第135話:入滅の地へ
「2029年12月、つまりは今月の満月の日までに、”一なる女神”が見つからなかった場合、彼は、ブッダが亡くなった地で、自ら死を選ぶということです」
涅槃図の裏に隠されていた紙片のあまりの内容に、わたしはしばし言葉を失っていた。
さっきまでは、正直、どこか非現実的なおとぎ話に聞こえた”預言の歌”が、この手紙の存在によって、急に現実味を帯びてきてしまったからだ。
わたしは改めて、ヴィクラムのメモに書き記されていた文言を読む。
「2030年、末法の世が始まる前に、”一なる女神”の器を見つけ出さなければいけない。もし、その前年までに探し出せなければ……。満月の夜、わたしは、あのブッダと同じ地で入滅を図るだろう――」
「入滅するってことは、やっぱり死ぬってことなんですよね?」
「ええ、涅槃図とともにこの手紙が残されていたということは、そう考えるのが自然かと思います。満月の夜、というのも、ブッダが亡くなったと言われている日ですし」
つまり、ヴィクラムは、残り数日の間で、自死を選ぶかもしれないということだ。
――いや、前年のいつまでとは言及していない以上、最悪の場合、既に亡くなっている可能性さえある。
わたしは、背筋に冷たいものを感じながら、サラに訊ねる。
「今月の満月って、いつ?」
「12月21日だよ。この日は、日本もインドも皆既月食の日なんだ」
わたしは、僅かに胸をなでおろす。
今日は12月18日だから、まだ、3日間ある。
「ブッダが入滅した地、というのは分かっているのでしょうか?」
わたしの問いに、シャルマさんが頷いた。
「はい、ブッダが入滅した地は、現在のインドのウッタル・プラデーシュ州のクシナガルと言われています」
「そこって、どれくらい人がいるんですか?」
「ウッタル・プラデーシュ州全体の人口は、2億人を超えています」
「……は?」
そんなとこから、十五年前に行方不明になった男を探し出すのは、砂漠に混じった砂金を探すようなものだ。
シャルマさんが慰めるかのように言う。
「ただ、ブッダの入滅した場所は、特定されています。ブッダは、クシナガラにあるにある"マハーパリニッバーナ寺"の近くの沙羅双樹の下で亡くなったといわれていますから」
――寺まで分かっているなら、何とかなるかもしれない。
わたしは、なんだか申し訳ない気持ちで、ターニャの顔を見る。
こんな厄介な旅に、彼女は引き続きついてきてくれるのだろうか?
彼女は、そんなわたしを励ますかのように、わたしの肩を叩いてくれた。
「まだ希望は潰えていません。クシナガラなら、ここから北北西に、バスで10時間くらいです。一旦宿に戻って荷物をまとめて、すぐにでも出発しましょう」