表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第12章:中東・アラビアンナイトの世界へ【2029年11月27日】
107/267

第107話:集団剣舞~アル・アルダ~

挿絵(By みてみん)


 夕暮れに染まる赤い砂丘を、砂塵を巻き上げながら二台の4WDが疾駆する。

 わたしは梨沙さんの後部座席で、危うく頭をぶつけそうになりながら、鷹型アバターを抱きしめる。


「も、もうちょっと安全運転を……」


 そんなわたしの声など聞こえないかのように、梨沙さんは愉快そうに言う。

「いやぁ、一回走ってみたかったんだよなぁ。ダカール・ラリーの舞台で」


「ダカール・ラリーって何?」

 わたしは舌を噛みそうになりながら、サラに訊ねる。


「ダカール・ラリーは、世界で最も過酷といわれているカーレースだよ。普通のレースと違って、砂漠や砂丘をはじめ、山岳地帯から荒野なんかのオフロードを、7000km以上を数週間にわたって走破するのが特徴なんだ」


 ――一歩間違えれば横転してしまう、こんな道なき道を、数週間なんて。

 やはり世の中には敢えて困難を求める人たちがいるようだ。


 必死にシートベルトを握りしめるわたしと違って、アディーラさんは平然としている。

 曰く、「ラクダよりは揺れませんから」ということらしい。


 アディーラさんの指導のお陰で、日暮れごろになって、ようやく鷹型アバターを、何とか動かせるようになってきた。


 ただ、鷹を操りながら接近戦を行うのは、決して容易ではなかった。

 なんせ、右目で目の前の敵が、左目のスカウターには空から俯瞰の景色が映っているのだ。


 右脳と左脳がこんがらがり、どうしても剣戟が数テンポ遅くなっていまう。結果、剣も鷹の両方とも、梨沙さんに余裕で避けられてしまう。


 もともと、攻撃力を倍化させたかったのに、これでは本末転倒だ。


 その悩みをアディーラさんに伝えると、彼女は思案気に押し黙る。


 よく考えれば、いくら鷹狩りの才能があっても、剣技については未経験なはずだ。聞かれても困ってしまうだろう。


 ――変なこと相談してごめんなさい。

 そう、声がけするよりも早く、アディーラさんが閃いたかのように手を打った。


「もしかしたらお力になれるもしれません。お連れしたい場所があるんです」


 **********


 アディーラさんに連れられた”劇場”は、何とも形状しがたい外観だった。

 なんて言うか、急流で丸みを帯びた石を数十メートル位に巨大化させ、それを組み合わせたような、見たこともないような外観だ。


「明後日の”鷹狩りの祭典”に向けて、ここでアル・アルダのリハーサルが行われていることを思い出したんです」

「アル・アルダ……って何ですか?」

「サウジアラビアの伝統的な集団剣舞です。もともとは、戦士たちが士気を高めるために行われていたものです」


 警備員に、アディーラさんが何か声をかけると、彼は慌てて奥へと走っていった。

 そして、劇場の責任者らしき人を連れてくる。


「この劇場の支配人です。ファリード王子からお話は伺っております。どうぞこちらへ」

 最敬礼せんばかりの対応に、王子の地位の高さを改めて実感する。


 劇場の内部に入ると、真っ赤なシートが中央の舞台に向かって同心円状に並んでいた。


 舞台の上には、踊り手たちが3~40名ほど集まっている。

 それぞれの手に握られている、緩やかに湾曲した刀が、舞台のライトを反射して光を放つ。


 ――本当の戦の前みたいだ。

 わたしは、張りつめた空気に思わず身震いする。


「アル・アルダでは、ダフやタール、シェイブといった様々なドラムが使われるんです」

 舞台の左右には、様々な形状をしたドラムや打楽器を持った団員が控えている。


 支配人が、アラビア語で声を張り上げる。

 すると、舞台のそでから一人の男性が現れた。


「彼は、詩人です。詩の歌い手であるとともに、オーケストラでいう指揮者のような役割も果たします」


 彼は、最前列に座った私たちを一瞥する。

 190cm近い長身で、整った容貌と深い琥珀色の瞳は、いつかどこかで見た彫刻のようだ。  

 何より、そのカリスマ的なオーラが、わたしたちの視線を捉えて離さない。


 彼はゆっくりと周囲を見回し、太鼓奏者たちに向けて目線で指示を出す。


 ドン、ドン、ドン……。

 低く響く太鼓の音が劇場に響き渡る。まるで大地が鼓動を始めたかのようだ。


 詩人()は一歩前へ進み、劇場の天井にまで響き渡るような、力強い声で詩を歌い始めた。

 「يا رياح، احملي صوتنا. يا سيوف، احكي فخرنا.」


「風よ、我らの声を運べ。剣よ、我らの誇りを語れ」

 アディーラさんが、わたしのために同時に朗読する。


 わたしの全身を、鳥肌が貫いた。

 はじめの一小節だけで理解できた。旋律も、声色も、声量も、その全てが完璧で、まるで脳に染み入るような感触だ。


 それに呼応するかのように踊り手が声を上げ、独特のリズムに合わせて剣舞が始まった。

 複雑なリズムなはずなのに、鋭く振り下ろされた剣と多彩な太鼓のリズムが見事に調和する。


 「あの詩人、すごい……。この場を支配している」

 ようやく我に返ったわたしが、思わず感想を漏らす。


 「ええ、彼は、ジャイール・ビン・アブドゥルカリーム。詩人としてはまだ若い30代後半ですが、既にこの世界で最高の歌い手の一人と言われています」

 アディーラさんが微笑む。


 やがて、舞台袖から、もう一人の男性の歌い手が現れる。

 

 もちろん上手いのだけれど、その歌にはジャイールほどの衝撃(インパクト)はない。

 恐らく、ジャイールが全体をリードし、もう一人がそれに合わせて掛け合っていくという構成なのだろう。


 二人の詩の応酬が進むにつれ、会場の空気が、本当の戦の前のような一体感と、奇妙な高揚感に包まれてゆく。


「リンさんの脳波の話を聞いて、彼のことを思い出したんです。ジャイールは恐らく、その詩歌を通して、()()()()()()()を発することで、楽団全体を統率(コントロール)しているのだと思います」


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