第一節 立ちはだかるのは
「入国審査?」
ここは北半球で一番大きな人間の国シニエストロ、の城門手前だ。
「俺は何度かこの国に来たことがあるが今までそんなことはなかったぞ?」
ミドリ兄さんが衛兵に疑問をぶつける。少しイライラしているときの声色になっている。途中でこの国出身の蛮族が襲ってきて到着が夜になったことも影響してるだろうか。
「14年前の獣らとの戦争を機に、純粋な人間以外は基本この場で拘束する決まりになっている。特に下界に追放されたアヴェイロン出身の天使はその場で処すと連合会議で決まった。後の戦争のためにスパイを入れないようにという対策でもある」
冷汗が出てきた。あたしもヒカリさんもアヴェイロン出身の天使族だ。彼の話が本当ならこの場であたしたちは殺される。
「連合って、180年くらい前にアヴェイロンとシニエストロが第三次北部大戦をする前に同盟組んだアレ?」
たしか出発前にそんな話を聞いたような気がする。魔族の国と戦争するためにアヴェイロンとシニエストロが組んだ同盟、アヴェストロ連合。
「ちょっと待て」
ん? 衛兵の顔色が変わったぞ?
「お前、なぜそのことを知っている?」
「さぁて? ボクたちを通してくれたら答えてあげるよ」
目だけが笑っていないヒカリさんが冷たくそう言った。
「待て、そこの緑髪の男どっかで見たことあるぞ」
「お前に会ったかは知らないが、俺は何度か来たことあるとつい数分前に伝えたはずだ」
「確か、城内のシェフにスカウトしたいという狼族の青年がいると聞いた。そいつの容姿とお前はそっくりだ」
あ、これまずいやつ? ミドリ兄さんは人間国からのシェフのスカウトを全部蹴っていると言ってたし、容姿まで似ていると言われたらもう逃げ道は限られている。もしかしてあたしたちみんなここでおしまい? せっかく種族隠蔽までして人間と全くたがわない容姿で来たのに。なんだったらあたしとヒカリさんは出身までバレたら今ここで――
「だがそいつには狼の特徴がある。俺にはないし俺たちはどこからどう見ても人間。そうだろう?」
ミドリ兄さんは衛兵ににじり寄った。確かに今のあたしたちは人外の要素をすべて隠している。
「ミドリ、それ以上はよしなさい」
「サラ姉、でもよぉ……」
「衛兵さん。入国審査って具体的に何をするのかしら?」
今度はサラお姉ちゃんが衛兵ににじり寄った。あたりをじっと見まわし、まるで隅々まで観察するかのように。
「あなたは1人。城門は開いている。脆そうな槍。魔力も弱い、でも――」
「お前、この僕を煽っているのか? 戦闘審査では誰も僕に勝てなかったんだ、大人しく種族を調べさせてくれた方が身のためだと思わないか?」
「でもあなた、戦いたそうにしてるわね?」
また一歩詰め寄った。衛兵が槍を握りなおすのをあたしは見逃さなかった。
「そろそろ通してくれないか?」
背後から知らない男の声がした。
「!?!?」
びっくりして声にならない悲鳴が出ちゃったじゃんか! ヒカリさんに飛びついちゃったし。
「おっと失礼、驚かせてしまったね?」
鎧を着た大男だ。この者からは衛兵のような敵意は感じない。膝をついて謝罪してくれた。
「オリバー様! この者たちに頭を下げる必要はありません!」
「なぜだ? どこからどう見ても人間じゃないか。お前はまた罪も無き者を殺めるのか?」
「オリバー様、お言葉ですが私は職務を全うしているだけです」
「そう言って何人に手をかけたのだ? 王からは人間以外は捕まえるようにと言われているはずだ。人間なら問題なく通せともな」
今度はオリバーと呼ばれた大男と衛兵の喧嘩が始まった。この国、すっごいめんどくさいじゃん。
「ふん! 客人に対する失礼な対応は上に報告させてもらう。分かったならこの者たちを通せ」
大男は足早に門の先へと去っていった。
「承知しました、オリバー様。ほら、お前たち、僕の気が変わらないうちに行った行った」
あんなこと言われたのにまだ態度悪いとか、呆れてしまいますわ。これ以上何か言われる前にとっとと先に進んでしまおう。
「おい、一番ちっこい奴。お前だけは残れ」
「あたし?」
ちっこいとは失礼な! 周りの背が高いだけだが?
