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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第13章:インド・新たなる輪廻の環【2029年12月8日】
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第121話:東インド・コルカタの夜明け

挿絵(By みてみん)


 2029年12月9日 インド・コルカタ


 飛行機の窓から差し込んだ朝日で、目が覚めた。

 時計を見ると、朝6時半を少し回っている。


 雲海の上に煌めく日の出に、思わず目を細める。

 眼下にはまだ雲しか見えないけど、その下には、インド大陸が広がっているのだろうか。


 ――不思議だ。

 夜はあんなに不安だったのに、朝日を見ただけで、何か希望に満ちた気分になる。


 思えば、鎌倉の修行で1週間の野宿をしたときも同じだった気がする。


 おじいちゃんは言っていた。

「夜が怖いのは、かつてご先祖様が、闇夜に乗じて、猛獣に襲われる可能性があったからだ」と。


 その意味で、朝日を見て安心するのは、ほとんど人間の習性なんだろう。


 そして、おじいちゃんはこうも言っていた。

「だから、安心に寝られる場所を見つけたら、できる限り寝ておくといい。睡魔は、咄嗟の判断を狂わせるからな」


 わたしは再び目を閉じる。

 新たな地に独りで降り立つのだから、ここで睡眠時間を稼いでいくべきだろう。


 ***********


 飛行機がコルカタに到着したのは、結局予定より2時間遅れた11時ごろだった。


「ネタージー・スバース・チャンドラ・ボース空港」という、もはや覚える気さえ失せるよう長い名前の空港につくと、まずは両替商を探す。


 ガイドブックには、「空港の両替商のレートはさほど良くはないが、街の両替商と比べて信頼感はあるので、一定額は両替しておくべき」といったことが書かれていた。


 1インドルピーは2円弱だから、わたしは日本円を半分にして計算をすればよいことなる。

 わたしは、バイトで貯めた渋沢栄一の1万円札を渡すと、係員は丁寧にチェックをし、やがてお札とコインを渡してくれる。


 どうやらインドのお札は全て、マハトマ・ガンジーらしい。

 お金を見ていると、なんとなく周りの人の視線が気になって、慌ててポシェットにしまい込み、歩き出す。


 世界最大の人口を誇る国だけあって、とにかく人が多い。その分、視線の数も多い。


 空港のベンチを見つけると、バックパックを足元に置いて、ガイドブックを開き、丸を付けた今晩の宿の位置を確認する。


 すると、そこに群がるように、5人ほどのタクシーの運転手が集まってきた。


「どこに行くんだ?安く連れて行ってやるぜ」

「いや、俺の方が安い」

「俺のタクシーは冷房が付いてる」

「お前の車はオンボロじゃねえか」

「何だと?お前のなんて、エンジンさえついてないリキシャだろう」


 ……などと、わたしをそっちのけで喧嘩みたいな奪い合いを始める。

 わたしは半ば圧倒されながらも、ガイドブックを指しながら、何とか英語で伝えようとする。


「わたしは、地下鉄でこの宿までいきたいの。だから地下鉄の場所を教えて」


 すると、運転手たちが、現地の言葉でしきりに何かを言い合っている。

 話し合いが一段落すと、比較的身なりのいい男が口を開く。


「地下鉄は、一昨日テロがあって、一時的に封鎖されている。タクシーで行った方が安全だ」


 ――え、ほんと?


 わたしは思わず、周りの運転手に訊ねると、彼らも口々に「Yes!」と言っている。


 わたしはスマホを取り出して、サラに確認しようとする。

 ……が、全く反応しない。

 見れば、電波が0本になっている。


 ――そ、そう言えば、現地のSIMカードを買わないと、スマホが使えないってガイドブックに書いてあった。


 今までの旅行は、星が一緒にいてくれたから、そういうのも全て手配してくれていた。

 でも、これからは、それも自分でやらなければいけないのだ。


 きょろきょろとSIMカードショップを探すわたしの様子を見て、タクシーの運転手の一人が言う。

「空港のSIMカードは高い。街中なら半額だよ。宿のついでにタダで案内してやるよ」


 そう言うと、彼はわたしのバックパックを勝手に掴んで持って行ってしまう。

「ちょ、ちょっと待ってよ。タクシー代、いくらなの?」


「そうだな、そこまでなら、1時間くらいだから1000ルピーだな」


 1000ルピー……。1ルピー2円だとすると、2000円くらいだ。

 相場が良く分からないけど、インドではぼったくりも多いと聞く。


「高すぎるわ。それじゃ乗れない」

 とわたしは突っぱねる。


「仕方ねえな……。じゃあ、特別だ。800ルピーでいい」

 あっさりと安くするところを見ると、まだ値切れる気がする。


「まだ高いわ」「なら……」みたいなやりとりを、5回ほど繰り返し、結局500ルピーとなった。


 これなら、日本円で1000円ほどだ。1時間タクシーに乗る金額としては、高くないようにも思える。

 わたしが頷くと、男はどこかに電話をすると、やがて「ついてこい」という。


 15分ほど歩くと、そこには、優に30年は稼働しているであろう中古車が待機していた。

 案内していた男は、その車の運転手に話しかける。


 やがて男は、運転手に500ルピーを払うように言う。

「え、あなたが運転手じゃないの?」

「いや、俺は案内係さ。運転手に場所は伝えてあるから問題ない」


 そうして、彼は手を出す。

「ほら、案内料」

「え、そんなの必要なの?」

「当たり前だろ。チップってやつだよ」


 ――たしか、アメリカに行ったとき、チップは10%くらいだった。

 わたしは渋々と50ルピー札を手渡す。


 男はちょっと残念したような表情をしたが、やがて考え直し、運転手への500ルピーとともに受け取った。


 男が運転手に、その500ルピーを運転手に渡すと、運転手はお札を太陽に透かしたり、指ではじいたりしていたが、やがてそれをサイフに入れる。


 すると、運転手も男にいくばくかのお金を手渡した。

 どうやら、わたしと、運転手の双方から手数料をもらっているらしい。


 わたしが文句を言おうとすると、男は笑顔で ”Have a nice t(良い旅を!)rip!"といって、バックを車の後部座席に押し込んだ。その満面の笑みに、わたしは毒気を抜かれ、口をつぐむ。


 クッションがつぶれた車の座席で、ガタンゴトンと揺れながら、わたしはコルカタの景色を目にする。

 流れる異国の景色を見ながら、はじめての一人旅行という高揚感が次第にわたしを満たしていく。


 そして1時間後。

 わたしの高揚感は、危機感に変わっていた。


 車が止ったしたのは、ガイドブックに書かれている宿とは、似ても似つかぬ、単なる廃墟だったからだ。窓は全て割れ、野生の木が、窓から飛び出すように生えてきている。


 わたしはガイドブックを指差しながら、運転手に抗議する。


 運転手はめんどくさそうに言う。

「あの男から聞いたのは、この場所だ。文句があるなら、あいつに電話で言え」


 そう言い放つと、わたしのバックパックを外に放り投げると、そのまま走り去っていってしまう。


 電話しようにも、スマホさえ使えないのだ。

 わたしは、言い知れぬ不安にかられはじめる。


――この旅、本当に大丈夫だろうか……。


挿絵(By みてみん)

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