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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第13章:インド・新たなる輪廻の環【2029年12月8日】
142/266

第142話:脳と心臓

挿絵(By みてみん)


 大涅槃堂の外に出ると、暖かな日差しがわたしの身体を包み込んだ。

 抜けるような蒼天の下、白亜の大涅槃堂が陽光に反射し、鮮やかに映えている。


 一陣の爽やかな風が、吹き抜け、わたしの髪をたなびかせる。

 黄色に色づいた木の葉が、さらさらと音を立てて揺れている。


 ――そういえば、今って、12月なんだっけ。


「この季節なのに、ずいぶんと暖かいんですね」

「ええ、今は冬ですからね。お昼でも20度程度なので、大分快適です」


 ああ。そうか。

 そもそも考えてみれば、普段わたし達がもっている「冬が寒いもの」という意識も、日本にいるからこそもっているものなんだ。


 サティヤさんが、ポットに入れた薬草茶を手渡してくれる。

 苦みのあるその味が、今は美味しく感じられた。


 日光の暖かさが、色づく木の葉が揺れる音が、たなびく前髪が、そして薬草茶の仄かな苦みが、ようやくわたしが、この現実世界にいるという実感を与えてくれる。


「意識って、もしかして、脳だけでなく、身体が感じることで、得られるものなんでしょうか?」

 わたしはふと、尋ねてみる。


 サティヤさんは、眼を見開いて、暫く考え込む。

「とてもよい質問ですね。ここは、科学者の間でも見解が分かれているところなんです」


「学会でも、『意識はあくまでも脳の神経細胞(ニューロン)の活動 によって生まれる』という説と、『身体全体の感覚や環境との相互作用が意識を生んでいる』という説で、真っ二つに分かれています」


 そう言って、サティヤさんは薬草茶を一口飲んだ。


「へえ、まだ解明されていないんですね」

「心は脳に宿るのか、心臓に宿るのかという議論は、少なくても紀元前3000年前のエジプト時代から行われてきたそうですよ」


「え、じゃ、人類は、5000年間もずっとこの議論をしているってことですか?」


「はい。当時のエジプトでは、心は『心臓に宿る』と考えられていて、ミイラを作る際には脳を捨てて、心臓は残したと言われています。人の死後、オシリスという神が、死者の心臓を天秤にかけ、善悪を測ると信じられていたようです」


 ――オシリス。

 そういえば、ナイルの川辺で、梨沙さんに、壁画の写真を見せてもらった気がする。

 確か、ジャッカルの頭を持つ「アヌビス」の隣に座っていた、冠を被った神様だ。


「一方、紀元前4世紀ごろ、ギリシャのヒポクラテスは、『知性、感情、意識などの”心の働き”は脳にある』と主張していたようです」


「それにしても、人類が5000年間もずっと議論してるなんて、よっぽど興味深いテーマなんでしょうね……」

「ええ。実は近年、AIの誕生によって、さらに議論が過熱しています。なぜなら、仮に脳だけで意識が成立するのであれば、”電脳の海の中の存在であるはずのAIが、それ単体意識を持ちうる”ことになりますから」


 ――まさに、初代アニメ版の『攻殻機動隊』の主なテーマは、そこだった。


「一方で、もし、身体が意識の誕生に不可欠な要素だった場合、受信機としての物理的な脳に加え、身体そのものが必要になります」


 わたしは、不意に何かが繋がった気がした。

 カイや十萌さんたちは、”人工知能”にとどまらず、”人工頭脳”、そして人工身体である”リアルアバター”を開発していた。


 ――もし意識を、人工頭脳、そしてリアルアバターに宿そうとしているのであれば、全ての辻褄があう。


 そう言えば、十萌さんも、サウジから連絡したときに、こう発言してた。

『ここらへんは、また今後、対面でゆっくり説明してあげるわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』……と。


 逆に言えば、これは、盗聴を恐れる必要があるほどの重要なテーマなのだろう。


「ちなみに、仏教の場合は、”身体派”と”脳だけ派”の、どっち派なんですか?」


「それこそが、先ほどの”縁起” の考え方なのです。仏教では、”意識は独立して存在するのではなく、身体、環境、経験、記憶などの相互作用 から生じる”と述べています。つまり、エジプトの”心臓説”でも、ギリシャの”脳だけ説”でもない、”第三の道”だといえるでしょう」


挿絵(By みてみん)

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