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第16話 視察

 翌朝、朝食を取ったあとデクロワゾー侯爵領の視察に出た。

 ゴトゴトと馬車に揺られながら窓の外を眺め、ラズライトお兄様があれこれと説明してくれるのを聞く。


「あちらの遠くに見える緑の塊がスペリーの森です。ほとんどが湿地帯になっていて、ミナミアカシアガエルなどの固有種も多く棲んでいます」

「む」


 思わず反応した殿下に、お兄様が優しく笑う。

 口の堅いこの兄にだけは、殿下の趣味を話してあるのだ。


「明日は湿地帯の近くにも行きますので、その時よろしければ御覧ください」

「そうか」



 時折、馬車から降りて様々なものを案内する。

 私は昨日の反省を踏まえ、余計な口を挟まずにほとんど付いて行くだけだ。たまに話を振られた時だけ、軽く補足したり話したりする。


「こちらの石碑は初代デクロワゾー侯爵フェナカイトが、大量発生した魔獣との戦いで多くの民を守った事を讃えるものです。一生に一度の大魔術だったとか…。フェナカイトは『我が家には守護神の加護があり、危機が起こった時には不思議な力を発揮する。先祖もそうして生き延びて来た』と言ったと伝わっています」


 我が家は代々強運の持ち主であるらしく、戦や魔獣討伐などの際に危機一髪で助かった先祖の逸話がいくつも残っている。

 私自身、前世で大型魔獣と遭遇した際に奇跡的に助かった事があったりする。


 まあそれを言うなら、一度死んだはずなのに何故かこうして人生をやり直してる事の方がよっぽど奇跡なんだが…。

 まさか本当に守護神の加護だったりするんだろうか?と思ったりするが、それで女になってるってどんな判断だ?とも思う。

 いくら考えても分からない。


「…ふむ。フェナカイトは偉大な魔術師だったのだな。一生に一度の大魔術か…きっと凄い戦いだったのだろう」


 殿下は興味深げに石碑を見つめた。

 その横顔を眺めながら、懐かしいな…と強く思う。

 前世でも毎年こうやって殿下と共に視察をして回ったのだ。殿下は池などを見つけると、カエルを探してそちらに行きたがるのでいつも困ったっけ。


 様々な物を一緒に見た。

 雪を冠った美しい山、不思議なほど青い池、風の強いオリーブの林。

 王都では見かけない珍しいカエルや、鮮やかな七色の翼を持つ鳥。

 はるか昔に建てられた荘厳な神殿に、技術の粋を集めて作られた噴水。


 年に一回のこの行事を、殿下も私もとても楽しみにしていた。

 今でも決して忘れない思い出だ。




 お昼は見晴らしの良い草原に敷物を広げ、屋敷から持ってきた軽食を取った。

 殿下は城や屋敷でいただく豪華な食事には慣れているので、あえてのピクニックスタイルだ。

 案の定殿下は、小ぶりなパンに切り込みを入れて作ったサンドイッチと、魔術で軽く温めたスープなどの食事を大変気に入ったらしい。


「こうして眺めのよい場所で食べる昼食というのも良いものだな。このサンドイッチもうまい」

「バッファローの肉を挟んだものですね。このあたりには多いので」

「ほう…普通の牛肉とはまた少し風味が違うんだな」


 両手に持って食べる殿下の様子をニコニコしながら見守っていると、急に背後からスピネルの声が聞こえた。


「お前は本当に殿下の好むものがよく分かってるな」

「…いきなり背後に回らないでください」

「ちょっと近くを見てきただけだよ」


 どうやらスピネルは騎士たちと共に、午後から行く道の安全を軽く確認してきたらしい。

 予めデクロワゾー侯爵家の方で近くの魔獣は討伐してあるし、昨日もしっかりとそれを確かめてある。

 当日の安全確認は本当に確認するだけの意味しかないので騎士たちに任せても問題ないのだが、意外と真面目なところがあるのだ。こいつは。


「お疲れさまです」と言ってサンドイッチを手渡すと、彼は大きな口を開けてそれにかぶりついた。


「ん、うまいな、これ。ちょっと癖があるけど、それがソースとよく合ってる」

「そうでしょう」


 故郷の料理を褒められれば私も悪い気はしない。思わず得意げになってしまう。


「本当にうまい。これ、王都でも食べられないか?」

「うーん…。輸送が難しいですね」

「魔術で何とかならないか?」


 スピネルはよっぽどバッファロー肉が気に入ったらしい。

 ふむ。エサ代がかかる上に気性の荒いバッファローそのものを運ぶより、一度さばいてから魔術で氷漬けにして肉だけ運べばいいか…?距離があるので、一定時間ごとに魔術をかけ直す必要があるが…。

 そんな事を考える私の横で、スピネルはさらに一つサンドイッチを手に取って食べていく。


「ちょっと、そんな急いで食べなくてもいいですよ。まだたくさん…あ」


 ちょうど最後の一つを殿下が取ったところだった。

 他の具のサンドイッチはまだ残っているが、バッファローのものはもうない。


「…殿下。そいつをよこせ」

「む…」


 ジト目になるスピネルに、殿下がたじろぐ。


「それもう3つも食べただろ。俺はまだ2つだ。不公平だ」

「……」


 残念そうな顔で殿下がサンドイッチを差し出す。

 それを受け取ると、スピネルは満足そうにかぶりついた。


「でも、向こうから来たのになんで殿下が食べた数が分かったんですか?見えてたんですか?」


 少し首を傾げる。サンドイッチを食べているのは見えても、どの具だったかまでは分からない気がするのだが。


「いや。適当にかまをかけただけだ」

「何!?」

「当たってたんだから同じことだろ!」

「全くもう…。こういう所は子供っぽいんですね、スピネル様は」


 思わず呆れると、スピネルはすまし顔で「殿下は俺が遠慮しない方が良いそうだからな」と答えた。

 殿下がちょっと口を尖らせる。


「食べ物は遠慮しろ」

「話が違うじゃねーか!」


 …本当に二人は仲が良い。

 元々従者というより友人として接する面が強かったように思うが、近頃ますます仲が良いようで正直羨ましい。

 もちろん私だって親しくしているのだが、気安さという点では少々差がある気がする。

 やっぱり私が女だからなのだろうか…いやいや、殿下と私の友情に性別など関係ない。きっと付き合いの長さの違いだ。


「…仕方ありませんね。そのうち王都にバッファロー肉を持っていきますので、今日のところは我慢して下さい」

「本当か!」


 二人が嬉しそうにこちらを見る。


「上手く行けば高級食材として販売を始めようかと思いまして。その時はお二人共、宣伝に協力してくださいね」

「お前ちゃっかりしてんなあ…」

「しっかりしてると言って下さい」


 そう言って、3人で笑い合った。

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