「そうだ。お前以外は行っていいぞ」
あたしたちは顔を見合わせ軽く頷いて衛兵の指示に従った。
3人が城門の先へ行ったのを見届けてから衛兵が口を開いた。
「お前、ジョセニア・ベルティだろ?」
ジョセニア・ベルティ。その名前で呼ぶものは少ない、アヴェイロンの追放時からあたしの名前はユイ・ラハシュ・マスティマだ。この名前で生活している時間の方がもう長くなっている。
「答えろ。お前はジョセニア・ベルティで間違いないか?」
「だとしたらどうするの? あんたの話だと今ここで殺すことになっていると思うけど」
出来るだけ表情も声色も変わらないようにした。ここでバレたりしたらかなり面倒だ、先に行った3人にも危ないことが起きるかもしれない。
「オリバーに言われたんだ。あの3人には誰にも手は出させないよ。少なくとも、そこの国の人間達には」
「そこの国の人間達? どういうこと?」
「あぁ、自己紹介がまだだったね」
衛兵は背を向けて少しだけ距離を取って身に着けていた鎧を外した。そして振り返った彼を見て戦慄した。天使の翼、手の甲にはあたしの大嫌いなあいつらの紋章――
「はじめまして、お兄さん。あ、今はお姉さんかな? 僕はアベル。アベル・ベルティ」
「ちょっとごめん、あんた今なんて――」
「すっとぼけるなよ、ジョセニア」
あー、この状況は想定の数十倍は面倒くさいかもしれない。ベルティ家はあたしの実家族だがあいつらはあたしを捨てた。自分たちの手であたしを下界に追放した。
思い出すだけで嫌になる。忘れていたのに。よし、ここは最後まで白を切ろう。
「まだあたしがジョセニア本人だって確定しているわけじゃないじゃない?」
「僕は兄さんたちに頼まれたんだ。ジョセニアを連れてこいと、ジョセニア以外の天使はすべて殺して構わないと」
「あたしの話聞いてる?」
「聞いてないよ。本人だという確証が得られたから聞く必要ないもん」
「ガキ臭いね、あんた。いくつ?」
「ガキじゃねぇよ、13だし」
ガキじゃねぇか。9個下だとベルティ家では近い方だけども。
「ねぇジョセニア、何でまだ本当の姿を隠しているの? 家族水入らずさらけ出そうよ」
「断る、って言ったら?」
「それは冗談のつもり?」
「本心だけど? アベル」
本当に本心だ。こいつに本性を晒す必要はない。
「じゃあ力ずくで連れて行こうかな」
アベルが槍を一振りするとそれは大鎌へと姿を変えた。
「はぁ、どうしてこうなるんだか。ん?」
城門の方に心配で様子を見に来たらしいヒカリさんが立っていた。その表情には静かな怒りを感じる。アベルは気付いていないようだ。
「武器を構えないのかいジョセニア」
「その必要はないよ」
「神力を持たないのに?」
「よく知っているわね」
ヒカリさんが奥で弓を構えている。アレはあの時モリフェルを撃った魔法と同じものだ。だめだめ、それは流石にバレるって。
「もったいぶらないでアレを発動したらよかったのに、見る前に殺してしまうのはもったいな……いや、この強大な魔法は――」
アベルは慌てて後ろを振り返った。ヒカリさんは既に準備が整っていた。
「闇黒魔法【漆黒の一矢】」
ヒカリさんの静かな呟きと共にその矢はまっすぐアベルの頭をめがけて飛んできた。
だが――
「へぇ、これが……」
アベルはそれを大鎌を一振りして弾いてしまった。
「ジョセニア、あの女がヒカリっていう大天使様かな? 聞いてたより大したことないね、さっきの魔法」
全身から冷静さが消えてなくなるような感覚がした。何があっても赦さないというそういう気持ち。
――コロセ
頭の中にそんな声が聞こえてきた。
「アベル、君に死ぬ覚悟はあるかな?」
あたしはとある魔法を練り始めた。赤黒いオーラを放つ禁忌の魔法を……
「ユイちゃん! その魔法は使っちゃダメ!」
ヒカリさんの声は頭の中を素通りしていった。
「ヒカリさん、ここは私が」
「サラさん……いつから?」
「あなたが弓を構えたあたりからよ」
「禁忌魔法」
禁忌魔法。名前の通り禁術。これのほとんどが世界中のどこでも使用が認められていない。
「なっ!? ジョ、ジョセニア、悪かった! 悪かったから一回止まってくれ」
アベルが相当焦った顔をしている。
「禁忌魔法【フィッグ・ア――」
「ユイちゃんちょっと失礼」
「カハッ!?」
背後から手刀を食らって気絶した。
★(少し遡る)
赤黒いオーラは夜闇に魔方陣を形成している。あの魔方陣は禁術中の禁術、死の呪い。もちろんどの国でも公には認められていない。
