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第三話 魔術

「――へぇ。何時から建ってるか解らないにしては、意外としっかりしてるみたいだなぁ」


 ゴーレムが車輪を転がす駆動音を背にしながら、ダヴィデは目の前の建造物を見上げて、そんな風に呟いていた。

 此処に来るまで、精々数十分であった筈である。


 ダヴィデの前に(そび)えるのは、今日日まるで見ない造りの建物だ。

 数百年か、数千年か――それとも、ずっともっと前の時代の物であろうか。

 外観が古ぼけていながらも、見るからに硬質な外壁はどっしりとした面持ちで荒野の最中に鎮座していた。


 入口付近には簡素なプレハブ小屋が建っており、その入り口には遺構の管理番号とやらが刻まれた札がでかでかと貼り付けられていた。

 これで見えませんでしたは済まされないだろうし、管理下にあるこの遺構の盗掘対策に一役買っているのだろう。

 常に番があれば、野党など入り込むことも難しそうだ。


 小屋に備えられた小窓を覗けば、待機中の管理者である兵が退屈そうに欠伸をしていた。

 それでも免許を見せれば、ダヴィデのような小僧相手であっても怪訝な視線を寄越すこと無く。

 目の前の遺構への入場許可を、滞りなく出したのであった。


 彼の職務への態度が、全く気にならぬわけでは無いけれど。

 今のダヴィデにとっての優先事項は、遺構へ潜り金銭的価値のある遺物を発掘し、五体満足で抜け出すことである。


「中も意外と損壊は見られないし、建物自体に何かしらの保全作用が働いているのも知れんな」


 入口は如何やら自動で開閉する仕組みらしく、ダヴィデが近づくと硝子(ガラス)で出来た引き戸が独りでに開いた。

 足を踏み入れると共に現れたエントランスは、天井部より明かりが灯って視界の確保も充分に出来る。

 とんと仕組みは不明だが、入り口の扉(しか)り古代の残骸たる建造物にも拘わらず(とも)る照明然り、魔素を用いた動力がどのような形かで今も生きているとのことであろう。


