第14話:リアルアバター
エリーが話してくれた10年の過去は、本当に過酷なものだった。
もともと、エリーの父親はイギリスの財閥の御曹司で、麻痺したエリ―の下半身を治すため、あらゆる伝手を使って世界中の治療法を試してきた。
けど、いずれも成功しなかったらしい。
麻痺の原因が、脊椎の完全損傷だったからだ。
重度の脊椎損傷は、最新の現代医学をもってしても完治できない。
エリーも、はじめこそリハビリに前向きだった。
でも、度重なる失敗とその痛みに気落ちし、次第に引きこもりがちになっていった。
エリーの父親は、専門の執事をつけて、どこにでも行けるようにはしてくれた。
でも、エリーの気持ちは決して晴れなかった。
「だって、わたしは、ただ外に行きたかっただけじゃない。大切な誰かを守れるようになりたかったの。あのときのリンちゃんのように」
彼女は、自分自身の力で立ち上がり、強くなりたかったんだ。
「希望が見えては消える繰り返しで、何度も諦めようかとも思ったわ。だけど、三年前のカイさんとの出会いが、わたしを変えてくれた」
まだ世間一般には公になってはいなかったもの、人工知能研究の雄、アイロニクス社が、ブレーン・マシン・インターフェースの開発に乗り出したということは、業界のごく一部の科学者の間では噂になっていた。
その噂を聞きつけたエリーの父親が、カイにコンタクトをとったことがきっかけだったという。
「この計画を聞いたとき、暗闇の中で、一筋の光を見た気がしたの」
エリーは、傍らに置かれた、VRゲームのヘッドセットのような機器を手に取り、私に見せる。
スピーカーから、電子音声が発せられる。
「Usrname, Eleanor Elizabeth Clifford, Authentication, undergoing.....(ユーザーネーム、エレノア・エリザベス・クリフォード、本人認証実行中……) 」
「ヘッドセットが、エリ―を本人認証しているとこだよ」とサラが解説してくる。
「Transfer to Diana(ダイアナへ脳波転送)」
エリ―がそう言うと、突然、足元の光る猫が「Complete(完了)」と発声する。
「今のは、アバターに脳波を飛ばす指令なの。これで、ダイアナが見ている風景はこのヘッドセットを通して見ることができる。そして、私が発した言葉を、同時にダイアナに喋ってもらうこともね」
白銀の猫が足元にすり寄ってくる。
「わたしの大切なアバター、ダイアナよ。よろしくね」
確かに、昨晩聞いたエリーの声そのままだ。
「昨日、カイさんから、リンちゃんが山野辺さんの家に来てるって聞いて。どうしても待ちきれなくて、会いに行っちゃったの。驚かせてしまってごめんなさい」
とすまなそうに言う。
「わたしはまだ自分の足で動くことはできないけど、ダイアナが私の代わりに動いてくれるの」
わたしはようやく合点がいった。
「もしかして、島の子どもにも、姿を見られちゃったり……した?」
「うん、祥子ちゃんにね」
と恥ずかしそうにうつむくエリー。
「ああやって、みんなで外で遊べるのが、昔からずっと羨ましくて……」
と少し寂し気に視線を落とす。
「なるべく目立たないように、いつも、木陰や塀の陰から見ていたんだけど……。あのとき、いきなり祥子ちゃんに見つかっちゃって」
パニックになって、説明しようとして、思わず名前を呼んでしまったのだという。
まあ、幽霊猫だと思った祥子ちゃんは、一目散に逃げてしまったんだけど。
そりゃ、いきなり猫にしゃべりかけられたら、誰も逃げ出すだろう。
……けど。
エリーの気持ちが痛いほどに刺さってきた。
二度と歩けないと宣告されたとき、彼女はまだ7歳だったんだから。
同い年の子が、小学校で友達とはしゃいでいるときも、彼女は世界を転々とし、ずっとずっとリハビリを続けていたのだ。
どんなにか、寂しかっただろう。
そうして、替わりの身体を通してとはいえ、こうして自由に出歩けることを、どんなに得難く感じていることだろう。
わたしは、カイの背中を軽くたたく。
「ありがと。ちょっと見直した」
「何が?」
カイはすっとぼける。
まあ、カイの性格だ。
素直に感謝の言葉を受け取らないだろう。
かわりに、こう伝える。
「この計画、わたしにできることがあったら、何でも言って」
「ふーん、そう?」
カイはいつもの不敵な笑みを浮かべた。
――な、なんか、嫌な予感がする。
この表情を浮かべたときのカイは、たいてい何か企んでいるから。
早くも自分の言葉を後悔し始める。
そして、その予感はすぐに的中することになる。