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挿話・2 手紙

 最近、スピネルの主である第一王子エスメラルドには一人の友人ができた。

 初めて会ったのはつい数ヶ月前、まだ数回しか会っていないが、なんだかあっという間に親しくなった。

 こんな事は初めてなので、スピネルは少し驚いている。


 王子はかなり無口な質で、しかも感情が表に出にくい。

 何を考えているのか分からないともっぱらの評判で、おかげで10歳になってもまだ「親しい友人」と言える存在がスピネル以外にいなかった。

 だが、あの少女は王子のそんな性質をまるで気にしていないらしい。



 その少女…デクロワゾー侯爵家の令嬢リナーリアは、見た目は儚げでまるで人形のように整った顔をしているのに、中身ときたらとても風変わりでちぐはぐだ。


 くるくると変わるその表情は年相応に子供っぽいのに、その知識は広く植物や生き物にとても詳しい。

 普段は丁寧なのに、時折男のような言葉遣いが飛び出す。

 魔術師の家系の令嬢で才能もありそうなのに、剣術をたしなんでいるというのも謎だ。

 初対面では王子の顔を見ただけで大声で泣き出したのに、城での他の大人たちへの振る舞いはたいそう礼儀正しく、落ち着いた物腰のご令嬢だと評判である。


 おかげで貴族の間で彼女は「初めて王子に会った時、感激のあまり思わずぽろりと涙をこぼした純真な令嬢」という事になっているらしい。

 実際にはぽろりどころかバケツで汲み取れそうなくらいだったのだが。



 何よりも変わっているのは、王子と同じでカエル好きであるという点だ。

 本人は「領の固有種に興味がある」と言っていたが、それ以外のカエルについても造詣が深いのは王子との会話を聞いていれば伝わってくる。

 スピネルは大して興味がないので会話の内容はさっぱり分からないが。


 正直、初めは王子に取り入るためにカエル好きの振りをしているのではないか?とも疑った。

 王子は表向き「自然や生き物が好き」という事になっていて、カエル好きはあまり周知されていないが、調べようと思えば調べられる事だろう。


 スピネルの知る限り貴族の女性とは、蜘蛛を見かければ悲鳴をあげ、ミミズが横切れば青ざめてよろめいてしまう、そんな生き物だ。カエルが好きなどありえない。

 しかし実際彼女と共に庭を歩いてみれば、虫もカエルも平気な顔で、王子にも負けずあれこれと薀蓄を垂れている。一朝一夕にできることではない。


 …そんな訳で、スピネルは彼女についてこう結論を出した。

 ものすごく変な令嬢。


 だが、どれほど変わっていても彼女自身は善良な少女のようだ。根が素直で、真面目な様子が見て取れる。王子に媚びたり、おかしな色目を使ったりもしない。

 むしろ意識してなさすぎる気もするが、彼女はまだ10歳なので異性を意識していなくても別に不思議ではない。

 侯爵令嬢としてはどうかと思うが、王子にとってもその方が付き合いやすいのだろう。



 その王子殿下は、自室の机に向かってじっと何かを読んでいた。手元を覗くと、淡い青色に染められた便箋が目に入る。

 彼女が領から送ってきたものだろう。


「それがリナーリア嬢からの手紙か。俺にも読ませろよ」


 二人だけの時はスピネルは王子に対してあまり敬語を使わない。

 従者とは言え友人でもあるのだから、その方が良いだろうと思ったのだ。単純に面倒くさいのもあるが。

 手紙に手を伸ばそうとしたスピネルを、王子はやや慌てながら「断る」と遮った。

 その珍しい反応に、スピネルは面白がるような表情になる。


「いいだろ、減るもんじゃないし」

「嫌だ」


 王子はまだ子供なので、手紙は一旦教育係の者が目を通してから渡しているはずだ。

 もう一人見る人間が増えた所でどうという事はないだろうと思ったのだが、王子はそうは思っていないらしい。


 さらに覗き込もうとするスピネルが鬱陶しかったのだろう、王子は「こっちならいい」と言って一番下の紙を差し出した。

 スケッチブックを破いたとおぼしきその紙には、カエルについて説明している短い文章と、謎の歪んだ物体が描かれている。


「なんだこりゃ。潰れたパンか?」

「違う。丸まったカエルだ」

「…これが?」


 どう見てもカエルには見えない。潰れたパンだ。

 添えられた文字はいかにも几帳面そうに整っているので、余計にギャップがすごい。


「可愛いだろ」

「いやいやいや。わからん。絵が下手すぎるだろう」

「そうだな。でも可愛い」

「……」


 自分にはお世辞にも可愛い絵だとは思えないが、カエル好きには分かる何かがあるのか。それとも。

 思いきり呆れ顔になったスピネルに、王子は少し不満げにする。


「リナーリアの事が気になるなら、お前も手紙を書けばいいだろう。一緒に同封すればいい」

「はあ?何で俺が」

「違うのか?」


 翠の瞳にじっと見つめられ、スピネルは降参とばかりに肩をすくめた。


「…俺が気にしてんのは、あいつが殿下のお妃候補になるかどうかだ。ようやくそれっぽいのが出てきたんだから、そりゃ気にするだろ」

「そんなの、考えるにはまだ早い」

「まあな。…なんだ、怒ってるのか?」

「別に怒っていない」


 そう言いつつ、王子はどこか不機嫌そうに見える。

 やっぱり珍しいなと思いながら、スピネルは机の上に潰れたパンの絵を戻した。


「俺は手紙はいいよ。どうせ、春になったらまた会える」

「…そうだな」


 王子は少し表情を緩めると、また薄青の便箋に目を落とした。もう気にしていないらしい。

 スピネルは小さく手を振り、「また後で」と言って王子の部屋から出ていった。

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