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第7話 王子の従兄

「…お母様、もうここで大丈夫です」


 城の中に入った所で、私はそう言って母の方を振り返った。


「あら、そう?大丈夫?」

「はい。殿下のお部屋までの道はもう覚えました」

「リナーリアは物覚えが良いものねえ」


 母はにっこりと笑った。

 殿下と約束をしてから、城に遊びに来るのは今日でまだ2回目。だが前世ではここに住んでいた私は、実は殿下の部屋どころか大抵の場所が分かったりする。

「じゃあ、また後でね」と歩いていく母を見送る。


 ちなみに母は私が殿下と会っている間、知り合いを見つけてお茶などしているらしい。「もし誰もいなかったら、庭を眺めたり図書室で本を読んでるわ」との事だが、少々申し訳なく思う。

 本当は私一人で来たいのだが、前世の記憶が戻る以前の私はかなり人見知りだったので、両親は心配なようだ。何とか安心させたいのだが、すぐにはなかなか難しそうだ。




 殿下の部屋へ向かう途中、幾人かの貴族と会った。今世では初対面の人ばかり、全て丁寧に挨拶をしておく。

 ちょっと緊張したが、ちゃんと貴族令嬢らしく振る舞えた、はずだ。


 窓の外は小雨模様だ。カエルの観察にはちょうどいいなと思っていると、前方に一人の少年がいる事に気が付いた。

 少し癖のある金髪に、生意気そうな顔。…あの顔には、見覚えがある。


「おい。お前だろう、あのエスメラルドに気に入られたって女は」


 嫌な奴に会ってしまった。

 いや、これは待ち伏せされていたのか。


「おい、何とか言え。まさか僕の名前を知らないのか?」

「…オットレ様、ですよね」


 オットレ・ファイ・ヘリオドール。年齢は私より1歳上。

 カルセドニー国王陛下の兄フェルグソンの息子、つまりエスメラルド殿下の従兄(いとこ)だ。



 王兄フェルグソンは兄なのに国王の座についていない時点で大体察することができるのだが、色々と問題のある人物だ。

 過去にあれこれやらかしたせいで王位継承権は放棄させられているが、息子であるこのオットレには継承権が残っている。


 国王陛下の御子はエスメラルド殿下のみなので、オットレは殿下や王弟シャーレン様に次ぐ継承権の持ち主という事になる。ミドルネームのファイは高い王位継承権を持つ者の証だ。だが…。