「ユイちゃん!その魔法は使っちゃダメ!」
ボクの声はユイちゃんには届いていないみたいだ。
「ヒカリさん、ここは私が」
「サラさん……いつから?」
「あなたが弓を構えたあたりからよ」
ならちょっと前か。
正直あの魔法が弾かれるとは思ってもいなかった。アレはボクにとって大事な魔法。
「さっきの衛兵、ベルティ家の末っ子みたいなの。サラさん、気を付けて」
「わかった、ユイちゃんのことは私に任せて。気絶させるから」
サラさんは足早にユイちゃんの後方へと向かった。幸いユイちゃんにも衛兵を装ってたベルティ家の者にもバレていない。
「禁忌魔法」
ユイちゃんの口が確かにそう動いた。
サラさん、お願い。ユイちゃんを……
手を握り、目を閉じる。邪悪な気配は収まった。
恐る恐る目を開けるとヒカリさんは気絶したユイちゃんを担ぎ上げていた。
「ユイちゃん!」
思わず駆け出した。
「大丈夫よヒカリさん。ちょっと強かったかもしれないけど」
あぁよかった、気絶しているだけだ。
「おいおいお姉さんたち、せっかくさっき見逃してあげたのに邪魔をするのかい?」
今まさに自分が退治しようとした相手がダダの手刀1回で気絶させられたという状況に焦りを隠せ切れないでいる。
「邪魔なのはあなたよ。アベル」
「ベルティ家にまた新しい子が生まれたなんて、ボク意外だったよ」
「お前、どうして僕の名前を……」
「どうして、か。それは難しい質問ね? ただ、あなたたちの国にもそういう文化はあるんだなって思ったわ」
「意味わからない。10何年前に兄さんたちはこんな訳の分からないやつらと」
「訳は分かるでしょう? ね、サラさん」
「そう。私は人間、ヒカリさんは大天使。それだけ分かればあなたには十分じゃないの?」
やっぱり訳が分からない。そんな顔をしている。
「――ははっ、そうだな……」
アベルは小さく呟いてこう続けた。
「大天使様と……訳ありの2人をここで同時に相手するのは分が悪い。退散するとしよう」
アベルは力いっぱいに飛び去って行った。
「あいつ気付いたか、私に」
★
あたしは真っ暗な中にいた。
「ここはどこ?」
その声はただ虚空へと消えた。彷徨えど彷徨えどここには何もない。
もしかしてあたしは死んだのか? そんなことも頭をよぎった。
「ここは君の精神世界だよ」
知っているような知らないようなそんな声が聞こえた。あたりを見回しても誰もいない。そもそも枕だから見えていないだけの可能性は捨てきれないが。
「残念ながらそこには誰もいないよ」
誰もいないならなぜ声がするんだ?
「そこにはいないけどボクはここにいるよ」
「君は一体誰なんだ?」
「ボクは君だよ。何を言っているのか分からないと思うけど今は受け入れてくれ」
いや本当に何を言っているのか分からない。
「君にあの魔法を使うにはまだ早い。だから君にとっておきの切り札を教えてあげる」
「切り札?」
あるに越したことはない。だけど禁忌魔法を超える魔法なんて、どこにも――
「滅魔法、禁忌を超えた禁忌。蒼の力を持つ君ならすぐに使いこなせるさ」
「滅魔法? どうやって使うのよ?」
「次に君が神魔烈響を発動したときにわかるよ」
神魔烈響。その力を持つ者は少ない。その中でも色の烈響は特に高位とされている。それの蒼があたしの持つ力らしい。14年前に使ってきり一度も使えていない。上位複製以外にそれも発動していたことはあの後しばらくしてから聞いた。
「青の力をどう使うかは君自身で掴むしかない」
そんなことを言われても困る。また今日みたいなことが起こるかもしれない
「さて、そろそろ君は起きる時間だよ」
起きる。それを意識した瞬間だったと思う。地面だったものがなくなって高いところから落ちるような感覚になったのは。15年前に感じたものに近いそれにつつまれて、あたしは――
ガバッ――
「はぁ、はぁ、ここは……」
見慣れない部屋の布団の上で飛び起きた。まだ心臓がバクバクしている。
高いところから落ちる感覚、ひょっとしたらあれが一番の恐怖なのだろうと思った。
「さっきのは、夢……?」
思い出そうにも難しい。思い出そうとすればするほどどんどん遠くなっている感じがする。禁忌を超えた禁忌。その言葉だけはしっかりと思えているのに。
「ユイ……ちゃん?」
ヒカリさんの声だ、ベッドに横になっている。ってあたしと同じベッドじゃんか!
