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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第13章:インド・新たなる輪廻の環【2029年12月8日】
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第129話:かつて天竺と呼ばれた場所

挿絵(By みてみん)


 わたしとターニャは、二日目、三日目と、足を棒にしてブッダガヤ中を回った。それだけでなく、ブッダが、断食の修行をしたという前正覚山という山にまで足を運んだけど、ヴィクラムの情報は一切得られなかった。


 それもそのはずだ。お祈りをしている仏僧らしき人に話しかけてみると、他の仏教国であるタイや、スリランカ、カンボジア、ラオスから、果ては中国、日本まで、外国人だらけだったからだ。


 サラが言うには、ブッダガヤ本来の人口は10万人に満たないのに対し、海外から年間100万人もの人が訪れるらしい。これでは、現地の人を見つけることの方が難しい。


「三蔵法師が目指した天竺というのは、ブッダガヤ(ここ)だからね。外国の人が多いのも当然だよ」


「えっ、そうなの?」

 幼いころワクワクしながら読んだ『西遊記』のゴールに、大人になった自分自身が立っているなんて、なんだか不思議な気がする。


「もちろん、孫悟空や沙悟浄、猪八戒なんかのキャラはフィクションだけど、三蔵法師は実在している。16年の旅を経て、この地に至り、多くの経典を唐に持ち帰ったと言われているんだ」


 けれど、それほどまでに海外で普及した仏教が、発祥の地であるインドでは、人口の1%にも満たない少数宗教となっている。


 これもまた、歴史の綾というものなのだろう。

 

************


2029年12月17日 


 ――やばい。

 ブッダガヤに滞在して、約1週間が経過したころ、さすがにわたしは焦り始めていた。


 全く成果がないのに、宿代と食事代で、お金は毎日減っていく。

 

 状況を察したターニャが切り出した。

修道院長(マザー)の助けを借りましょう」


 わたしは頷いた。

 確かに、同じ宗教団体を運営する者同士、横のつながりもあるかもしれない。


 結局また人の力を借りてしまうことに、そこはかとない罪悪感を覚えたけど、この際、ヴィクラムを見つけるという、目的を優先すべきだろう。


 わたしは、修道院長(マザー)からもらった電話番号にかけると、7コール目に電話に出たのは、男性だった。


 慌ててターニャに電話を替わってもらい、用件を伝えてもらう。

 どうやら、「マザーは今は留守なので、折り返し電話をくれる」らしい。


 もちろん、わたしも、ただ闇雲にヒアリングを続けていたわけではない。


 同時に、サラに”ヴィクラム”と言う名前から、彼に関する情報を探し続けてもらっていた。

 けれど、結局、絞り切ることはできなかった。


 「せめて、ファミリーネームも分かれば、何とかなるかもしれないんだけど……」

 と、サラは言う。


 ……というのも、この”ヴィクラム”という名前は、名前はインドには数百万人はいる、極めて一般的な名前らしい。


 なんせ、『ヴィクラム』というインド(ボリウッド)映画もあるくらいなのだ。膨大な無関係の情報に呑まれ、サラでさえ、必要な情報を発見できなかった。


「そもそも、本名かどうかも分かりませんしね」

 ターニャが言うには、インドには、カースト制などの身分を隠すために偽名を使うケースも少なくないらしい。


 ――あ、そうだ。


 わたしはふと思いつく。

 ジャイールが送ってくれた、あの赤い瞳の写真を使って、個人情報を検索できないだろうか。


 もともとの生放送はとうに消されてしまっていたけど、ヴィクラムさんから見せてもらった写真は転送してもらっていた。


 サラに確認すると、申し訳なさそうに断られる。

「ごめんね。プライバシー保護の観点から、画像情報から個人情報割り出すことは、ルールで禁止されているんだ」


 以前、カイが愚痴っていた”AI規制ルール”が、インドにも適用されているということかもしれない。


 そんなこんなで数時間が経過したころ…。


 修道院長(マザー)から折り返しの電話があった。

 ”死を待つ人々の家”に戻った彼女は、すぐにここ、ブッダガヤの大菩提寺の上層部に掛け合ってくれたらしい。


「知り合いの住職が言うには、ヴィクラムに心当たりのいる住職が見つかったらしいわ。せっかくだから、明日、二人を、お昼ご飯にご招待してくれるとのことよ」

「あ、有難うございます!」


 マザーはおおらかに笑う。

「ああ、何かあったら連絡してって言っただろう」


 ――もっと早く頼っておけばよかったんじゃ……。

 そんな後悔の念が湧いたけど、今さら仕方ない。


 「あ、そうだ……」とマザーが続ける。

「彼らの食事は、1日1食だけらしいから、時間には遅れないようにね」


 **********

 2029年12月18日 


「写真の男性が、16年前に訪れられた時のことは、よく覚えています」

 豆が浮かんだスープを口にしながら、いかにも人が良さそうな50歳くらいの剃髪の僧は、懐かしむように言った。


「ほ、本当ですか!」

 わたしは興奮のあまり、カレーが喉に詰まって思わずせき込む。


 彼とわたしたちの目の前には、インド式の”精進料理”とでも呼ぶべきメニューが並んでいる。

 白米を中心に、ダールと呼ばれる豆を煮込んだスープや、サブジと呼ばれる野菜をいためたカレー、そしてインド式の漬物が本日のメニューだった。


 そのスパイスたっぷりの料理が運ばれてきたとき、わたしは単純にもこう思った。


 ――あ、本場インドの精進料理は、やっぱりカレーなんだ。


 仏教もそうだけど、精進料理自体も、6世紀の日本伝来後、かなり現地化(ローカライズ)されているんだろう。まあ、そもそもカレー自体が、スープのようなインドカレーと、とろりとした日本カレーとで大きく違うんだけど。


 わたしは、お水を一口飲むと、再び口を開く。

「ヴィクラムさんのことを、詳しく教えてもらえますか? わたしたちがいくら調べても、見つからなかったので」


 ――ああ、と思い出したようにシャルマさんは言う。

「ヴィクラムというのは、偽名ですから」


挿絵(By みてみん)

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