第124話:女神の眼
「マザーテレサは、1929年にインドに来て、97年にお亡くなりになるまで、ずっとこのコルカタにいらっしゃったの」
嬉しそうに、そうターニャが言う。
さすがにわたしも、聖女・マザーテレサの名前くらいは聞いたことがある。
ただ、彼女が、70年もの長きにわたり、このコルカタの地で過ごしていたとは全く知らなかった。
「お母さんは、彼女が建てた、この近所の”マザーハウス”で、ボランティアをしていたの」
「インドって、色々な宗教があるのね」
「ええ、一番多いのは、ヒンドゥー教だけど、イスラム教もいるし、少数だけどキリスト教徒もいるわ」
「少数って、どれくらい?」
「大体3000万人くらいかしから」
――3000万人が少数って……。
さすが、世界最大の人口を誇る国は、規模が違う。
「夜行バスの出発まだ時間の余裕があるから、もしよかったら、一緒に行ってみない?ボランティアをしばらくお休みすることを、修道女さまにお伝えしてもおきたいし」
わたしは頷く。
これからブッダガヤまではバスで半日らしいけど、そこに何日滞在するかは分からないのだ。
彼女にも、色々と準備があるのだろう。
わたしと彼女は、2時間後に再びこの店で待ち合わせる約束をし、わたしはしばらく辺りをぶらつくことにした。
ガイドブックによれば、ここからすぐ近くに、”Kumartuli”という場所があるらしい。そこでは、あのドゥルガ・プジャの祭典で使われる彫像を作っているという。
わたしは迷わず、そこに向かうことにした。
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日本のラッシュ時を超える押し合い圧し合いを経て路面電車に乗ると、ものの10分ほどでクマルトゥリに到着した。
9月~10月に大規模な祭典があるため、12月の今はシーズンオフらしい。
けれども小さな店がならび、そのうちの一つは、入り口を開け放って作業をしていたため、自由に見学が可能だった。
さまざまな彫像がある中で、わたしが中でも興味分かかったのは、その彩色の工程だ。
日本で見られる彫像は、彩色される場合であっても、淡い単色であることが多い。
ただ、こちらの像は極彩色なのだ。
赤・青・黄色の原色をふんだんに使う上に、彫像の衣裳や装飾物も華やかで、スパンコールのようなものまで煌めいている。
歩いていると、ちょうど女神ドゥルガの目を入れているシーンに出くわすことができた。
まだ二十代後半であろう若くて精悍な職人は、わたしが近づいていることなど一切目に入らないほどの集中ぶりを発揮している。
わたしは、邪魔をしないために少し距離を取って、その工程をずっと見つめていた。
30分ほどたっただろうか。
ようやく作業がひと段落したんだろう。
職人はようやくひと段落して振り返ると、わたしに声をかけてきた。
「珍しいかい?」
そう、英語で聞いてきた。
「ええ。ガイドブックでは読んでいたんですけど、実際に見るのは初めてです」
と、わたしは答える。
「今はシーズンオフだからね。”目入れ”は神聖な作業だから、9月~10月の儀式のときに行うことが多いんだ。まあ、今回は、急ぎの仕事だったから、アトリエを空けていたんだ」
そう言うと、アトリエの奥の方に声をかける。
すると、手にチャイの器を持った一人の女性が出てくる。
サリーを着ているが、その顔立ちはいかにも西欧系だった。
「もともとインドの文化に興味があって、数年前にこのアトリエを訪れたの。彼とは、それ以来の付き合いよ」
そう言って互いに見つめ合う。その親密さは、どうみても友人以上のものだ。
人生の大半をこの地で過ごしたマザーテレサも、確か出身はヨーロッパだった。
それだけこのインドには、人を惹きつける熱量があるのだろう。
それが何かはまだ分からない。
けど、その”熱量の残像”のようなものは次第に感じられるようになってきた気がする。