我想う、ゆえに
「お前が……」
深山壮太がつぶやいた。
彼の足元には血を流して倒れている男がいる。出血は腹部からで、深山の持つ刃物によるものだ。
「お前と……。出会わなければ……」
深山の目から涙が零れていた。
*
**
***
「お兄ちゃん。なにか、面白い事件でもない?」
自宅リビングでお菓子を頬張りながら、道重小夜は聞いた。
「面白い事件って……。凶悪事件をおもしろがるなよ」
道重大也は呆れた。彼は小夜の従兄弟だ。久しぶりの休暇を利用し、小夜家に遊びにきていた。
「まあ、そう言わずに、ほら」
小夜は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、大也に渡した。
「サンキュー。――おもしろい事件ねえ」
大也は缶を開栓すると、天井を見上げた。小夜は期待の眼差しで彼を見つめた。
「ああ、そういえば」
「うん。なに? どんな事件?」
小夜は目を輝かせた。
「この前の事件で、妙なことがあってね」
「妙なこと?」
「うん。殺人未遂の加害者が、一度離れると、五分後と十分後に被害者の様子を見にきていたんだ」
大也は缶ビールを一口飲んだ。
「確実に殺せたかどうか知りたかったからじゃないの」
間髪いれず、小夜が言った。
「そうじゃないんだ。防犯カメラを見る限り、加害者は被害者の息があるのを確認して、話しかけていたけれど、とどめを刺そうとはしなかったんだ。加害者は黙秘をしていて、動機もよくわからない」
「ふうん」
「詳しい話を聞きたいか?」
大也は両腕を上げ、大きく伸びをした。
「あー。つまみがないと、続きは喋れないなぁ」
「はいはい。今、用意するわよ。ちゃんと話してね」
小夜はキッチンに行き、つまみになりそうなものを探し始めた。
「犯人の名前は深山壮太。被害者の近田浩市とは高校からの友人だ。二人とも二十四歳で、都内の企業に勤めている」
スルメを頬張りながら大也は説明する。
「犯行現場は都内のコンビニ駐車場だ。深山は近田と数分ほど会話をした後、ナイフで腹を一刺しだ。人目につきにくいコンビニの裏側での犯行だった。人通りが少ないとはいえ、目撃される可能性は高い場所だな」
「五分後と十分後に加害者が様子を見にきたということは、すぐに通報されなかったの?」
柿ピーを食べながら小夜が聞いた。
「ああ。倒れている男を目撃している通行人はいたが、夜で見にくいということもあり、酔っ払いか何かだと思ったらしい。通報はコンビニ店員がした」
「ふうん」
「他に何か聞きたいことは?」
大也は缶ビールを呷ると、冷蔵庫をちらりと一瞥した。おかわりをご所望のようだ。
小夜は立ち上がり、冷蔵庫を開け、新たなビールを運びながら言う。
「被害者に恋人はいるの?」
「いる。結婚間近で、近田の来月の転勤についていく予定だった」
「深山の方には?」
「いなかった」
大也は首を振った。
「近田の恋人は、どういう人?」
「二人の高校の同級生だよ。彼女はこの前まで都内の出版社に勤めていた。結婚するという理由で退職している。写真を見たが、結構な美人だな」
「へえ。お兄ちゃんが美人って言うことは、本当に美人なんだね」
「なんだ、その言い方」
「だって、お兄ちゃん、面食いだから」
小夜はニヤニヤと笑った。
従兄弟は咳払いをすると、
「とにかく、なにかわかりそうか?」
と尋ねた。
「一番あり得そうなのは」
しばし思案した後、小夜は口を開いた。
「深山が近田の恋人が好きで、取られるのが気に入らなかったという線」
「うむ。それは捜査本部も考えた」
「でも、それだと、とどめを刺さなかった理由がわからいなんだよなぁ。何のために被害者のもとに戻ってきたんだろ」
小夜は自分の髪をくるくると指に巻きつけた。
「恨みの線で調べてみたが、金銭トラブルや仲が悪かったという情報もなかった」
大也は三枚目のスルメを手に取った。
「ふうん。衝動的な殺意なのかな? たとえば、自分の大切にしていた物を壊されて激高したとか……」
「近所の防犯カメラを確認したが、犯行前は和やかな雰囲気で会話している感じだったぞ。突然、ナイフで刺した感じだったな」
大也は眉を顰めた。小夜は顎に右手をあて、再び黙考した。
「じゃあ、こういうのはどうかな」
小夜は虚ろな目で言った。何かを憂いている。
「深山の目的は、殺すことではなく、ナイフで刺して印象づけることが目的だった」
「どういうことだ?」
小夜の発言に大也は困惑し、目を見開いた。
「そのままの意味よ。近田の記憶に焼き付けるために、重症を負わせるという手荒い行為に走った。近田は自分のお腹の傷跡を見る度に、深山のことを思い出す」
「……」
「つまり、ナイフで刺すという行為によって、近田との決別と同時に深山という人間を印象付けた。しかし、死んでしまうと困るので、何分かおきに彼の様子を見ることにした」
「おかしくないか。その場合、刺したあとに、深山本人がすぐに通報すればよかったのでは?」
大也の反論に、小夜はかぶりを振った。
「おそらく、瞬間的な印象づけではなく、彼はできるだけ長く深い印象を植え付けたかったのだと思う。だから、死なないぎりぎりまで粘っていたのかと……」
「なぜ、そんな事を?」
大也の問いに、小夜は虚空を見つめ、
「恋愛感情」
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***
**
*
深山と近田の出会いは高校一年生の時だった。
それまで恋愛に興味がなかった深山だが、近田に対して特別の感情を抱くようになっていた。当初はそれが友情だと思っていたが、あることをきっかけに愛情だと気づいた。
「叶わない片想いをしている時、お前なら、どうする?」
高校二年生の一学期のある日、深山は近田に聞いてみた。この時、既に近田には恋人がいた。
「うーん。そうだな。俺なら、叶わなくても告白するかな」
近田は快活に言った。
「フラれるのがわかっているのに?」
「そうだな」
「悲しいな」
深山は悄然とした。
「でもな」
近田は深山の肩を豪快に叩き、言う。
「負け戦だとわかっていても戦うだろ。どうせ、散るなら、相手に強烈な印象を与えるくらいのことをやらないとな」
「はは。近田らしい考え方だな」
深山は物悲しげに笑った。
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