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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第12章:中東・アラビアンナイトの世界へ【2029年11月27日】
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第114話:巣立ち

挿絵(By みてみん)


「雛鳥がようやく巣立ったたようだな」

 首筋に刀を突きたてながらも、ジャイールは笑みを浮かべている。


 ジャイールが両の手で握っていた二本の刀を手放す。

 ”がらんっ!”という音を響かせ、湾曲刀が地面に落ちる。


 ――ようやく、勝てた。


 ほっとして、肩の力を抜いた瞬間。

 今までわたしを満たしていた波動らしきものが、急に ”すとん” と抜け落ちる感覚がした。


 ――え、今のなに?

 そう思う間もなく、ジャイールの肩に乗っていた鷹型アバター(リヤー)が、わたしの意思に反して飛び立った。


 リヤーの羽がわたしの視界を覆うや否や、彼が持つその刀は、今度はわたしの首筋に突き付けられていた。


「だが、やはりまだ甘い」

 そう言って、ジャイールの視線が鋭くなった。


「危機を感じて増幅された脳波は、気を緩めれば弱まっていく。”脳波が強い”相手がその瞬間を狙えば、容易に乗っ取れる(ハックできる)


 たぶん、それだけじゃない。

 そもそも、わたしの脳波はジャイールが歌で増幅していたと言っていた。


 おそらく何らかの方法で、ジャイールがその増幅を解いたのだろう。

 だから、脳波の総量で押し負けたのだ。


 ――悔しい。

 見えたと思ったオアシスが、実は砂漠の蜃気楼で、たどり着いたら一気に霧散したような気分だった。


 何より、このままでは、最後の寿命も燃やしてまでなお、わたしを導いてくれたおじいちゃんに申し訳が立たない。


 わたしは、ジャイールに頭を下げて訊く。

「どうすれば、脳波を強くすることができますか?」


 一挙手一投足が自信に満ちているジャイールにしては珍しく、逡巡する様子を見せる。けど、わたしの視線に促されるように、やがて片に何かを書き始めた。


「もし本気の覚悟があるなら、この場所を訪れるといい。もし彼が生きているのなら、何かの啓示を与えてくれるはずだ。もっとも、そうすることがそれが君にとって良いことなのかは分からないが……」


 ――もし生きているなら?

 わたしは訝し気に、英語で書かれた住所を見る。


 「え、ここって……」

 その紙片に最後に書かれた文字は、リヤドでも、サウジアラビアでも、さらに言えば中東でさえもなかった。


 XXXXXXXX, Bodh Gaya , Bihar, India


 細かい地名までは分からなかったけど、最後の文字だけは読み取れる。

 「その場所って、”India(インド)”なんですか?」


 ジャイールは、遠い目をしながら呟いた。

「ああ。あの時、あの場所で彼と会ったことで、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君もよくよく考えるがいい。本当に手に入れたい力が何で、そのため何を対価として払わなければいけないのかを」


 **********


 2029年12月1日 サウジアラビア・マルハム


鷹狩り(ファルコン)の祭典(フェスティバル)は、リヤドから北に80kmほど走った、マルハムという町で行われるんです。砂漠に面した小さな町ですが、これから2週間はお祭りムードに包まれます」

 車の中でアディーラさんが教えてくれる。


「え、2週間もやるんですか? 鷹狩りだけをずっと?」


「鷹狩りといっても、さまざまな分野に分かれるんです。飛行速度を争う”アル・メルワーレース”や、鷹の美しさを競う”マザイエン・コンテストに加えて、新進を育てるための”Falconer of the F(未来の鷹匠)uture”といったプログラムなどもあるんですよ」


 ――教えてもらうまで全く知らなかったけど、一つの競技というよりは、運動会みたいなものなのかもしれない。


「国内外から数多くのVIPも招待されています。中でも、本日夜の、ジャイールの楽団による”集団剣舞(アル・アルド)”は、そのメインイベントの一つです。彼の名声は、中東全土に響き渡っていますから」


 たしかに、あれほどの歌なら、それを聞く為だけに足を運ぶ人さえいるかもしれない。


「会場には、鷹狩りの歴史を伝えるパビリオンや、実際の鷹と触れ合えるコーナーもあります。そこで、”本物の鷹の動き”を学ぶことで、きっと”鷹型アバター(リヤー)”の動きも、より自然になるはずです」


 そう、それこそがわたしの課題だった。


 ジャイールとアディーラさんのおかげで、リヤーの操作速度は格段に上がっている。

 けど、鷹と普段から接している彼らからすれば、『一目で見分けられるくらい不自然な動き』らしい。そうなると、本来の用途の、偵察や尾行に支障をきたすことになる。


 わたしは、待機モードに入って目を細めているリヤーの羽毛を撫でる。

 いまだにわたしには、この子が本物の鷹にしか見えない。


 アディーラさんは言う。

「宝石鑑定と一緒です。模倣品と本物の違いを見極める目を養うには、多くの本物を見るしかありません」


 脳と人工知能の関係性に似てるなと、ふと思う。

 人工知能を理解するためには、まず人間の脳そのものについて、深く知る必要がある。


 ――ここに行けば、その秘密が分かるのだろうか。

 わたしは、ポケットから、ジャイールにもらった紙片を取り出す。


 受け取ったときは読み解けなかったけど、より重要な情報は”India”という文字の前にあった。


 ”XXXXXXXX, Bodh Gaya(ブッダガヤ)”, Bihar, India

 ブッダが、悟りを開いたとされる場所だ。


 手塚治虫先生の一ファンとして、ブッダが悟りを開くシーンのことは良く覚えている。

 

 でも、そのブッダが入滅してから、2500年もの月日が流れている。

 では、今は一体、そこに誰がいるというのだろう。


 そんな想像に耽っているわたしに、梨沙さんが声をかけてくる。


「着いたみたいだぜ」

 そういって、砂漠を貫くハイウェイの向こう側を指差す。


「な、なにあれ……」

 わたしは思わず、二回も(まばた)きをする。

 熱で揺らぐ陽炎の先には、全長数十メートルもの”鷹”の姿が浮かび上がって見えた。


挿絵(By みてみん)

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