「よかった、本当に」
その声は泣いていた。ぐいっと身体を引かれあたしはがっしりと抱かれた。
「もう目を覚まさないんじゃないかって思った! もう会えないんじゃないかって思った!」
「ヒカリさん、そんなに泣いて……あたしには不死の――」
「それでもなの!」
号泣しているヒカリさんにかけられる言葉が見つからなかった。
「ヒカリさん……心配かけてごめんね」
「ばかっ! 許さないんだから!」
より一層ハグが強くなった。アタシもヒカリさんの背中に腕を回してそれに応えた。
「えへへっ、もう離さないんだからね? ユイちゃん」
それからあたしたちは次に日が沈むまで抱き合って寝ていたと、ミドリ兄さんが教えてくれた。
「サラさんには内緒にしないとね」
「嫉妬したお姉ちゃん怖いからね」
「そうだお二人さん。サラ姉から伝言なんだが、どうやら昨日のあのオリバーとか言う男。勇者パーティの一員らしい」
ここに来るまでに軽くミドリ兄さんから聞いていたが、ギルドに所属しない国家直属の冒険者パーティがあるという。それが勇者パーティ。
「彼らのパーティは人間ではないとみなしたものには容赦してくれないらしい。できるだけ力は使わず人間として振舞ってくれ」
「わかったよ」
あたしたちは了承した。昨日みたいなことが頻発するのはごめんだし、平和に済むならそれが一番だ。
「俺はこれから王城の方に用事がある。まさかこんな遅い時間に呼ばれるとは思わなかったが」
「何をしに行くの?」
「いつも通りさ、俺を専属シェフにしたいというスカウトだよ。あとついでに夜食作れってさ」
ずっと断ってるのにとか文句を言いながらミドリ兄さんは出て行った。
「ところでヒカリさん」
「なぁに?」
ずっと離してくれないヒカリさんが甘い声を出す。
「ちょっと、お手洗い行きたいんだけど……」
実は起きてからずっと行きたかった。行こうと思ったら離してくれないし、手が緩んだと思ったらミドリ兄さんが来るし。なんだったら気絶してから行ってないし、その日のうちに意識が醒めているとしても次の日が暮れるまでの間言っていないことになる。最低2日くらいは行けていない。
「ボクの膝の上でモジモジしちゃってかわいいね」
「だってしばらく行ってないんだもん!」
「お腹押したらどうなっちゃうのかな?」
きゅっとお腹を押されると全身がぶるっとした。
「んあぁ、だめ……」
ちょっとだけ出ちゃった。
「かわいい声出ちゃったね~、もしかして」
ヒカリさんの呼吸がすぐ耳元で聞こえるまで迫られて――
「ちょっと出ちゃった?」
耳元で囁かれた。やめてよ、耳は。本当に出ちゃうって!
「ねえあなたたち何してるの?」
サラお姉ちゃんが戻ってきた。ヒカリさんの腕が一瞬緩んだ隙にトイレへと駆け込んだ。間に合ったのかどうかは聞かないで欲しい。本当に。
★
「いつもユイちゃんは良いところで逃げちゃうんだから……」
嗜虐心をくすぐるあの子が悪いと思う。よし、今度は不意に耳に甘噛みをしよう。
「私がいない間に何してたのよ」
嫉妬と呆れの混じったような顔でサラさんが問いかけた。
「ちょっとユイちゃんに意地悪してただけよ」
「ところでこの国のお偉いさんがお呼びなの。例の衛兵、帰ってきていないから何か知らないかだってさ」
あのアベルとか言うベルティ家の天使。あの後飛び去ってから帰ってきてないのね。大丈夫なのかしらこの国の管理は。上にいたころからずっと疑問ではあるんだけど。
「この後すぐに来てほしいってさ。黒き翼の二人にって」
黒き翼。人外ということだけでなく堕天使出てあるということすら割れているのね。やっぱりこの国はめんどくさい。
そういえばユイちゃんが戻ってくるのが遅いわね。様子を見に行くのと一緒に呼び出しに応えよう。
どうやらボクたちは夜型だと思われてるのかな。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
ついに始まった第二章
プロットとかも特に考えず、というわけにもいかないので節ごとに大まかな流れだけ決めています
つまり節の中の細かいところは何も決めていないのだ!!
そういえばヒカリさんのイラストが出来まして、とても攻撃力が高いんです
めちゃんこかわいいのであとで分かりやすいところにまとめておきますね
~ひとくちプチ情報~
ヒカリさん主人公の外伝をファンボックスに書き始めたんですよ
ヒカリさんが推しの方はぜひ見てみてね




