第102話:鷹狩り
東京ドーム8000個分のキング・ハーリド国際空港から、砂漠のど真ん中を走る整備されたハイウェイを、リムジンで走ること20分。
サウジアラビアの首都リヤドは、予想と全く違う様相を呈していた。
まるで近代建築の粋を尽くしたような建物が現れたかと思えば、日干し煉瓦でつくったような砂漠の色をした建物が立ち並ぶ。伝統と革新が凝縮されたような都市だ。
「あ、あれって何なんですか?」
無数の巨大な目を思わせる窓が嵌めこまれている、奇抜な流線形のデザインの建物を通り過ぎる。
「ああ、地下鉄ですね」
アバヤと言われる黒を基調としたロングスリーブのような衣裳に身を包んだ、20代前半の女性が笑顔で答えてくる。
”スーパー・ストレッチリムジン”と呼ばれるらしい、20人乗りのリムジンの中で、ファリード王子から紹介された彼女は、アディーラという名前らしい。
ファリード王子の専属の鷹匠である彼女は、頭部は布で隠しているものの、その琥珀色の瞳と整った鼻梁から相当の美人だと分かる。
「鷹匠って、男性のイメージでした……」
そう言うと、彼女は誇らしげに答えた。
「ええ。昔はそうでした。ただ、特に現政権になってから、女性の社会進出が活発になっています。かつては女性が就けなかった職業にもどんどん就けるようになってるんです」
「彼女は一族は、代々鷹匠でね。その中も彼女はとびきり優秀だったから、私の専属になってもらったんだ。鷹狩りは、王族の大切な嗜みだからね」
隣に座るファリード王子が言う。
「過大なお言葉ですわ、ファリード王子。王子の鷹狩りの腕前があってこそです」
アディーラは照れたように顔を下げる。
「そうだ、あれを」
そうファリードが言うと、アディールは頷き、車内の後部座席の方へ移動する。
後部座席といっても、全長12メートル超のスーパーリムジンだ。創さん、星、梨沙さん、堀田さん、私に加え、王子と付き人6名の全員が乗っていても、まだ余裕がある。
――というか、わたしの六畳一間の部屋の倍はある。
お金って、あるところにはあるんだな……。そう思っていると、後ろからアディールが戻ってきた。
その手には、梨沙さんの同僚が操作し、ピラミッドで捕獲された鳩型アバターが握られている。
体毛の部分が一部が引きちぎれ、中から機械のボディーが露呈している。
「すみません。まさか、あなた方が操作しているとは思わず、ワミードが捕獲してしまったのです」
「ワミードって?」
「ああ、王子の鷹の名前です。アラビア語で、”閃光”という意味です」
そう言うと、後部座席の方から”キィー”という鳴き声が聞こえた。
どうやら、この車に乗っているらしい。
「彼女を責めないでやってほしい。王族を狙ったドローンテロの可能性も考えた上での行動なんだ」
確かに、堀田さんからレクチャーを受けていた。中東では最も安全な国の一つのサウジであっても、やはり過激派は存在するという。王族であれば、そういう配慮も当然なのだろう。
「いえ、こちらも配慮が不足しておりました」
梨沙さんが頭を下げる。
普段は歯に衣着せない物言いだけど、元秘書官だけあって、場所とタイミングを弁えた話し方ができるのは、やっぱり大人だなと思う。
「残念ながら、我が国の技術では、内部部品の修理までは難しいようだ。メイドインジャパンの技術は素晴らしいからね。ただ、何か補償できる方法があれば言ってほしい」
梨沙さんとわたしは顔を見合わせる。
さすがの梨沙さんもこの問いかけは想定していなかったようだ。
――あ、そういえば。
わたしの脳裏にあるシーンがよぎった。
「あの……、もし良ければ鷹狩りを教えてもらえませんか?」
ほう、とファリード王子が言う。
「それを、アラブ外の友人から頼まれたのは初めてです。理由を伺っても?」
わたしは、三式島で、カミラの蝙蝠アバターと戦った経緯を、簡単に話した。
アバター操作の習熟度が足りなかったカミラは、蝙蝠アバターの性能を十分に活かせなかった。けれど、もし上空からの攻撃を実戦で使えるとすると、大きな戦力になるはずだ。
「脳内に操作イメージができない限り、アバターを動かすこともできないんです。だから逆に、もし鷹狩りを覚えられたら、アバター操作もできるようになるかなって……」
梨沙さんが感心気に言う。
「なるほどね。分かった、鷹型のアバターも、至急手配させるよ」
ファリード王子はそれ以上に乗り気だった。
「そういうことなら、ぜひ協力させてほしい。世界に、私とアディールに勝る使い手はいないから」
――世界に?
やたら大きくでたな……と思っていたら、創さんが教えてくれた。
「二人は、”キング・アブドゥルアジーズ・ファルコン・フェスティバル”という、世界最大の鷹狩り大会の優勝者なんだ」
「例年の12月に開催される盛大なお祭りのようなものです。ちょうど今年も12月1日より開催されるのですが、よろしければ、参加してみませんか?」