指輪
みぃんみぃんと、高い空に蝉の声が響き渡る。ジリジリと照りつける日差しが、手を繋ぐ私たちの背を焦がしてゆく。
着慣れない服で立つ私の周りには、私たちみたいなカップルや親子連れがひしめきあって居て、そのほとんど全てが、同じ方角の空を仰いでいる。
似たり寄ったりの浴衣に身を包んだ群衆は、やっぱり似たり寄ったりな表情で、似たり寄ったりな話をしながら、極大の芸術に魅せられている。まあ、かく言う私もそのうちの一人だ。
駅からほど近い川沿いの広場に、屋台が所狭しと並び、その隙間をこれでもかと人が埋め尽くしている。その全てを極彩色に照らす花火が、また一つ、大きな産声とともに咲く。
上を向いた人々の歓声の合間に、隣から声が聞こえた。
「花火、綺麗だね」
頭上から降ってきた彼の声に、私の頬が緩む。
私より頭ひとつ分背の高い彼は、群衆の波で逸れないよう、大きな掌で私の手をぎゅっと握っている。暑さで滲んだ手汗が気になって指に意識が集中すると、ふと、硬い感触を認めた。
「うん、綺麗だね」
薬指の根本に在るそれは、先週のデートの時に手渡された指輪だ。一週間のうちに馴染んできたその感触を確かめるように、彼の手を握り返した。
ーーーーー
私の夏が終わった。
22時。傘を差して駅前を歩く彼の隣には、知らない女の人がいた。
それだけでさえ私の心を串刺しにすると謂うのに、なぜ私は見てしまったのか。
二人の手には、銀色に光る指輪が–––私の右手にはまっているものと同じ指輪が煌めいていた。
『おそろいで買ったんだ』
だなんて、何人に同じ台詞を吐いたのだろうか。
「気持ち悪い」
途端に、薬指に嵌まった指輪がずしりと重くなって、私は夜の雨の中を駆け出した。
「ああああああああああああっっ」
擦れ違う人混みの中で、自分の惨めさに耐えきれずに叫んで、余計に惨めになった。嫌悪感でどうにかなりそうだったから、指輪は走りながら投げ捨てた。どこかの汚い溝にでも落ちて仕舞えばいい。
激しく身を打つ雨の中を、走って、走って、ずぶ濡れのまま家に転がり込んで、そのまま玄関で泣いた。泣いて、泣いて、気持ち悪くて少し吐いて、また泣いて、気づいたら時計の針は午前3時を回っていた。
部屋の中に残る彼の残り香を少しでも消したくて、夜中だというのに構わず彼の痕跡をゴミ袋に詰め込んだ。
彼の衣服を捨てて、彼の歯ブラシを捨てて、彼からのプレゼントを捨てて、彼との写真を消して、あの日の浴衣は–––おばあちゃんの形見だったから、捨てずに押入れの奥底に押し込んだ。いっぱいになったゴミ袋を見て少し泣いて、部屋を出て、全部まとめてごみステーションに投げ入れた。
自分の部屋に戻ったとき、あまりにも広くなった部屋を見てまた泣いて、ふと、ぐしぐしと涙を拭った手に目をとめた。
夏の日差しを浴びて浅黒くなった指にはまだ、白い日焼け跡の指輪が、くっきりと残っていた。
それを見て、また1時間ぐらい泣いた。
2023/7




