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第10話 無口な令嬢(前)

「スピネル様!お願いします、ご令嬢方と上手く会話する方法を教えて下さい…!」

「……は?」


 城の薔薇園近くの庭、ガーデンパラソルの下。

 ガバっと頭を下げた私に、お茶を飲んでいたスピネルは間抜けな声を出し、エスメラルド殿下はちょっと目を丸くした。



 私はお茶会というやつが苦手である。特に、ご令嬢達とのお茶会が苦手である。

 これは前世からだ。何しろ元々あまり社交的な質ではない。

 そして、王子の従者というのは女性から大変に人気がある。平たく言えばモテる。

 将来高官の地位が約束されている若い男。どう見てもお買い得な物件だ。しかも上手くすれば王子や王家ともお近付きになれる。


 なので私は、お茶会でも学院でも非常に女性から話しかけられやすかった。

 従者リナライトが目当てなのか、王子が目当てなのか、はたまた両方か。上目遣いでしきりに擦り寄り媚を売ってくるご令嬢のなんと多いことか。

 しかしその目は獲物を狙う鷹のごとく、である。


 他のご令息からの嫉妬とやっかみの視線もなかなかに辛い。

 さらに大抵の場合同席している(むしろ私の方が同席させられている立場なんだが)殿下は無口であまり喋らない。必然私が応対する事が多くなる。とても胃が痛い。

 ゆえに、私はお茶会というやつが苦手なのである。



 貴族の子供は12歳頃から、親の同伴なしでもお茶会や昼間催されるパーティーに出席できるようになる。もちろん、自分で開く事だって許される。

 今世の私リナーリアも12歳になった事で、ご令嬢方からのお茶会への誘いがずいぶん来るようになった。

 殿下と親しいという噂はもうすっかり広まったようなので、そのせいもあるのかな?と思うのだが、なぜかご令息の家からはあまり来ない。何故だろう。


 だが別に構わない、重要なのはご令嬢の方なのだ。

 貴族の同性同士の付き合いというものは非常に重要である。

 うっかり(おろそ)かにしていると、爪弾きに遭い学院生活から結婚から就職からとんでもなく苦労する羽目になる。親兄弟にまで迷惑が掛かる事も珍しくない。お兄様の結婚に支障が出たら困る。


 何より、私にはあの女(フロライア)の動向や正体について探るという大切な目的がある。

 ご令嬢方の持つ情報網が絶対に必要だ。


 だから意気込んでいくつかのお茶会に参加してみたのだが、想像以上に辛かった。

 ほとんどはごく普通にお花だの憧れの異性だの貴族間の噂だのについて和やかに話すのだが、時折挟まれる自慢話や探り合いや嫉妬や牽制は聞いているだけで精神を削る。話を振られでもしたら尚更だ。


 男同士での腹の探り合いには前世で慣れていたが、女同士のそれはまた違ったいやらしさがあった。とても辛い。

 あと、殿下やスピネルについて根掘り葉掘り訊かれるのも非常に困る。あまり何でも話せるものではないし。

 …そんな訳で、冒頭に戻る。



「…実は、お茶会でご令嬢方と上手く話す事ができないのです。私、女性らしい社交会話というものが苦手でして…」

「あー…。だろうな…」

「分かる、俺もだ」


 納得したような顔のスピネルに対し、殿下はうんうんとうなずいてくれる。ちょっと嬉しい。


「私には身近に同年代の少女があまりいないのです。使用人のコーネルとは仲良くしていますが、彼女は無口な方なので普段あまり多く話しません。だから、お茶会に行っても…」

「何を話せばいいのか分からない、か?」

「はい…。植物についての知識はありますので、ご令嬢の好きなお花の話などもしてみたんですが。私の話はどうも専門的というか理屈っぽいらしく…」


 土壌だの発芽方法だのについて話してもご令嬢方には全く受けなかった。難しいお話をされるんですのね、とむしろ嫌そうな顔をされた。

 前世ではそれなりに聞いてもらえたのだが、あれは右から左に流してただけなんだろうな…。薄々気付いてはいたけど…。


「確かにな。俺もお前の話は聞いてて半分もわからん事がよくある」

「俺はリナーリアの話は面白いと思うが」

「それは殿下だけだ」


 そうなんです…殿下のお気持ちは大変ありがたいのですが、それではダメなんです…。



「しかし、何だって俺にそんな事訊くんだ?他にいるだろ」

「もちろん私も、最初はお母様に相談したんです。そうしたら『もっと普通の女の子が好きそうなお話をしなきゃだめよ』と言われたので、ご令嬢が好きそうなお茶やお菓子とか、他愛のない噂話などについても頭に詰め込んでみたんですが…」

「…引かれた訳だな」

「はい…」


 お菓子の原材料やお茶の発酵方法についての説明はやっぱりあまり受けなかった。

 噂話が最も食いつきが良かったが、あまりその手の話ばかりして下品だと思われるのも困る。どの程度のバランスで話せばいいのか分からない。


「前に教えてもらった、絡まれた時に逃げる方法はとても役に立ってます。スピネル様は私にはない知識を持っています。それに、お城でもよくご令嬢方と楽しそうにお話をされてますよね?猫を被るのもとても上手です。ぜひ、私にその極意を伝授していただきたいのです」


 そう、スピネルはよく女性から声をかけられている。同年代の少女だけじゃなく、年上の女性からもだ。よく分からないがきゃあきゃあと騒がれているのも見かける。

 これは単に顔が良いからだけではないだろう。愛想が良く、弁が立つからモテているのだ。

 こいつは殿下や私以外の貴族に対しては、それはもう爽やかな笑顔で丁寧に接している。


「猫を被るってお前なあ…。俺だって色々苦労してんだぞ」


 気軽に言うなよ、とスピネルが顔をしかめる。

 知っている。王子の従者が周囲からどのように見られ、どのような対応を求められるか、その難しさはよく知っている。

 だが非常に悔しい事に、その面においては彼は私よりよほど上手くやっているように見える。

 あのちょっとムカつく爽やか笑顔も、彼が処世術として身に着けたものに違いないのだ。


 だから私は、自分の思いを素直に打ち明ける事にした。


「わかっています。…あ、いや、全部がわかるわけではないですが…。その苦労をあまり表に出さないスピネル様は、とても凄いと思います。…だからこそ、貴方に相談しようと思ったのです」

「……」


 いきなりストレートに褒められ、面食らったらしい。

 スピネルは黙り込むとふいっと横を向いてしまった。


「スピネルは照れているんだ」

「殿下!!そういう事は言わなくていい!!…ああもう、分かった。俺でいいなら、ちょっとはアドバイスしてやる」


 がしがしと頭をかきながらそう言う。


「ありがとうございます!!」


 こいつ意外とおだてに弱いらしい。覚えておこう。

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