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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第13章:インド・新たなる輪廻の環【2029年12月8日】
145/268

第145話:ブッダの足取り

挿絵(By みてみん)


「たった今、アローカ(祖父)から連絡がありました。ヴィクラムの”()()()()()()”が掴めたそうです」


「ほ、本当ですか?」

 ――『最後の足取り』という言い方が気になる。もうすでに、いないということなのだろうか。


「数日前に、ここから数キロメートルほど離れた小さな医院に、急患として運びこまれていたようです。アローカ()が既に車を手配したので、一緒に現地に向かいましょう」


 **********


 そこは、ブッダの弟子を名を冠する、農村の中にある小さな医院だった。

 その一室で、医者をはじめ、アローカさん、サティヤさん、わたし、そしてターニャが、所せましと座っている。


「彼がここに運びこまれたのは、3日前のことです。極度に衰弱しており、道で動けずに倒れていたところを、急患として運び込まれてきました」


「衰弱の原因は?」

 サティヤさんの問いに、医者は渋い表情をする。


「ご高齢ということもありますが、主には栄養不足と過労によるものです。どうやら、ネパールのルンビニーから徒歩で国境を越え、このクシナガラまで、歩いてこられたようですから」


 ――ルンビニー……って?

 疑問の表情を浮かべるわたしに、サティヤさんが補足してくれる。


「ルンビニーは、ブッダ生誕の地と言われています。かつてはインドの一部で、今はネパール領になっています。つまり彼は、ざっと200kmの距離を、歩き続けてきたことになります」


 ――確か、ヴィクラムは60を超えていたはずだ。

 ましてや、悪天候の中、舗装もされていないような道であれば、ほとんど自殺行為に近い。


「それで、彼は、今はどこにいるのですか?」

 アローカさんの問いに、医者は申し訳なさそうに首を振る。


「一昨日の晩遅く、看護師が目を離している隙に、突如姿をくらましてしまったのです。体力的には、点滴により、歩けるくらいには回復していましたから」


「行先の手がかりになるようなことは言っていましたか?」

「点滴を打ちながら、大病院での検査を勧めた私に対して、彼はこう言葉を返しました。『()()()()()()()()()()()()()()()()』……と」


 わたしとアローカさんたちは顔を見合わせた。


「どうやら、満月の夜にこの地で入滅を図ろうとしていることに、間違いはなさそうですね」

 サティヤさんの言葉に、アローカさんも頷く。


「満月の夜は、明後日の21日です。それまで、出来る限り周辺を探すよう、地元の警察や僧院の者たちに捜査を依頼しましょう」

 そう言うと、アローカさんは携帯を片手に部屋の外に出ていった。


「それにしても、ヴィクラムは、なぜ倒れてまで、自分の足で歩こうとしていたのでしょうか……」


「ブッダが誕生した地と、入滅した地を、その足で辿ることで、その精神性に近づくことになると考えたのかもしれません。当時、ブッダやその弟子もまた、徒歩で布教していたわけでしたから」


「でも、ヴィクラムは仏教徒ではないんですよね。何でそこまで……」

「そこが、謎なんです。相当に信心深い人であっても、仏教のそれぞれの聖地を徒歩で回り、仏典を読み漁るのは、並大抵のことではありませんから」


 わたしもそこは疑問だった。

 脳医学と量子力学の分野で、世間から十分すぎる評価を得ていた彼が、なぜ、そこまで仏教にのめりこまなければいけなかったのか。


「いずれにせよ、徒歩なら、そう遠くに行けないかと思います。クシナガラは小さな集落ですから、上手くいけば、明日中には、行方が見つかるかもしれません」


 サティヤさんが慰めるかのように言う。

 どうにか見えてきた微かな希望に、わたしは胸をとりあえず胸をなでおろす。


 しかし、その希望は、無惨にも打ち砕かれることになる。

 翌日の12月20日、丸一日、当局や僧を動員したものの、ついにはヴィクラムの居場所は(よう)として知れなかったからだ。


挿絵(By みてみん)

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