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プロローグ

「はっ、はっ、はっ…」


 ひんやりとした空気の満ちる夜の森を、息を切らしながら一人走る。

 月明かりは木々の隙間からわずかに差し込むだけ。暗視の魔術を使ってなお、視界は悪い。

 せり出した枝や生い茂る草に手足を打たれ、あちこちに擦り傷を作りながらも、ただ必死で足を動かす。


 …どうして。何故、こんな事になったのか。

 苦しい息の中、ただそれだけを繰り返し思う。


 血を吐き、床に倒れ伏した主。王太子エスメラルド。

 王になるべくして生まれた方だ。いつでも優しく、曲がったことが嫌いで、意志が強い。

 幼い頃から仕え、共に育ってきた。私の自慢の主。


 この方に我が命を、忠誠を捧げ、共に国のために尽くす。

 そんな生涯を送ることを夢に描いて生きてきた。

 それなのに。


「あっ…!」


 突然がくんとつんのめり、大きく体勢を崩す。地面に投げ出されかけたが、何とか手をついて転倒するのを避けた。

 おおかた、草葉の陰に木の根でも張り出していて躓いたのだろう。「くそっ!」と悪態をつきながら立ち上がる。


 ずれてしまった眼鏡の位置を直すと、手首のあたりに鈍い痛みがあるのが分かった。

 手をついた時に痛めたのかもしれないが、構っている暇はない。痛めたのが足でなくて良かったと思いながら、再び走り出す。

 絶対に逃がすわけにはいかない。早く彼女に追いつき、捕らえなければ。



 …その時、前方の茂みががさりと大きな音を立てた。

 反射的に足を止める。


「…あら、貴方だけなのね。他の騎士は皆、罠にかかったのかしら」

「…フロライア…!!」


 名前を呼ばれた蜂蜜色の髪の女は、口元に妖艶な笑みを浮かべてみせた。

 いつも美しいドレスに包まれていたその肢体は、今は地味な色の旅装に包まれている。今回の事が予め練られた計画だった証だろう。


「…何故ですか。どうして、殿下を殺した!貴女はあの方の婚約者です。それなのに、なぜ…!!」

「あら?一体何のことかしら?」

「とぼけるなっ!!私は殿下の最期の言葉を聞いた!!あのワインを差し出したのは、貴女だったと!!」


 彼女は少しの間沈黙し、そして口を開いた。


「…そうね。私が飲ませたの。でも、仕方なかったのよ」

「なんだと…!?」


 激昂して腰の剣に手を伸ばしかけ、すんでのところで思いとどまる。


「あら?私を斬らなくていいの?」


 ことりと首を傾げてみせる女にもう一度怒りがこみ上げるが、その挑発には乗らない。


「…貴女には訊かなければならない事が山ほどあります。動機。毒の入手先。そして、暗殺を命じた者は誰か」

「私が一人でやったとは思わないの?」

「こんな事が一人でできるものか。…もういい。貴女を捕らえ、城に連行します」


 会話を打ち切り、捕縛のための魔術を編みかけた時、彼女が再び笑った。


「残念。そうは行かないの。だって、天秤は殿下の元にはなかったんだから」

「…天秤?」


 思わず眉をひそめる。一体何の話だ。


「でも計画に変更はないわ。また、次の手を打つだけ…」


 まるで闇を覗いたかのようなうつろな笑顔。

 その瞬間、背筋がぞわりと粟立つのを感じた。

 とっさに後ろを振り向く。


 大きく振りかぶられた白刃が、月明かりを反射してきらめいてた。

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