第四話 宝物庫
「このままお宝以外、何も出なけりゃ良いんだけどなぁ……」
思ってもいないような淡い期待を呟きながら、独り静寂の中を歩み進む。
固い床を伝って空間へと小さく反響するのは、己の脚音の身であろうか。
防護ベストの他にも足音を幾許か減少させるブーツも購入してはいたものの、やはり予算の関係上お値段相応であった。
まぁ、踏み抜き防止の措置は施されている為、銭が溜まり上質な品を手に入れるまでの辛抱である。
――番人代わりのゴーレムを無傷で沈黙させた後、ダヴィデは更なる建物の奥へと進んでいた。
相も変わらず動力は不明だが、天井部へ灯った明かりは滞りなく回廊を照らしているようである。
暫く進むと、廊下の分かれ道に大きな案内板が掲げられているでは無いか。
簡易ではあるが階層の平面図も乗っており、所々の文字は掠れていようとも、各部屋の大きさくらいは把握出来そうだ。
「事務室、倉庫、守衛室、ロッカールーム、講演ホールに地下への階段などなど……」
さて、と――。
金目の物は、一体何処に多く眠っていることやら。
時間と労力の関係もある為、全部を全部虱潰しに探索などは不可能だろう。
送迎である帰りの脚に間に合うように効率的に回りつつ、魔術を練る為の精神力と魔力といったエネルギーを空っ欠にするわけにはいかない。
大型のナイフでチンピラや小振りな魔獣くらいであれば追い払えようとも、魔術を嗜む端くれとしては常に余力を残しておかねばならないのだから。
故に、ある程度的を絞って探し回る必要がある。
問題は、実入りの多さが効率的に得られる場所だ。
ぱっと見で碌な物が置いていなさそうな除外すると、やはり倉庫か地下が匂うものか。
無論、其処にも先のようなゴーレムが警備にあたっている可能性が小さくないと言えようが、それはこの建物の何処を目指そうと同じようなものだろう。
加えて、建物自体の警備システムは、あまり厳重だとは思えなかった。
あのような番兵を設置しているが故に、他の部分には力を入れてはいないのだろうか。
少なくとも、こうして無人の廊下を歩む中でも、侵入者を告げるような警報は、未だ館内に響くことも無い。
「――取り敢えず、物資目当てに倉庫でも漁って見ることにするか」
何処に何があるかまでは地図では解らなくとも、ある程度の物品が他の部屋よりは纏められていると当たりを付ける。
昔働いていたであろう職員なぞのロッカールームにも物は残されているかもしれないが、個人の私物よりも施設の物資の方がきっと金になりそうだ。
――と。
そんな皮算用を浮かべながら倉庫へ向かい進んでいると、またしても同型のゴーレムが通路の真中へと陣取っている。
簡単な写しを取った地図を見ても、目的地への迂回路は見当たらない。
「魔力をケチってトラブル起こしたら、それこそ馬鹿を見る羽目になりそうだ」
体内を廻る魔力を制御し、己の精神力を以って練り上げ、収束具を通した魔術は増幅した末――確固たる力へと、顕現を果たす。
先と同じように力ある言葉を重ねると、焼き回しの様に硬質なゴーレムは沈黙へと至るのだ。
多少のコストを惜しんで、その結果大損害を被るなどダヴィデも流石に御免である。
その後も二、三と同じような作業を繰り返し、ダヴィデも発掘者としての活動において本格的な魔術の行使に慣れ始めていたところで。
遂に、目的地たる倉庫へと到着していたのであった。
リソースは幾らか切ったがまだ余裕はあるし、この調子であれば、万が一のトラブルにも対処することが可能であろう。
そして、吐き出した労力という名の対価は、確かに此処で実を結ぶ。
「……全然荒らされて無いとは、流石に考えてなかったなぁ」
文字通り。
気の遠くなるような年月の経過による変貌はあれども、こうして倉庫へと足を踏み入れた限りでは、先駆者たちに荒らされているような様子は見られなかった。
倉庫と言えども小振りなれども、部屋の中には暫くばかり足を踏み入れた形跡もなければ、ドジを踏んで帰ることが出来なかった哀れな先輩の死骸も存在しては無いのだから。
はてさて、これは本当に穴場を引くことが出来たのかもしれない。
「あぁ、そうか……。入口からちょっと進んだ所のゴーレムを突破出来そうに無いから、先駆者はきっと其処で引き返さざるを得なかったのか」
此処に早くも唾を付けた発掘者には、きっとダヴィデのように魔術心得も無く。
魔導精霊の宿った、あのような強靭なゴーレムを強引に突破する為の武器も用意することが出来なかったとの話であろう。
確かに、あの番人までの道すがらの小さな部屋は扉も開かれたままであり、中が荒らされていた様子も確認出来た。
但し、進行が許されたのは其処までであり、先駆者たちは流石に命惜しさに回れ右をしたのだろう。
そうして駆け出しやら力量の足りない発掘者が大した実入りも無く帰って来たとの情報の広まり方に偏りがあり、上等な装備に身を包んだ経験豊富で強靭な先輩方すらも、あの遺構には潜る価値のある物自体が無かったのだろうと勘違いしたのだと思われる。
でなければ、ある程度の魔術や装備があれば、先のゴーレムを突破することも決して不可能では無い筈である。
兎にも角にも、逆にそうした誤解が誤解を呼んだが為に――此度のダヴィデにとってのボーナスタイムが、このような形で発生したと言えるだろう。
詳しい使い道など、全部が全部理解している訳では無いにしろ。
確かに此処には、宝の山で溢れているのだ。
経年劣化を防ぐためか。
幾つもの物資は、古代文明により生み出されたのであろう保全機能の付いたケースの中に保管されているらしく、まるで中身に劣化や損傷は見られなかった。
惜しむらくは、ダヴィデが持ってきた背嚢の容量に限りがあること点が最たる部分か。
部屋中に様々な物資が詰め込まれていようとも、流石に全部は持って帰ることが出来ないのだから――。