微笑んでいう。


「タゴールの、”The Crescen(三日月)t Moon”です」


 この曲で歌われている月は、限りなく優しく愛おしい。

 同じ月のことに触れていても、ヨハネとタゴールが謡うのでは、ここまで印象が異なるのは面白い。


 しっとりと濡れるような、歌の余韻に浸ろうとしたその時。


 わたしは、不意に思い出した。


 昨日、まさにこの場所で、ターニャが歌い、わたしが座禅を組んでいたとき、誰に見張られているような視線を感じていた。


 あの時は、例によって、他国の諜報用の鳥型アバターかと思っていた。

 けれど、あれがもし、ヴィクラム本人が操っているアバターの視線だったとするならば……。

 

 わたしは、すぐに座禅を組み、フローを経てゾーンに入る。

 意識の範囲を広げ、神経を研ぎ澄ませて、視線の発信源を探る。


 ――やっぱり。


 予感が的中する。

 視線の発信源は、()()()()()()()


 わたしは、レンガが積み上げられた仏塔の頂上を見る。

 そこには一匹の梟が、満月を背に、微動だにせずにこちらを見つめていた。


挿絵(By みてみん)

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