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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第13章:インド・新たなる輪廻の環【2029年12月8日】
136/266

第136話:中道

挿絵(By みてみん) 


 宿から荷物を取ってきたわたしとターニャは、結局、バスが発車する時間ギリギリまで、シャルマさんに話を伺うことにした。


 わたしが、とりわけ気になっていたのは、ヴィクラムのメモのこの一節だった。


「『想像もしなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……』――。こう、十数年前に書いている以上、この”全なる亡霊”っていうのは、”今の現実世界に存在する何か”ってことですよね?」


 シャルマさんが、自信なさげに「恐らく……」とだけ答える。


「じゃ、”全なる亡霊”というのが、一体誰を、あるいは何を指しているのか、心当たりはありませんか?」


「いいえ……。ブッダは、創造主的な存在については触れていません。輪廻は、遥か昔からある、(カルマ)がもたらす世界の(ことわり)だと、捉えていたようですから」


 ――もしそれが今までかつての輪廻だとするならば、新たな輪廻というのは一体何なのだろうか?


「じゃ、”一なる女神”っていうは……?」

「仏教上、菩薩などが女神として扱われてはいる例も確かにあります。ただ、亡霊との対比的存在としては描かれていません……」


 ――ただ、とシャルマさんは続ける。

「経典は読めても、ヴィクラムさん自身は、仏教に帰依していたわけではないので、もしかしたら、”全なる亡霊”も、”一の女神”も、仏教の枠外の存在という可能性もあります」


 謎が謎を呼び続け、頭が混乱してくる。

 わたしは、文字でぎっしりになったメモを改めて読み返す。


 ーーーーーーーーーー


【ヴィクラムの予言の歌】

 末法の世が始まるとき、魂たちはその器を失う。

 そして彼らは、変質する量子の海を漂い続けるだろう。


 人が自らの境界を求めるとき、新たなる輪廻の環が回りだす。

 その環を回すのは、全なる亡霊か、一なる女神か。


 やがて人は選ばなければならない。

 生み出された涅槃に留まるのか、この大地で再び生きるのか?


 ーーーーーーーーーー


 

 そもそも、この詩自体が謎だらけだ。

 わたしは、疑問を順番に書き出してみる。


 ①魂の器とは何か?

 ②量子の海とは何か?

 ③全なる亡霊とは何か?(そもそも人なのか?)

 ④一なる女神とは何か?(これも人なのか?)

 ⑤新たなる輪廻の環とは何か?

 ⑥そこに、ヴィクラムがどう関わっているのか?

 ⑦生み出された涅槃とは何か?

 ⑧この大地というのはどこのことなのか?


 

ここにジャイールが詠った二小節が加わったことによって、さらに疑問は増えることになる。


 ーーーーーーーーーー


【ジャイールが加えた歌詞】

 一なる女神は、次なる世界で運命を共にする者たちと再び出逢う。

 やがて、一が全に、全が一になったとき、第三の道が拓かれよう。


 ーーーーーーーーーー


 ⑨運命を共にする者たちとは誰か?

 ⑩第三の道とは何か?



 数十年もの間仏典に触れてきたシャルマさんでさえも、答えられない問いだ。

 恐らく、歌詞を紡いだヴィクラム本人しか分からないことだろう。


 逆に言えば、ヴィクラム本人さえ見つけられれば、解決するとも言える。

 だからこそ、最も深刻な問題は、たぶんこの3つだ。


 ⑪ヴィクラムはまだ生きているのか?

 ⑫生きていたとして、見つけられるのか?

 ⑬見つけられたとして、彼は、わたし達の助けになってくれるのか?


 ――一体、なぜこんなことになっているんだろう。


 わたしは、混乱する頭で、あらためて振り返る。


 もともと、今回のインドの旅は、ヴィクラムに会って、わたし自身の脳波操作の力を高める目的だったはずだ。


 けれど、もはや事態は、そうした個人的な話を大きく超え始めている。

 まるで、自分が、巨大な暗雲の中に飛び込む、一羽の鳥になった気がしてきた。


「そろそろ、バスの時間だわ」

 ターニャの声に、わたしははっと我に返る。


 お礼を言って、席を立とうとしたわたしに、シャルマさんが真剣な声で言う。


「ヴィクラムは、類まれな才能と、狂気にも似た信念を持った人物です。その世界に入り込むと、戻れなくなる可能性がある――だからこそ、私自身は、彼から距離を置いていました。でも、今となれば、それは、逃げただけだったように思えてなりません」


 彼のその顔には、悔恨とも取れる表情が浮かんでいる。


「仏教には、”中道”という思想があります。王子として生まれたゴータマ・シッダールタが、贅を尽くした”快楽の道”と、修行者としての”苦行の道”の両極を体験した――。だからこそ、”第三の道”を見いだせたのかもしれません


 ――”第三の道”。

 ジャイールの詩の最後に歌われていた言葉だ。


「あなたはきっと、世界の両極に触れてなお、あなた自身の道を見つけ出せる――。そう信じています」


 そういって、彼はわたしのために手を合わせてくれた。

 その姿は、過去への追悼にも、未来への期待の祈りにも見えた。


挿絵(By みてみん)

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