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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第13章:インド・新たなる輪廻の環【2029年12月8日】
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第128話:スパイスの魔力

挿絵(By みてみん)


 結局、ヴィクラムについての何の手掛かりもつかめないまま、初日の夜は更けていった。

 昼はあんなに巡礼者でにぎわっていた村も、夕刻を過ぎることから閑散とし始める。


 それでも万が一を考え、夜の村を歩いてみたけど、やはり成果は全くなかった。

 わたし達や一旦宿に戻り、作戦を考え直すことにした。


「できましたよ~」

 宿のオーナーを口説いて、厨房と材料を使わせてもらったターニャが、お手製のカレーを持ってくる。


 机に並べられたカレーを、ひとくち口に含んだ瞬間、わたしは思わず声を上げそうになった。

 いくつもの香辛料が舌の上で踊り、やがてそれが混然一体となって、疲れた脳を刺激する。


「これ、めちゃめちゃ美味しい! どうやって作ったの?」

「クミン、コリアンダー、ターメリック、ガラムマサラ、それにカルダモンを混ぜているの」


 そういって、色とりどりのスパイスが入った小瓶を取り出して見せてくれる。

 それはまるで宝石のように輝いて見えた。


「これ、お母さんから預かってきたの。スパイスが、きっとリンさんを癒してくれるからって」

「このレシピって、お母さんが考えたの?」


「ううん、お父さんが遺してくれたレシピよ」


「……あ。ターニャのお父さんって……」


 ”死を待つ人々の家”での、修道院長(マザー)のセリフを思い出す。

()()()()()()()()()()()()()けど、これも神様の思し召しね』


 ターニャは、悲し気な目を浮かべる。

「ええ、十年以上前に亡くなったの。お父さんの妹が、”ダウリー”のトラブルに巻き込まれてね」


 ――”ダウリー”って?

 サラに訊ねると、こんな答えが返ってきた。

「結婚するとき、新婦側の家族が新郎の家族に、お金や車を渡すという風習のことだよ。その額が少なすぎたりすると、トラブルになるんだ」


「え、新婦の側が、新郎側に?なんで?」

「もともと、インドの古代社会では、女性が財産を相続する権利が限定されていたんだ。だから、親が娘に結婚の際に財産を持たせることで、娘の経済的安定を守ろうとしたのが始まりと言われている……。けど、それが時を経て、いつのまにかそのお金目当ての結婚も増えてきてしまった」


「そ、そんなのって、不公平すぎない? 昔ならともかく、いまの社会で」

 わたしは思わず声を荒げる。


「既に1961年には、ダウリーは法律で禁止されているよ。だけど、人の考え方や風習っていうのは、すぐには変わらない。いまだにインドでは、こうしたトラブルが絶えないんだ」


 ターニャが重い口を開く。

「わたしのお父さんは、現代的な考え方を持った、正義感の強い人だったの。キリスト教徒の母と結婚したときも、親族から大分反対があったらしいけど、それでも自分たちの気持ちを押し通したって聞いてるわ」


 ターニャの肩が小刻みに震え出す。

「……だけど、あの日はそれが裏目に出てしまった。ダウリー不足を理由に妹を虐待していた義理の夫の家族と諍い(いさかい)になって、頭を強く殴られたの。その夜はどうにか家まで帰ってこれたんだけど、その頭の傷が原因で、翌朝、目覚めなかった」


 わたしは、あまりの理不尽さに怒りに震えた。

 こうなるとAIであるはずのサラの方が、人間よりもよっぽど常識的にさえ思えてしまう。


 わたしは、両手でターニャの手を握りしめる。

「こんなのって……、こんなのって」

 まだ幼かったターニャの気持ちを思うと、涙が止まらなかった。


 ターニャは優しくわたしの手を握り返した。

「もちろん悲しかったわ。胸が切り裂けそうなのほど。でも、わたしには歌があった。どんな理不尽なことがあろうと、タゴールの歌が、わたしに立ち向かう勇気をくれたの」


Go Alone(独りで往け)

 わたしは、ターニャの口から紡がれた、情感に溢れたあの曲を思い出す。


 サラが、その歌詞を教えてくれる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、恐れることなく、独りで往け』


 ――ああ。

 わたしは、ようやくその歌詞の意味を理解できた気がした。


 『Go Alone(この歌)』はまず、人との繋がりを謳っている。

 ただ、それでも分かり合えない時、独りででも自らの道を往く大切さを語りかけているんだ。


 わたしは、ターニャのカレーを再び口に含んだ。

 少し冷めてしまったそれは、微かに涙のスパイスの味がした。


挿絵(By みてみん)

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