表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

ミステリ

我想う、ゆえに

作者: 獅堂平

「お前が……」

 深山壮太みやまそうたがつぶやいた。

 彼の足元には血を流して倒れている男がいる。出血は腹部からで、深山の持つ刃物によるものだ。

「お前と……。出会わなければ……」

 深山の目から涙が零れていた。


 *


 **


 ***


「お兄ちゃん。なにか、面白い事件でもない?」

 自宅リビングでお菓子を頬張りながら、道重小夜みちしげさよは聞いた。

「面白い事件って……。凶悪事件をおもしろがるなよ」

 道重大也みちしげだいやは呆れた。彼は小夜の従兄弟だ。久しぶりの休暇を利用し、小夜家に遊びにきていた。

「まあ、そう言わずに、ほら」

 小夜は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、大也に渡した。

「サンキュー。――おもしろい事件ねえ」

 大也は缶を開栓すると、天井を見上げた。小夜は期待の眼差しで彼を見つめた。

「ああ、そういえば」

「うん。なに? どんな事件?」

 小夜は目を輝かせた。

「この前の事件で、妙なことがあってね」

「妙なこと?」

「うん。殺人未遂の加害者が、一度離れると、五分後と十分後に被害者の様子を見にきていたんだ」

 大也は缶ビールを一口飲んだ。

「確実に殺せたかどうか知りたかったからじゃないの」

 間髪いれず、小夜が言った。

「そうじゃないんだ。防犯カメラを見る限り、加害者は被害者の息があるのを確認して、話しかけていたけれど、とどめを刺そうとはしなかったんだ。加害者は黙秘をしていて、動機もよくわからない」

「ふうん」

「詳しい話を聞きたいか?」

 大也は両腕を上げ、大きく伸びをした。

「あー。つまみがないと、続きは喋れないなぁ」

「はいはい。今、用意するわよ。ちゃんと話してね」

 小夜はキッチンに行き、つまみになりそうなものを探し始めた。


「犯人の名前は深山壮太。被害者の近田浩市ちかだこういちとは高校からの友人だ。二人とも二十四歳で、都内の企業に勤めている」

 スルメを頬張りながら大也は説明する。

「犯行現場は都内のコンビニ駐車場だ。深山は近田と数分ほど会話をした後、ナイフで腹を一刺しだ。人目につきにくいコンビニの裏側での犯行だった。人通りが少ないとはいえ、目撃される可能性は高い場所だな」

「五分後と十分後に加害者が様子を見にきたということは、すぐに通報されなかったの?」

 柿ピーを食べながら小夜が聞いた。

「ああ。倒れている男を目撃している通行人はいたが、夜で見にくいということもあり、酔っ払いか何かだと思ったらしい。通報はコンビニ店員がした」

「ふうん」

「他に何か聞きたいことは?」

 大也は缶ビールを呷ると、冷蔵庫をちらりと一瞥した。おかわりをご所望のようだ。

 小夜は立ち上がり、冷蔵庫を開け、新たなビールを運びながら言う。

「被害者に恋人はいるの?」

「いる。結婚間近で、近田の来月の転勤についていく予定だった」

「深山の方には?」

「いなかった」

 大也は首を振った。

「近田の恋人は、どういう人?」

「二人の高校の同級生だよ。彼女はこの前まで都内の出版社に勤めていた。結婚するという理由で退職している。写真を見たが、結構な美人だな」

「へえ。お兄ちゃんが美人って言うことは、本当に美人なんだね」

「なんだ、その言い方」

「だって、お兄ちゃん、面食いだから」

 小夜はニヤニヤと笑った。

 従兄弟は咳払いをすると、

「とにかく、なにかわかりそうか?」

 と尋ねた。


「一番あり得そうなのは」

 しばし思案した後、小夜は口を開いた。

「深山が近田の恋人が好きで、取られるのが気に入らなかったという線」

「うむ。それは捜査本部も考えた」

「でも、それだと、とどめを刺さなかった理由がわからいなんだよなぁ。何のために被害者のもとに戻ってきたんだろ」

 小夜は自分の髪をくるくると指に巻きつけた。

「恨みの線で調べてみたが、金銭トラブルや仲が悪かったという情報もなかった」

 大也は三枚目のスルメを手に取った。

「ふうん。衝動的な殺意なのかな? たとえば、自分の大切にしていた物を壊されて激高したとか……」

「近所の防犯カメラを確認したが、犯行前は和やかな雰囲気で会話している感じだったぞ。突然、ナイフで刺した感じだったな」

 大也は眉を顰めた。小夜は顎に右手をあて、再び黙考した。


「じゃあ、こういうのはどうかな」

 小夜は虚ろな目で言った。何かを憂いている。

「深山の目的は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「どういうことだ?」

 小夜の発言に大也は困惑し、目を見開いた。

「そのままの意味よ。近田の記憶に焼き付けるために、重症を負わせるという手荒い行為に走った。近田は自分のお腹の傷跡を見る度に、深山のことを思い出す」

「……」

「つまり、ナイフで刺すという行為によって、近田との決別と同時に深山という人間を印象付けた。しかし、死んでしまうと困るので、何分かおきに彼の様子を見ることにした」

「おかしくないか。その場合、刺したあとに、深山本人がすぐに通報すればよかったのでは?」

 大也の反論に、小夜はかぶりを振った。

「おそらく、瞬間的な印象づけではなく、彼はできるだけ長く深い印象を植え付けたかったのだと思う。だから、死なないぎりぎりまで粘っていたのかと……」

「なぜ、そんな事を?」

 大也の問いに、小夜は虚空を見つめ、

()()()()


 ****


 ***


 **


 *


 深山と近田の出会いは高校一年生の時だった。

 それまで恋愛に興味がなかった深山だが、近田に対して特別の感情を抱くようになっていた。当初はそれが友情だと思っていたが、あることをきっかけに愛情だと気づいた。

「叶わない片想いをしている時、お前なら、どうする?」

 高校二年生の一学期のある日、深山は近田に聞いてみた。この時、既に近田には恋人がいた。

「うーん。そうだな。俺なら、叶わなくても告白するかな」

 近田は快活に言った。

「フラれるのがわかっているのに?」

「そうだな」

「悲しいな」

 深山は悄然とした。

「でもな」

 近田は深山の肩を豪快に叩き、言う。

「負け戦だとわかっていても戦うだろ。どうせ、散るなら、相手に強烈な印象を与えるくらいのことをやらないとな」

「はは。近田らしい考え方だな」

 深山は物悲しげに笑った。


いつもありがとうございます。

ポイント(評価)、ブックマーク、感想は大変励みになります。


よろしければ、お手隙の際に下記の☆をご確認ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

同作者の次の小説もオススメです。

道重小夜シリーズ

大学生の名探偵(?)、道重小夜の登場する小説。

同作者のシリーズ一覧

+ポイントについて(評価について)+

ポイントは、作者のモチベーションに繋がります。積極的に入れていただけるとありがたいです。
★1でも喜びます。


+感想について+

すべての項目を入れる必要はありません。「一言」だけでも充分です。


+お気に入りユーザー登録について+

お気に入りにすると、作者の新作や更新が通知され、便利です。

script?guid=on
― 新着の感想 ―
[良い点] 人間の心理というのは、実に奥深い物ですね。 刺された上に恐ろしい思いをした深山さんが、一日も早く立ち直れると良いですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