第103話:エッジ・オブ・ザ・ワールド
「え、素人のわたしが、鷹狩りの大会に?」
ファリード王子が笑う。
「大会は4日後の12月1日からですから、さすがに本戦は難しいと思います。でも、観光客や子ども向けのちょっとしたゲームみたいなものもあるので、それなら問題ないかと」
――よ、良かった。
軽い気持ちで言い出したのが大事になるところだった。
「どれくらい人が集まるんですか?」
「鷹匠だけで数千人、観客を合わせると10万人ほどに上ります」
堀田さんが耳打ちしてくれる。
「ここで勝つのは大変名誉なことなんだ。賞金も数千万ドルって言われている」
――数千万ドル……。
日本円にして数十億円だ。
この20人乗りのリムジンにしてもそうだけど、石油の国の王族というのは財力が桁外れだ。
そんなことを考えていると、車が音もなく静止した。
「到着しました」
そう言って、車のドアが開かれる。
「ここが私の別邸です。本日はここにお泊り下さい」
わたしは、目の前の建物を見上げる。
その白亜の建物は、豪邸というのを通り越して、もはや宮殿だった。
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そこに広がっていたのは、あたかも現代版のアラビアンナイトの世界だった。
豪華な庭園に、プライベートプール、スパ、シアタールームに、ヘリポートまである。
わたしたち一人ひとりに、スートルームが割り当てられ、当然のようにそれぞれにメイドさんらしき人が付いている。
部屋のテーブルの上には、まるでホテルのバイキングみたいに、様々な異国情緒あふれるスイーツが並べられている。
リビングも、豪華の一言だった。
床には金と赤、そして象牙色で織られたペルシャ絨毯が敷き詰められ、その上には、磨き上げられた大理石のテーブルが堂々と鎮座している。
広いソファーに、どこか居心地が悪そうに一人で座る堀田さんを見つけ、話しかける。
「こういう豪邸って、王子クラスになると普通なんですか?」
いくら石油が出るとはいえ、こんな邸宅が何個もあったら、さすがお金がいくらあっても足りない気がする。
「うーん。やっぱり、普通よりはだいぶ豪華だと思うよ。ただ、王子といってもサウジアラビア全体には5000人くらいいるからね」
「ご、5000人も!?」
「ああ。ただ、その中でも代々王様になる直系と、その分家があって、ファリード王子は直系にかなり近い。更に、アメリカとイギリスのトップ大学で、都市・観光開発の博士号を取った秀才だけあって、サウジアラビアの観光開発の中心的な役割を担っているんだ。だから、財力も影響力も大きい」
確かに、先週エジプトに来ていた理由も、紅海での共同開発だと言っていた。
メイドさんが、わたしと堀田さんに黄金のポットからコーヒーを淹れてくれる。
「アラビアコーヒーだね。カルダモンなんかのスパイスが入ってるんだ」
わたしの知るコーヒーと違って、色合いはミルクティーに近く、苦みも大分薄い。
堀田さんはテーブルに置かれていた、濃い琥珀色のオリーブくらいの大きさの実を勧めてくる。
「これはデーツ。”砂漠の黄金”って呼ばれている、ナツメヤシの実だよ」
「あ、甘っ!」
口に含むと、そのキャンディーのような濃厚な甘みに驚く。
「砂漠ではエネルギー補給が生死に直結するからね。砂漠で飢えた昔の人たちにとっては、甘いナツメヤシはまさに黄金だった」
そういって、堀田さんがアラビアコーヒーを口に含む。
「サウジアラビアって、どれくらい砂漠があるんですか?」
むかし授業で、日本の国土は65%が森林だと聞いたことがある。
「国土の80%以上が、砂漠だよ。昼は灼熱、夜は極寒のね」
――つまり、今時点でも人が住めるのは20%以下ということだ。
「だから氷河期到来で、居住可能エリアがさらに小さくなることに、極めて敏感なんだ。彼らにとっては、祖先が決死の想いで開拓してきた”人間が住める境界線”が、無理やり引き直されるようものだからね」
―――うーん。
言葉では分かるけど、正直イメージが沸ききらない。
「体感いただくのが、一番かと思います」
奥から、ファリード王子とアディーラさん、お付きの人と共に歩いてくる。
「今からお連れしましょう。世界の境界線へと」




