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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第12章:中東・アラビアンナイトの世界へ【2029年11月27日】
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第113話:マスマク要塞での戦い

挿絵(By みてみん)


 マスマク要塞内部は、堅牢な門、四方を囲む塔、モスク、居住ユニットなどに分かれ、そこに、当時の武器や家具、そして攻城戦の様子の紹介パネルなどが展示されている。


「”マスマク”という言葉自体が、”堅牢・堅固”という意味なんです」

 アディーラさんが解説する。


 ――『かつて、国王とその部下たちが行った要塞攻めを追体験していただきます』

 アディーラさんのさっきの言葉を思い出す。


 どう”追体験”するのかは分からないが、この強固な要に、闇夜に紛れて忍び込んで襲撃するなんて、想像するだけで緊張してくる。


「こちらが、”統治者の部屋”です」

 アディールさんが、広い個室に案内してくれる。


「ここで、アブドゥルアジーズ国王が、敵の指揮官を(たお)したと言われています」


 そう言うと、アディールさんが責任者らしき人に、アラビア語で声をかける。

 すると、突然、部屋の全ての電気が落ちる。


 暗闇の中で目を凝らすと、まるで千夜一夜物語に出てくるような仄かな光を放つランプが、一つ、また一つと灯っていく。

 部屋全体に、ジャイールの詠唱が響き渡る。


「1902年の要塞攻めの際に詠われたという詩です」

 アディーラさんが耳元で囁く。


 歴史が(おこ)ったまさにその場所で、暗闇に揺れるランプの光を見つめながら、その時の詩を聴く。次第にわたしから、時間の感覚が削ぎ落されていく。


 ――まるで、わたし自身が当時の戦いに紛れ込んでしまったみたいだ。


 アディーラさんが、そんなわたしの背後にそっと周り、左目にVRスカウターをつけてくれる。


 そこに映った景色は、蒼天にみるみると上昇していく、鷹からの視点だった。


「……え? わたしまだ鷹型アバター(リヤー)を操作してないのに……」

私の鷹(ワミード)がリヤーを掴んで、マスマク要塞の上空まで飛んでいるんです」


 確かに見下ろせば、土色の四方を見張り塔に囲まれた要塞が、俯瞰で見える。

 まるで、巨大な鷹に自分自身が掴まれて、空中まで引き上げられているような感覚だ。


「リヤーに脳波で繋げてください。今から、ワミードが前足を離します」


 ――え、今?


 聞き返す間もなく、ワミードがその足を緩める。

 リヤーが天空から地上に向けて、垂直に落下していく。

 わたしは一瞬にして死の恐怖に囚われる。なんせ、視界は上空数百メートルにある。


「集中しろ! 脳波を送れ!!」

 ジャイールが叫ぶ。


 その声に押されるように、わたしは目を(つむ)りたくなる衝動に堪え、必死でリヤーへ脳波を送る。


 リヤーが要塞の塔に激突しそうになる寸前――。

 どうにかわたしの脳波が届いたらしく、リヤーは再び上空へと羽ばたいていく。


 ――良かった。


 ほっと溜息をつき、何度か要塞の上空を旋回するうちに、わたしはあることに気づいた。

「あれ? 昨日より、速く飛べてる……」


 操作も昨日よりも圧倒的にスムーズだ。


「人は生命の危機を覚えると、波動量が増加する。科学(君たち)の言葉を借りれば、脳が活発に動くことで脳波量が増加するんだ」

 ジャイールが言う。


「君と深山一心(君の祖父)は、脳波の質は似ている。君の場合は、発する脳波量自体が圧倒的に足りていない。だから、”脳波を分ける”ことができないんだ」


 ――そうか。

 今までわたしたちは、脳波を全てアバターに送り込むことで、どうにかアバターが動かせてきた。でも、自身の身体も動かすとなると、二体分の脳波量が必要になるということか。


「だが、今は違う。生命の危機を察した脳が、脳波量を増加させている上に、わたしの歌が脳波(それ)を増幅している。同時操作も可能だろう」


 そう言ってジャイールは、二本の湾曲刀(サイフ)をわたしに手渡す。

 ジャイール自身も、両の手に刀を握り、戦闘態勢に入る。


 わたしがゾーンに入ったのとほぼ同時に、ジャイールの刀がわたしを襲う。

 昨日より遥かに速い斬撃に、受けたわたしの刀が軋むのが分かる。


 けれど、昨日ほどの焦りはなかった。

 むしろ、ジャイールの剣戟を受ける自分自身を、斜め上から客観視している感覚だ。


 ただ、客観視できるからこそ、このままでは勝てないということも分かっていた。

 剣速は一夜にして上がるものではない。

 夢華がそうしてきた通り、たゆまぬ研鑽の結果なのだ。


 その時、一つの閃きが脳裏をよぎった。

 ――もしかして、これなら。


 わたしは一旦、後ろに跳び、ジャイールの間合いから逃れる。

 詰め寄ろうとするジャイール。


 その左斜め上の空間に、わたしの左手の刀を放り上げる。

 一瞬、ジャイールの視線がそちらに言った瞬間に、わたしは、渾身の右胴袈裟斬りを叩きこもうとする。


 カミラとの闘いを経てわたしが習得した、全体重を乗せた武器破壊の一撃だ。

 刃が薄い摸擬刀の一本くらいなら、叩き折ることも可能なはずだった。


「甘い」

 ジャイールは、しかし冷静だった。


 ”ギンッ!”

 自らの二刀を交差(クロス)させてわたしの一撃を受けきると、そのまま巻き上げるようにわたしの刀を撥ね上げる。


 ジャイールが勝利を確信したであろう瞬間。

 彼の後ろの首筋に、刀が突きつけられていた。


 脳波操作で要塞の中に忍び込ませていた鷹型アバター(リヤー)に、わたしが宙に投げた刀を掴ませ、そのまま彼の首筋に突きつけたのだ。


 ジャイールが、にやりと笑う。

「雛鳥が、ようやく巣立てたようだな」


挿絵(By みてみん)

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