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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第13章:インド・新たなる輪廻の環【2029年12月8日】
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第123話:ナマステ

挿絵(By みてみん)


 タゴールの『Go Alone(独りで往け)』を歌い終えたターニャは、「ナマステ(ありがとう)」といって、合唱に付き合ってくれた周りのみんなに礼を言った。


 わたしは手が痛くなるほど拍手する。

 それが呼び水となり、通行人たちも拍手をしはじめ、やがてそれは喝采へと変わった。


 ――何だか、インド、好きになれそうかも……。

 漠然とだけど、わたしは初めてそう思えた。


 なんせ、スタートが最悪だった。

 空港に到着したてで運転手たちに取り囲まれ、更に料金をぼったくられ、挙句の果てに見知らぬ街に置き去りにされたのだ。


 でもターニャのお陰で、そんな印象は一変した。

 いきなり歌い出したターニャを、変な目でみるどころか、全員が大合唱で加わる――。こんなことは、日本ではまず起こらない。


 わたしの席の前に座ったターニャに声をかける。

「歌、感動した。まるで歌手みたいだったよ」


「ありがとう」

 そう言うと、ターニャは照れたように下を向く。

 ただ一瞬、その表情が(かげ)ったように見えた。


「どうしたの?」と聞くと、

「ううん、何でもないわ」とターニャは首を振る。


 わたしは気を取り直して質問する。

「ターニャ、今何歳なの?」

「17歳」

「高校三年生?」

「うん」

「じゃ、次は大学受験だね」


 そう聞くと彼女は再び俯いてしまう。

 気になってわたしは、改めてその訳を聞く。


 彼女は、消え入るような声で答えた。

「うちにお金がないから、大学には通えないの」


 わたしは、無神経な自分をひっぱたきたくなった。


 インドに来る前に、堀田さんから教えてもらっていたはずだった。インドの平均年間所得は約2000米ドルで、3人に1人も大学に通えていないことを。


 にもかかわらず、こんな質問で、目の前の純粋な女の子を困らせてしまうなんて、鈍いにもほどがある。


 そんな自責の念がわたしの表情に出てしまったのだろう。

 慌てて、ターニャはぶんぶんと手を振る。


「気にしないで。今は冬休みだし、アルバイトしてお金を溜めて、いつか絶対大学で声楽を学ぶんだから」そういって健気に笑う。


 わたしはふと気になって訊ねる。

「大学の学費っていくらくらいなの?」

「500米ドルくらい」


 日本円で8万円ぐらいなので、日本の大学の学費よりも遥かに安い。それでも年間所得の四分の一ともなると、特に屋台などの商売だと、捻出は難しいのだろう。


 わたしは、意を決して訊ねてみる。

「ターニャさえよければなんだけど、冬休み、バイトしてみない?」


「え、バイトって、何の?」

 きょとんとするターニャにわたしは言う。


「ブッダガヤでヴィクラムを探すのを、一緒に手伝ってほしいの。アルバイトの謝礼は、500ドルで」


 ターニャは、信じられないとでもいうかのように、思わず口を口を抑えた。

「でも何で? 私たち、会ったばかりなのに」


「ターニャと一緒なら、きっとうまくいくって、わたしの直観が告げているの」

 わたしは言い切った。


 ――正直、自分の直感にそこまで自信があるわけじゃない。

 でも、裏切られるのを恐れて誰一人信られないよりも、時に裏切られても人を信じる方が100倍ましだ。


 ターニャが何度もお礼を言いながら、わたしの手を強く握る。

 そして、おかみさんに告げに行く。


 おかみさんもはじめはビックリして色々質問してきたけど、やがて、わたしの本気度が伝わったようだった。


 彼女は胸の前で十字を切り、天に祈りを捧げた。


 ――あれ?


 それはどう見ても、ヒンドゥー教の所作には見えなかった。

 むしろ、ハリウッド映画なんかでよく見る、キリスト教の信者が行っている祈りのようだ。


 そんなわたしの疑問を感じとったのか、ターニャは言う。

「わたしとお母さんは、キリスト教徒なの。マザーテレサがお建てになった”死を待つ人々の家”で、長年ボランティアをしているのよ」


挿絵(By みてみん)

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