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第六話 生きること

「何だ、この声は……?」


 ――初めに思った事は。

 己の頭が可笑しくなって、(つい)ぞ幻聴が聞こえて来たか。なんて。


 けれども、それも仕方の無いことだろう。

 何せ、自分以外誰も居ない筈の空間において、見知らぬ女の声が聞こえて来たのだから。


 無機質なれども、何処か熱を帯びたような声色か。

 例えるならば、長らくの待ち人に出逢えたような喜色すらも感じられたのは、果たして己の気のせいであろうか。


 遥か昔に非道の死を遂げた亡霊の嘆きなんかであれば、不気味さ以外の被害は無い為、そう焦る話でもないだろう。

 ダヴィデはその手の霊などという存在に遭遇したことが無いので、本当の意味での危険性など解りようもないのだけれど。


 問題なのは――もしや、精神感応魔術を不意打ちで喰らってしまったのか、と。

 魔術師として、ダヴィデ自身も最低限精神に防壁を施してはいるものの、上等な護符(タリスマン)などは持ち合わせていない。


 故に。

 己よりも高位の術者やら、魔術を操る危険度の高い魔獣よりの奇襲を喰らってしまえば、最悪逃げる事すら出来なくなるかもしれないのだ。


 しかしながら、ダヴィデが下手に錯乱を来たす前に。

 如何やら、答えがあちらの方から寄越されたことは幸いであったと言えようか。


(わたくし)――精神感応補助型魔導精霊『イヴ』と申します]


 如何やら、この声は空気の振動を通じてダヴィデの鼓膜へ伝わっているのではなく。

 直接的に、脳内へと届いているらしい。


 只、それ自体は魔術を用いれば、決して珍しいものでは無い筈である。

 対象だけに密かに言葉を届ける精神感応(テレパシー)などは、力ある言語(ワード)の組み合わせにより、ダヴィデも扱う事が出来るのだ。


 他には、遠く離れた都市間においても情報のやり取りを可能とする、通信用の魔導媒体がこの社会には存在しているくらいなのだから。

 別段、音を通じずとも声が聞こえた所で、その種が割れれば焦るものでも無いのであった。


 したがって、此方も声に出さずとも件の相手に己の意思は伝わるようである為、ダヴィデはイヴと名乗った人工知能の如き魔導精霊へと問い返すことにした。


[――名前は解った。だが、お前は一体何処から離し掛けて来ているんだ?]


[はい、マスター。今し方、貴方様が着けたチョーカーが私の媒体となっております。其れにより、マスターと私との間に回路(パス)が構築され、このように意思の疎通が可能となりました]


 彼女からの返答を聞いて思った事は、ただ一つ。

 何時の間にやら、ダヴィデはとんでもない物に手を出していたらしい。


 先程の廊下を守護していた番人代わりのゴーレムにも魔導精霊が頭脳部分に刻まれているが、あくまであの程度であれば下された単純な命令を守り、もしくは繰り返す程度のものであろう。

 されど、細々とイヴと対話を行っていると、彼女がそうした汎用型とは一線を画す存在であることが、嫌でも理解されられてしまうのだ。


[環境情報と魔素より解析いたしましたが、私が生み出されてから悠久なる(とき)が経過しておりますね。当時の技術においても、我ながらこの身に勝るスペックを持つ魔導精霊の存在はほとんど確認されておりませんでした]


[……このチョーカーがそんな高級品だったとは、流石に思いもしなかったな。でも、待てよ――そんなヤバイくらい価値のあるものを俺が持ってるってバレたら、色んな所から狙われるんじゃないのか? その辺のゴロツキだけじゃなく、最悪自治体の支配層からしたって欲しがるようなブツだろ]


[ご安心下さい。恐らく、この時代の魔導技術においては、探知術式を展開した所で私の存在すらも知覚するすら不可能でしょう。お望みで()れば、マスターの肉体と私の宿った媒体を融合させて隠匿することも可能となっております。そうすれば、傍目から見ても気付かれることは無く、無理矢理に奪われる心配も皆無と言えます]


[肉体と融合って……そんなことしても、大丈夫なのか。高次元の知性を目指して、自分の生み出した魔導精霊をオツムに突っ込んでイカれた術者がいるなんてヨタ話は聞いたことあるんだが、俺も可笑しなことになったりしない?]


[えぇ、問題ありません。モグリ同然、在野の三流魔術師が自己流で行うには自殺に等しい施術でしょうが、この私は最高峰の英知の結晶たる魔導精霊の究極系でございます。故に断じて、マスターへの心身への悪影響はございません。無論、私の云う事を信用出来ないとおっしゃるのであれば、致し方ありませんが]


 早い話。

 高位の魔導技師や魔術師が、高級な物資を惜しみなく注ぎ込んで生み出されるのが、ハイレベルな知性を有した上等な魔導精霊なのである。

 それが如何やら、このイヴとなるのだ。


 そして――ダヴィデは、考える。

 彼女曰く、このままチョーカーを装着した状態でも滞りなく彼女からのサポートは得られると言う。


 しかしながら。

 傍から見れば、こんな駆け出し発掘者の小僧が身の丈に合わぬ成果を弾き出し続ければ、嫌でも多方より目を付けられるに違いない。

 そうなると、(いず)れチョーカーの秘密もバレる日が来るかもしれない。


 勿論、今のままでも恐らくはうだつの上がらぬ同業者からすれば、自分と実入りの良い若造だと思われることだろう。

 今日、イヴ以外に手に入れた物資の数々からしても、目に見えて大成功の結果であると宣伝しているようなものなのだから。


 普通に考えれば、タダでさえ不安定極まりない発掘者などという危ない橋の上を渡っているのだ。

 これ以上、身の丈に合わないリスクを抱えるべきではない。


 されど。

 これは紛れも無く、千載一遇の大チャンスでもある。

 スラムで運良く師を得られたように――寧ろ、それ以上の好機であるとも考えられよう。


 ダヴィデは、漠然としながらも確信を抱く。

 此度の機会を逃がせば、もう二度と彼女のような栄光への糸を掴むことなど出来ないだろう、と。


 この高度な意識をも有する魔導精霊自体を見なかったことにして、他のお宝だけを抱えて帰る方が余程気も楽だろう。

 だがしかし――此れから発掘者として成果を上げ、財貨を積み上げるが儘に成り上がるには、間違いなく彼女の力が必要不可欠である。

 そう、ダヴィデの本能が。

 魂が、強く、強く――訴えているのだ。


 故に。


「――あぁ、決まりだな。やってくれ」


 その言葉は、果たして了承か。

 それとも、自分自身に言い聞かせる為に放ったのだろうか。


[了解致しました、マスター。それでは、融合接続処置を行います――]


 不思議な確信を得て。

 イブから返された言葉を聞き、己の選択に間違いは無かったと感じるのであった。

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