第八節 アレの発現
兄弟戦争(喧嘩)回にしようと思ったけど、その前に書きたい話ができました。
ヒカリさんは戦います
あたりには煙が立ち込めている。
冷たく張り詰めたような風の音だけが聞こえる。
真っ黒な翼の隙間から三人の男の天使が見える、思い出したくもない記憶の断片にいたあの三人。
憎い、嫌い、怖い......殺したい。ボクの中に渦巻くのは負の感情のみだ。
だがボクには戦える力はない。ニョタイカダケの効果をもってしてもこの3人に敵わないことは火を見るよりも明らかだと言えよう。
「よぉ、ヒカリ・エルトライト。早速で悪いが......」
「お断りよっ!」
「まだ何も言ってねぇよ」
何だあの男は、翼は1対で役職を示すようなものを何も持っていない。対して残りの二人は最高審判と執行人の証を持っているようだ。
「ヒカリ、お前下界に来て狂っちまったのか?」
「ちょっと! ヒカリさんに失礼でしょ!」
気が付いたらヒカリさんの黒い翼から身を出していた。本能が身体を動かしているようで完全に無意識の行動だった。
「ジョセニア、お前も生意気になったな?」
ジョセニア? いったい誰のことだ、全く分からない。
思い出そうとする間も無くヒカリさんが無詠唱で光弾を放った。男の目の真横すれすれを掠めて行った。無属性の初級魔法とは思えないほどの爆発が起きた。
「この子はユイ、分かったなら引き下がってくれないかな? モリフェル、エラディオス、セルビオ。あんたたちにはこの子の家族は務まらない......あっ!」
ヒカリさんが「しまった!」という顔をしている。こういう時は大抵隠し事がバレた時か口が滑ったときだ。「ユイちゃんの家族は......家族は」と小さく呟きながら頭を抱えている。
「ヒカリさん、どうしたの......?」
「ボクは......」
しばらく誰も口を開かなかった。お互いに探り合うかのように身動きすらも取らない沈黙。
永遠にも感じてしまうような十数秒が経って続きを話し始めた。
「認めたくないの、こんなこと。だってユイちゃんはあんなに......」
歯切れも悪く苦しそうな顔をしている。ヒカリさんのそんな顔は初めて見た。
「おいおい、覚えてないだなんて冗談は止してくれよジョセニア? そこの女がこの一年かけて俺たちが凍結した記憶を戻したんじゃないのか?」
「記憶......あぁ、だからか」
ヒカリさんと再会してからの1年間、ヒカリさんは定期的に不思議な術をかけてくれた。その度に頭の中の靄が晴れるような気がしたんだ。
「思い出せた? ユイちゃん。あなたには、やっぱり知っておいてほしかったから。でもやっぱり......酷だわ、こんなこと」
「ありがとうヒカリさん。いろいろと思い出せたよ」
家族のこと、自分の翼のこと、ヒカリさんのこと、そして......命を狙われていること、死ねないこと......事故のことも。
★
ユイ・ラハシュ・マスティマ。本名をジョセニア・ベルティという。
ベルティ家の三男にして四人目の子で、唯一神力を持たない。血縁含み周りの天使たちから忌み子扱いを受け、兄たちからはちょうどいいサンドバッグにされていた。
すべてが嫌になって夜遅くに街から抜け出そうとしたところをヒカリさんに保護された。その時にユイという名前をもらった。
ただ、身内でも妹であるアリスだけは慕ってくれてた。これについては姉のヴィルシーナはよく思ってなかったようで、姉のことはほとんど記憶にないほど交流がない。久しぶりに顔を見たのは事故の日だ。
身内で唯一慕ってくれたアリスは事故で命を落とした。ボクのせいで。
だから折翼者として追放された。下界追放には15年の壁というものがるが、皆不自然に15年以内に殺されているという。
あれは悲しい事故だった。誤って青白域に踏み込んだアリスを追ってボクも青白域に足を踏み入れてしまった。すぐに捕まえて帰ろうとしたところを巡回隊に見つかってしまった。そしてたまたま来ていた獣人(猫)の使者に護衛されながら青白域の外に出たその瞬間に、巡回隊の魔法によって撃たれてしまった。
凄まじい爆発がしたような気がする。よく忘れていたなと思うくらいの。
アリスと使者は身体がバラバラになって辺り一面に血の池を作っていた。
ボクは身体を起こせないままその池に横たわっていた。両脚と左腕が無い状態で。
泣けるほどの余裕があっただろうか。痛みを感じる余裕があっただろうか。そんなものは気にならないほどの絶望に襲われていたのだろう。
その後すぐにボクは捕まり記憶の凍結処理が行われ、ボクだけが悪人となり追放されることになった。
獣人の使者の死は不慮の事故として下界では処理されたらしい。
アリスの死に対し、ヴィルシーナが泣くことは予想外だった。姉はボクだけを嫌っていたのだとこの時知った。ベルティ家の兄弟姉妹は上から順に長男エラディオス、長女ヴィルシーナ、次男セルビオ、三男がボク、次女がアリス。圧倒的に男兄弟だし妹ができたことに喜んでいたのだろう。(ニョタイカダケの影響が出てるボクは男かどうか最近怪しくなってきたけど)
下界追放の報せはすぐにヒカリさんにも伝わったらしく、会いに行ってもあまり長居はさせてくれなかった。
そして下界追放の日に記憶の二重凍結が行われ今日に至る。
★
「ジョセニア、あの呪いのことも思い出したようだね」
「そうね、兄さん」
あの呪い、姉さんにかけられた呪い。
「不死の呪い、事故でアリスを失った恨みとして姉さんが使った禁忌の術。術者への反応も大きいく、付近にいた者までもが不死になる」
「よく知ってるな、父親として嬉しいぞ」
父親? こいつは何を言ってるんだ?
