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第14話 先は見えなくとも(前)

 軽くお茶をした後、晩餐まで時間があるので3人で庭を散歩する事になった。


「何だ、王都のデクロワゾー邸とは違って普通の庭なんだな」

「それはそうですよ…」

「あっちにあるのは何だ?」

「向こうは魔術の練習場です。私も兄も、幼い頃からあそこで魔術の練習をしてきました。見てみますか?」

「ああ」




 裏庭に作られた練習場には大人の背丈ほどある魔術用の的がいくつか立てられていて、周囲に結界を張るための魔法陣が描かれている。

 予めこの結界を発動させておけば、よほど高威力の魔術でない限り外には影響を及ぼさないので、中では魔術を使い放題だ。

 使い込まれて傷だらけの的をスピネルが覗き込む。


「なるほど。お前はいつもここで魔術をぶっ放してる訳だな?」

「そんな事しませんよ!私は的はあまり使わず、精神集中や魔術構成を素早く編む訓練…イメージトレーニングばかりしてますね。別に屋敷の中でもできるんですが、ここの方が落ち着くので」


「つまり、実際に魔術を使わずに練習しているという事か?」

「ええ。私は支援や防御の魔術が得意なので、術を使った所で実戦に近い形式じゃないとあまり訓練にならないんですよ」


 私はそう説明したが、殿下もスピネルもぴんと来ていないようだ。

 二人共剣士だからよく分からないのだろうか。


「…お二人は支援系の魔術師と組んで戦ったことは?」

「ないな。まだ魔術師との連携訓練はあまりしていないし」

「なるほど。では、ちょっとやって見せましょうか。スピネル様、剣でそこの的に打ちかかってみてください。私がそれを防御します」


 そう言いながら、魔術で手のひらに乗るほどの大きさの水球をいくつか生み出して浮かべる。

 スピネルは腰の剣を抜くと、的の前に進んだ。


「…いくぞ?」

「どうぞ」


 ひゅん、と風を切った剣が的へと打ち下ろされる。

 しかしそれは、途中で小さな水の盾によって防がれた。

 私が魔術で素早く水球を動かし、盾へと変えて防いだのだ。


「おお?」

「もっとたくさん攻撃してもいいですよ」

「よし」


 素早く連続で繰り出される攻撃を、すべて水球を動かして防ぐ。




「…大したものだな」


 ややあって、殿下が感心した様子で言った。

 私は「ありがとうございます」と答えようとし、それを横から阻まれた。


「やるなあ!すげーじゃねーかお前!」


 駆け寄ってきたスピネルだ。

 興奮した様子で私の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。


「ちょっ、やめて下さいよ!だから魔術は得意だって言ったじゃないですか!」

「いや、ここまでやるとは思ってなかった。お前すごかったんだな」

「水の防御魔術の一つですよ。今は1対1、しかも動かない的を守っていたので簡単でしたが、本来は多数の敵を相手に戦場で動き回る騎士が対象になるので、高い集中力と繊細な操作が必要になります」


 乱れた髪を整えながら答える。

 この精密な動きは、液体である水を使った魔術ならではだ。細かく変形させながら飛ばす事で、騎士の動きを妨げずに防御ができる。

 炎や風のように大きく敵を吹き飛ばしたり、土のように堅牢な壁を作るのにはあまり向いていないが、代わりにこのような小回りが利くのが水魔術の特徴なのである。


 しかも人間の敵である魔獣は、海から湧いてくるくせになぜか水が苦手だ。川や湖などの水場には近付きたがらないという習性があり、水が身体にかかることも嫌がる。

 海の水はとても塩辛いと聞くので、きっと海水は水のように見えて全く違うものなのだろう。

 水には水霊神の加護が宿っているからとも言われているが、とにかく水の魔術は魔獣に対して有効な防御手段なのだ。


「…見た目は地味ですけど、組んで戦った時の戦いやすさでは水魔術が一番だと思っております」


 えっへん、と胸を反らす私。

 …おいスピネル、お前今胸元を見て一瞬哀れんだような顔をしただろう。ちゃんと見ていたからな。


「確かに、これは一人じゃ練習できそうにないな。しかも多数の敵が想定なら、実戦が一番手っ取り早いか」

「はい。たまに我が家の騎士や魔術師の訓練に加えてもらったりもしますが、いつもという訳にはいきませんし」

「それでイメージトレーニングか。君は努力家なんだな」


 私は小さく微笑んだ。


「いつ、何が起こるか分かりませんから」



 …これは前世で私が、殿下を守るために練習した魔術だ。

 たくさん修業をして、研鑽を積んで、だけど結局何の役にも立たなかった。


 ふいに胸を掻きむしりたくなるほどの焦燥に駆られる。

 今もこうして努力を続けているけれど、こんなものに本当に意味があるのか。ただ無駄な時間を過ごしているだけではないのか。

 私に一体何が出来るのか。どうすれば殿下を救えるのか。



「…そろそろお庭に戻って、散歩の続きにしましょうか」


 なるべく明るくそう言い、二人に背を向けて歩き出す。


 灼け付くような胸の痛みは、時折こうして襲ってくる。

 どれほど楽しくとも、平和に見えても、あの日の事を忘れてはいけないのだとそう教えてくれる。

 絶望を、怒りを、決して忘れてはいけないと。


 暗闇の中を手探りで進むもどかしさと恐怖。

 それでも歩みを止める事などできない。目的を果たすまでは、絶対に。


 何となく後ろから視線を感じたが、気付かないふりをした。

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