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第11話 無口な令嬢(後)※

 スピネルは近くの侍女を呼ぶと、新たなお茶を淹れてもらった。

 僅かな間その香りを楽しみ、一口飲んでから、カップを置き人差し指を立てる。


「リナーリア。お前がなるべきなのは『無口で控えめなご令嬢』だ」

「無口…?」


 会話方法を訊いているのに、無口とはどういう事か。

 疑問に思う私に、スピネルは横の殿下を視線で示す。


「殿下を見てみろ。さっきから大して喋ってないが、お茶会ではもっとひどいぞ。おかげですっかり無口王子で通ってるが許されている」

「それは殿下だから許されるのでは?あと、多分スピネル様のフォローのおかげですよね?」

「二人共さりげなく酷い事を言っていないか」

「それもあるが、殿下はそういう方だってもう皆が知っているからな」


 殿下の抗議は黙殺された。すみません殿下…。


「俺はお前もその方向で行けると思う。お前は貴族の間では引っ込み思案で人見知りなご令嬢ってことになってるからな」

「えっ、そうなんですか!?」


 全然知らなかった。

 確かにそういう性格だが、なるべく頑張って表に出さず、誰に対してもしっかり応対していたつもりなのに。

 お母様にだって、私が人見知りだと人にはあまり言わないでくれと頼んでおいたのに。

 やっぱりお茶会で失敗ばかりしたからそう思われたのかなあ…。

 ちょっとしょんぼりした私に、スピネルは咳払いをした。


「あー…とにかくまあ、その噂を利用すればいい訳だ。幸い、お前は見た目だけはいかにもそれっぽく大人しそうだからな。隅で目立たないようにして、微笑みながら話を聞いてれば大体なんとかなる」

「そ…それだと確かに問題は起きないかも知れませんが、仲良くなる事もできないのでは…?」


「いっぺんに何でもやろうとするな。そこらはおいおいやって行けばいいんだ。まずは周囲の話を聞く事から始めて、少しずつ雰囲気に慣れていけばいい」


 確かに一理ある。うーん、やはり慣れるしかないのだろうか…。

 眉を寄せて唸る私に、スピネルが指をもう一本立てた。



「それから、もう一つ重要なことを教えてやる。…いいか、女と仲良くなる時に一番大切なのは『共感』だ」

「共感?」

「そうだ。例えばここに、ひどく落ち込んでいる女性がいるとする。どうやら彼女は、昨日大切な友達と喧嘩をしたばかりらしい。お前は、なんて声をかける?」


「…大変ですね、良かったら一緒に謝りましょうか、とか?」

「それは残念ながら悪手だな。俺なら『可哀想に。大切な友人と喧嘩をして、とても傷ついたことだろう。その気持ちはよく分かる。俺で良ければ、詳しく話を聞こう』…とまあ、こんなとこだな」

「むむ…。なぜ私のはだめなんでしょうか?」


 解決方法を示しただけなのに…と思う私に、スピネルが言葉を続ける。


「謝って仲直りすりゃ済む話だってのは誰にだって分かる。それなのにわざわざ他人に話すのは、ただ話を聞いて欲しいって事なんだよ。つまり…」

「…ああ、そこで共感な訳ですね。求めているのは解決してくれる相手ではなく、話を聞いて自分の気持ちを分かってくれる相手だと」


「そういう事だ。だいたい友人同士の(いさか)いなんて首を突っ込むとろくな事にならないしな。よほどの事情なら手を貸しても良いだろうが、大抵はただ愚痴を聞いてやるだけで十分だ」


 スピネルはたくさん喋って喉が渇くのか、またお茶を飲む。


「…そうやって上手く共感してやりながら話を聞いていれば、相手は『この人は私の事を分かってくれる人だ』って印象を持ってくれる。女と仲良くなるにはこれがとても大事なんだ。逆に、自分を理解してくれない相手に対しては冷たい。どれだけアホらしい話だと思っても絶対に顔に出すな。決して否定しないで、辛抱強く話を聞き続けるのがコツだ」



「ははあ…なるほどぉ…」


 私はとても感心した。

 確かに、相手の話に共感して取り入るのは社交術の初歩だ。私は相手がご令嬢だからと、難しく考えすぎていたのかも知れない。

 殿下も同じく感心したらしく、大きくうなずいている。


「スピネルはすごいな。どうりで令嬢たちから人気があるわけだ」

「まあ二番めの兄貴からの受け売りなんだけどな」

「ああ、あの近衛騎士のお兄様ですね」


 スピネルの兄の一人は近衛騎士団に所属していて、私も城で何度か会った事がある。

 人当たりが良く、どことなく色気のある整った顔立ちがいかにもモテそうな印象の男だ。


「そうだ、この共感のテクニックは男にも有効だぞ。男も自分の話に共感してくれる女には弱いからな」


 スピネルがそう付け足した。

 確かにそれは私にも心当たりがある。

「分かりますわ、その気持ち」とか言われるとついうっかり気を許して、あまり話すべきじゃない事まで話してしまったりしたな…。ちょっと苦い思い出だ。



 まあそれは置いておいて、スピネルのおかげでお茶会での会話への対処方法が分かった。

 上手く実践できるかどうは分からないが、そこは努力してなんとかしていくしかないだろう。

 なんだか先行きが明るくなった気がして、私は嬉しくなってしまった。

 思わず身を乗り出し、スピネルの手を両手で握りしめる。


「ありがとうございます!スピネル様のおかげで何とかなりそうな気がしてきました…!」


 笑顔で精一杯の感謝の意を伝えたのだが、しかしスピネルはなぜか固まってしまった。


挿絵(By みてみん)


「……?」


 どうしたのかと首をかしげる私に、殿下が言う。


「リナーリア。手」

「あ…!す、すみません、はしたなかったですね」


 慌ててぱっと手を離す。感激のあまり勢いで手を握ってしまったが、まずかったらしい。

 また怒られるかな?と思ったけど、スピネルはむしろ呆れているらしく片手で顔を覆って俯いている。


「…お前…。…さっきのやっぱ無しだ。共感するやつ、男には使うな」

「ええ?何でですか?」


 間違いなく使えるテクニックだと思うのだが。

 情報を集めるためには男の知り合いだっていた方がいいし。


「いいからやめとけ。絶対事故が起こる」

「なんですか事故って」

「俺もやめた方がいいと思う」


 殿下にまで言われてしまった。

 なんだか納得いかないが、私はしぶしぶうなずくしかなかった。

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