散々仲間外れにして、どんなケガを負っても五体満足ならと何も心配してくれなかったのに。
「お前を父親だと思ったことは一度もない!」
言ってやった。睨め付けてやった。
こいつがボクを下界に堕とした。こいつはボクを助けてくれなかった。神力の無いボクを罵って愉しんでいた。
「じゃぁなんで僕たちのことを”兄さん”や”父さん”と呼んでいたのでしょうね?」
字面だけ見れば丁寧な発言。但しその中身は煽りであることは明白、ついでに顔もウザいこいつは長男のエラディオス。
ならばお望み通り呼び捨てにしてやろうか? 本人直々に煽ってきたんだ。許可なんて下りてるも同然だし。
「お行儀よくしてないと散々暴力してきたのは誰よ! お前たちだろう? 誰のことを呼んでいるのか分からないと不便だろう? そんなことも分からないぐらい”兄さん”たちは馬鹿だったのか」
煽り返してやった。何か攻撃されると思ったが彼らは案外冷静だった。僕がまだ天界にいたころなんて少しでも家族の中で気に入らないことをするとすぐに初級魔法で攻撃された。見せしめかのように
ちなみに種族によってその源が違うだけで、魔法は魔法らしい。長老は妖力を使っていたし、天使族は神力を使う。もちろん鍛錬によってほかの力を持つこともできる。
「あの事故の時にやっぱり殺しておくべきだったか、姉さんは余計なことをしてくれた」
姉さんはボクに不死の呪いをかけた張本人。天界では禁術になっているのだが諸々権力でもみ消したらしい。
「セルビオ!ユイちゃんに手を出したらこのボクが許さないよ」
ヒカリさんが右手に弓を構えた。左手には矢を。どうやら本気で怒っている。
「左利き、やはりな。俺はずっと上にその話をしていたんだが...」
「父さんっ! 危ない!」
エラディオスの焦ったその声は遅くヒカリさんの放った矢はモリフェルの頭に、厳密には左目に刺さっていた。モリフェルは後ろに倒れて動かなくなった。
「あなたが特級魔法を発動するのに使うのは左目だったよね、モリフェル?」
「鳳級魔法【朱き閃光矢】!?」
驚きを隠せない表情のセルビオだ。
だが、ボクの目には朱くは見えなかった。アレは......
「どうかな? ボクの闇黒魔法【漆黒の一矢】は、自然治癒意外に回復の術はないんだけどね」
「朱なら最悪瀕死で止まるが漆黒は9割以上死ぬぞ! 分かってて撃ってるのか!? ヒカリィィィ!」
セルビオがヒカリさんに斬りかかった。
だが実際に斬れたのはセルビオの右腕だった。ヒカリさんはいつの間にか双剣に持ち替えていてそれには血がついている。
「術者本人が分からないわけないじゃんそんなこと、それにあなたたちはそもそも"死ねない"でしょ?」
激昂したセルビオとヒカリさんによる壮大な争いが眼前に繰り広げられている。
「でも、こちらに気を取られていてはジョセニアの背中がガラ空きだ!」
背後にエラディオスの気配がした。
終わった。
心の底からそう思った。
覚悟を決めたボクはそっと目を閉じた。
神力の流れを感じる。頭上に集まっていく。これが今からボクに振り降ろされる。
「相手になりませんね? ジョセニア。いや、今はユイでしたっけ?」
頭上の神力の塊が安定した。
「さようなら、ユイ。」
どう形容しようか。あらゆる情報が頭の中に入ってくるような感覚があった。
彼らの使ってきた魔法、ヒカリさんやサラお姉ちゃんが使ってきた魔法。今まさに頭上にある魔法さえも。それらのあらゆる情報がまるで何年も使ってきたような、そんな感覚になった。
ボクはゆっくりと目を開けてこう言った。
「なるほど、こうやって使うのか......」
次の瞬間、世界は蒼い霧に包まれた。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
ヒカリさんは私の推しキャラですよ
護りたい者のために戦う強くてかっこいいお姉さん、いいですよね
~ひとくちどころではない情報~
じつは作家仲間でもある友人がヒカリさんのデザインをしてくれたのですが、これがとってもえっちでかわいい感じのお姉さんになりまして
普段はだらしないのに本気出すと強いお姉さんです
もう少しデザイン詰めたら公開するよ