 はっきり言おう。私はこいつが大嫌いである。


 オットレは本来なら父が国王で、自分はその後継者だったはずだとでも思っているのだろう、とにかく態度がでかい。自惚れが強く周囲の人間の事を見下している。

 さらに殿下に対する対抗心が物凄く強い。どうせ勝てないくせに事あるごとに張り合ってきて、しかも汚い手を使ったりする。


 前世では、殿下の従者だった私もこいつには相当嫌な目に遭わされた。

 嫌味や陰口くらいならまだいいが、時には持ち物を隠されたり上の階からバケツの水をぶちまけられたり、くだらない嫌がらせを何度もされた。

 こいつとその取り巻きに学院の池に突き落とされた事まであるが、騒ぎを聞いて駆けつけた殿下が激怒し、それ以来あまり絡まれなくなった。


 殿下が本気で怒る所をその時生まれて始めて見たのだが、本当に怖かったのでとてもびっくりした。

 寛大な殿下はこいつに何か言われても大抵は受け流していたのだが、ついに堪忍袋の緒が切れたのだろう。普段温厚な人物が怒ると怖いのだ。

 今思えば、殿下とオットレの間に決定的な溝ができたのはあの時だったように思う。



 …だが、今世ではまだ殿下とそこまで仲が悪くないはず。

 せっかくこうしてやり直しているのだ、今世では殿下に余計な敵を作らないようにしたい。

 しかもオットレは殿下の従兄、一応は王族なのだから、失礼のないようにしなければ。

 私はドレスの裾を持ち上げ、丁寧に頭を下げた。


「デクロワゾー侯爵が長女、リナーリアでございます。以後お見知りおきを」

「デクロワゾー…ああ、あの辺境の新参貴族か。ふん」


 オットレは鼻で笑うと私の顔をジロジロと見た。

 やっぱこいつムカつく。でも顔に出すのは我慢だ。

 相手は11歳の子供、私はこいつよりも遥かに大人なのだから、寛大な心で接してやらなければならない。


「田舎者にしては見た目は悪くないな。ふーん、エスメラルドの奴、こういうのが好みなのか」


 は?殿下にそのような邪な考えがある訳ないだろうが、お前と一緒にするな…と言いたいのを必死でこらえる。

 寛大に、寛大に。


「あの、私に何かご用でしょうか?」

「別に、あのエスメラルドと仲良くなるなんて、どんな変な女か見に来ただけだ。…でも、そうだな。お前がどうしてもって言うなら、この僕がお茶に誘ってやってもいいぞ?」

「は?」

「は?って何だ、は?って」


 オットレがムッとした顔になる。しまった、つい口に出てしまった。

 こいつが一体何の目的で私を誘おうとしているのかは分からないが、ここで付いていくなどという選択肢はない。殿下がお待ちなのだ。

 ちゃんと角が立たないように断らなければ…と思った時、オットレの肩越しにこちらに向かってくる赤毛が見えた。



「リナーリア嬢!」

「スピネル…様?」

「来るのが遅いから、迎えに来たんだ」


 わざわざ迎えに?ときょとんとする私に、スピネルは大股で近付いて来る。

 そして、私の前に立つと小声でこそっと囁いた。


「俺が合図したら、少し下向いてあいつを上目遣いで見ろ」


 ……?何だそれ?

 疑問に思っている間に、スピネルはオットレに話しかけている。


「申し訳ありませんオットレ様、彼女はエスメラルド殿下と約束があるんです」

「知ってる。でもこいつだって、エスメラルドとカエルなんか見るより僕とお茶をしたがるに決まってる」

「かっ…」

「そういう訳にはいかない」


 勝手に決めるなと私は言いかけたが、スピネルがそれを遮った。


「彼女はとても律儀な人なんです、約束を破るなんてとんでもない。…見て下さい、こんなに困ってるじゃありませんか」


 スピネルは私を振り返りながら、オットレからは見えないように片目を瞑った。

 もしかして、これが合図か?

 何が何だかちっとも分からないが、とりあえず言われた通りに少し下を向き、上目遣いでオットレを見る。


 …すると、オットレは「うっ…」と目に見えて怯んだ。

 おおっ?


「…わ、分かった!なら今度でいい。じゃあな!」




 オットレは慌てたように踵を返して去っていった。

 その後姿が見えなくなった所で、スピネルが再び私を振り返る。


「リナーリア嬢、大丈夫…」

「…凄い!!今のどういう事ですか!?絶対もっと食い下がられると思ったのに、すぐ帰っていきました!!」


 オットレは結構しつこい性格なので絶対面倒な事になると思ったのに、こんなにあっさり解放されるとは。一体どんなからくりだろう?

 思わず目を輝かせた私に、スピネルが眉間に皺を寄せる。


「…お前、デクロワゾー夫人が人見知りとか言ってたのは嘘だったのかよ?」

「えっ?そ、そんな事ないですよ。よく知らない人と話をするのは、得意ではないです」


 慌てて首を振る。

 お母様を嘘つきにする訳にはいかないし、私が本来社交的な性格ではない事は本当だ。


「あっ、もしかしてそれで私を助けてくれたんですか?ありがとうございます!」

「別に礼を言われるまでもない。殿下の客人に嫌な思いをさせる訳にいかないからな」

「でも、本当に助かりました。ありがとうございます」


 やっぱりこいつ良い奴みたいだ。

 嬉しくなって繰り返しお礼を言うと、スピネルは何だか「しょうがないな」というように苦笑した。


「今度から誰かに絡まれて困った時は、さっきみたいに上目遣いで『すみません、急いでいますので…』とか言っておけ。結構何とかなると思うぞ」

「……?そうなんですか?」

「そうだ」


 何故それで何とかなるんだ。

 でも実際オットレは帰っていったしなあ…。


「分かりました、やってみます。感謝します、スピネル殿!」

「殿?」

「あっ」


 ま、また敬称を間違えてしまった。

 ちょっぴり睨まれた私はどうにか誤魔化せないかと考え、ハッと気が付き上目遣いにスピネルを見た。


「すみません、急いでいますので…」

「…教えた当人に向かってやる奴があるか!!」


 誤魔化せる訳がなく、私は結局素直に謝った。




 その後は殿下とスピネルと3人で、城の池でカエルを眺めたりして過ごした。

 来週にはもうデクロワゾー領に帰る予定なので、殿下に会えるのは今年はこれが最後だ。

 半年以上王都から離れる事になるのは少し不安だが、前世で殿下が殺されたのは20歳の時。今はまだ大丈夫だと信じるしかない。

 手がかりを掴むその時まで、決して気を抜かないようにしようと私は思った。

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