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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第12章:中東・アラビアンナイトの世界へ【2029年11月27日】
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第117話:砂漠の夜に散る

挿絵(By みてみん)


 ジャイールのステージは盛大な拍手で迎えられた。

 その期待をも上回る、圧巻の歌と演奏、そして迫力に満ちた壮麗な剣舞は、観客の脳と視線を捉えて離さない。


 アラビア語が分かる観客はもちろん、そうではない私たちにとっても、壮大な叙事詩が心に染みわたっていくようだった。戦に向かう戦士たちの雄叫びが、荒涼とした大地を駆ける馬の足音が、わたしの脳裏に浮かんでは消えていく。


 やがて最後の一音が、砂漠の夜空に放たれ、そのわずかな余韻も消えると、会場は万雷の拍手と歓声に包まれる。


 ファリード王子が立ち上がり、ステージに上がる。

 アラビア語のアナウンスが入る。

 お付きの人がトロフィーのようなものを持っているのを見ると、なにかの表彰なのかもしれない。


 その時だった。

 星空を悠々と舞っていたはずのワミードが、アディーラさんの頭上まで下りてきて、”キャッ、キャッ!”と鋭く、甲高い鳴き声を上げた。


 ――今までおとなしく空を飛んでいたのに、一体、どうしたのだろうか。


 アディーラさんが、小さく叫ぶ。

「来る!危険な何かが……」


 ――え!?


 わたしと梨沙さんは、思わず、ステージの方に視線を戻す。

 ファリード王子と、ジャミールが握手を交わし、無数のカメラのフラッシュが焚かれている。


 今のところ、不穏な様子は見られない……ように見えた。


 が、梨沙さんの反応は違った。

「後列の踊り手の左から二番目と、三番目! 奴らの剣だけ、本物だ」


 フラッシュの反射で、わずかな違いを見抜いたのだろうか。


 わたしは咄嗟にゾーンに入ろうとする。

 そんなわたしよりも一瞬早く動き出した梨沙さんは、既にステージの上に向かって跳ねていた。

「こっちは任せろ!」


 突然のステージへの闖入者(ちんにゅうしゃ)に、一部の踊り手が止めようとする。

  

 静止しようとする彼らの手を潜り抜け、梨沙さんはステージの左端に駆け寄る。

 他の踊り手が呆気に取られて見ている中、真剣を持つ二人の男は、刀を構え、襲い掛かかろうとする。


 左側の男の刺突が梨沙さんを襲う。

 梨沙さんが一瞬早く身をかがめ、相手の懐に入り込むと、鳩尾に一撃を喰らわせる。

 そのまま、男の右腕を掴み、背負い投げで頭から地面にたたきつける。


 それを見た右側の男は、剣を構えながらも、一歩後退する。

 何かを呟いたと思うと、不意に空を見上げた。


 アディーラさんが叫ぶ。

「空に、鳥型ドローン二体!」


その声とほぼ同時に、二羽の小さな鳥の影が現れ、ほとんど自由落下の形でステージに向かって落ちてくる。 それを目にした梨沙さんが叫ぶ。


「自爆型アバターだ!リン、アディーラ、頼む!」


「リヤー!!」「ワミード!!」

わたしとアディーラさんが同時に鷹を飛ばす。


 ”ひゅん”と風切音(かざきりおん)を立て、リヤーが左の鳥型アバターを、ワミードが右の鳥を掴み取る。


「そのまま上空まで飛べ!」

 梨沙さんが絶叫する。わたしは、脳波の限りを尽くして、空へとリヤーを舞い上がらせる。


 ――そして。

 空中で、爆発音が聞こえた。


 隣で、アディーラさんが崩れ落ちる。

 わたしはぐっと耐え、再びステージ目を向ける。


 梨沙さんに投げられた男は意識を失い、周りの踊り手たちに押さえつけられている。

 

 だが、もう一人の男はいまだ捕らえられていない。

 腕が立つこともあるが、何より爆発物を持っている恐れがあるため、護衛達もおいそれと近づくことができないようだ。

 

 その時、ジャイールが男の前に立ちふさがった。

 

  男が、切りかかろうと構えた刹那。

 ジャイールが、男を見据え、言葉を発した。


 「ارْكَعْ(跪け)」


 その瞬間、男は魂を抜かれたかのように刀を落とし、そのままその場に跪いた。

 周囲の人は何が起こったのか分からなかったようだけど、恐らくは強烈な脳波操作だ。


「神聖な舞台を血で汚すことは、断じて許さん」


 そう言って、ジャイールはその長身を折り曲げ、右手を胸にあてて、王子に対して詫びた。

「お騒がせました」


 王子は深くため息をつき、一旦気を落ち着かせようとする。

 やがて、ステージの上から会場の様子を見渡した。


 幸いなことに、死傷者は一人としていないようだった。


 さすがに前列の客は騒ぎに感付いただろうけど、大半の客にとっては、一体何があったのかが分からないようだった。


 むしろ、中列以降の客の中には、これも演出の一部と捉えていた客もいるようだ。

 そもそも、アル・アラド自体が、戦の叙事詩なのだから。

 わたしたちが空中で処理した爆弾については、花火か何かと勘違いした人さえいたみたいだった。


 ファリード王子は、ステージの上から、泣き崩れているアディーラさんを見つめた。

 何かを察したように、その瞳に哀しみの影を宿す。


 一度深く息を吸い、ファリード王子は会場に向けって宣言する。


「本日の演目はここで終了とする。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 係員に促され、観客が次々と会場を後にしていく。

 拘束された二人は、手錠をかけられ、どこかに車で連行されていったようだ。


 アディーラさんは、いまだ放心したかのようにへたり込んでいる。

 彼女にとって、ワミードは親友のようなものだったから。


 そんなアディーラさんに、ファリード王子が慰めるかのように声をかけている。


 そんな中、わたしは、天を睨みながら祈りを捧げていた。

 可能性は二分の一。いや、それよりももう少しだけ……。


 ――そして。

 

 夜空に、”キィー、キィー”という声が響いた。


 「ワミード……!?」

 アディーラさんとファリード王子が、弾かれたように上空を見上げる。


 満天の星空を背に、羽毛を散らしながら、ワミードが舞い降りてきた。


 「どうして……」

 アディーラさんの涙が、悲しみから喜びのそれへと変わる。


 「爆発音が一つだったからです。梨沙さんが斃した方の男は気絶していたから、起爆装置を起動できなかったのでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、正直賭けでしたけど……」


 アディーラさんが、わたしのことを強くハグする。

「リンさん、ありがとう。あなたは、わたしの半身を救ってくれたわ」

 

 ”キィー”。

 ワミードが再び砂漠の空に向かって、(いなな)いていた。


挿絵(By みてみん)

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