 ダヴィデの視線の先には、広々としたホールが展開されている。

 事務所の受付カウンターに似た造りの経常故に、この建物も古代においては同じような用途であったのかもしれない。


 土埃と何処か()えた臭いの漂うエントランスを軽く散策してみるが、残ってるのはゴミかガラクタだけである。

 流石に、こんな入口に物を残しておくほど、先駆者たちも杜撰(ずさん)では無いのだろう。


 実入りも無いと早々に見切りをつけたダヴィデは、そのまま奥へと続く回廊へと視線を向ける。

 両側に幾つも扉が存在する長い廊下が続いているようだが、この先も何も出てこないとも限らない。


 人間の生活圏外では、今も凶暴な魔獣や主を(うしな)い命令回路に異常をきたして狂った魔導精霊入りのゴーレムが蠢いているのだ。

 荒野を徘徊しているのであれば、このような遺構を根城としていても可笑しくは無い。


「……そら見ろ、やっぱり居るんじゃねぇか」


 誰に聞かせるでも無く。

 思わず、小さく悪態を吐いてしまったダヴィデの視線の先には、予想はしていても居ないで欲しかった脅威の一つが佇んでいた。


 廊下を進み、曲がり角からそっと先を覗いたところ――其処には、確かに稼働中の警備ゴーレムが存在したのだ。

 太古に人に似せて作られたと思わしきその体躯は、無機質なからくりなれども確かに二本の脚で硬い床の上に鎮座する。


 ゴツゴツとしたその身は、切り出した岩の様に何処も彼処も角ばった有様。

 体長は二メートル程であり、その胴体に生えた二本の腕には、それぞれ槍と鎚を携える。

 大柄で肉ならざる身体が分厚い硬物であることを鑑みても、その辺の衛兵よりもずっと恐ろし気な出で立ちに思えるだろう。


 ――しかしながら、幸いなことに。

 ダヴィデには魔術の心得が幾許かあり、今は求めていた収束具も装備している。


 スラムの路地裏という場所は、実に様々な人間が犇めいていた。

 ゴミ溜めの底ですら威張り散らすチンピラから、如何して地べたで泥と垢に塗れているのか解らぬような聖人まで。


 そして己は、如何やら人との縁に関しては引きの強い方であったらしく。

 基礎教育を教えてくれた浮浪者の老人の他にも、こんな地の底に身を(やつした)した魔術師の成れの果てであると云う隠者(いんじゃ)より、出来得る限りの教えを受けていたのだから。


 既に、大分前にダヴィデが世話になった老人たちは年齢のこともあり息を引き取っていたが、確かに己の中には培われた技術は実を結んでいたのであった。

 手先の技術に問題は無いと言われていた為、後はこうして手にした収束具を用いれば、より効率的に精密に魔術を行使することが可能となるのだ。


 岩のような番人ゴーレム……。

 ちょっと肉厚のナイフやスリングなんかじゃ、あの分厚い装甲は破れない。

 だが、しかし――。


「今の俺には、魔力を増幅して行使する為に必要な装備も揃っているんだ」


 その辺の駆け出しや野党崩れのチンピラ発掘者であれば、装備のショボさも相俟って、流石にどうしようも出来ないだろう。

 されども、ダヴィデは最早、何も出来ないガキに非ず。


陶然(イント)……忘我(エクス)……倦怠(レサズィ)……!」


 力のある言葉が、幾つも絡まり合い意味を成す。

 ダヴィデの口端から秘めやかに(こぼ)れた真言は、増幅された魔術となって絡繰り仕掛けの番人をも侵食する。


 魔導精霊は、人工的に知性を持った疑似生命を創り上げようとして生み出された代物とされている。

 人工物故に、心亡き知性とも形容されるが――初めに刻まれた命令を基にするとは言え、其処には確かに思考する為の回路が存在しているのだ。


 その回路は、突き詰めれば人間の脳とそう違う事も無く。

 もしかすると、心までもが存在しているのかもしれない。

 少なくとも、自己で経験に基づいた学習を進歩とするならば、知性と思考に生き物とのどれ程の際があると言えるだろうか。


 今し方、ダヴィデが唱えたものは判断を狂わせる魔術の一種である。

 相手の意思の強さや魔術に対する抵抗力、行使する側の技量も存分に加味された上で成功へと繋がるものだが、相手がこうした人工物であっても存分に効果を発揮する。

 対魔術の高度な防護策が施されていれば、此方の魔術が万全に通らないどころか――最悪、反動を返されて術者の方が被害を受ける可能性も残されていた。


 けれども、今のダヴィデは他に手段を持ち合わせておらず、成功させねば先に行けないという現実が立ち塞がっていたのだ。

 今回を諦めて回れ右することは簡単であるが、漠然と――初めての仕事である此処で引けば、その後も順調さに陰を差すのではないか。

 なんてことが、頭を過ったのだ。


「――実際にゴーレム相手に試すのは初めてだったが、上手くいって良かった」


 筋が一本抜け出たように震えた後、警戒態勢を解いて佇むのは岩宛らの巨躯である。

 角から身を乗り出してゆっくりと接近してみるが、如何やら此方を攻撃する意思は無さそうだった。

 目の前のゴーレムは、首を垂れる用に鎮座し、意識を失ったように沈黙を保っている。


 初めの一歩だが、実に大きな一歩と言えるだろう。

 自由自在に操るには収束具の性能も足りないが、ダヴィデを攻撃して来ないだけでも御の字だ。


「良し良し……。そのまま、俺が帰るまでダンマリでいてくれよな」


 昏睡したと錯覚するような偽りの倦怠感に支配されたのであろうゴーレムへと声を掛け、ダヴィデはそのまま建物の奥へと進む。

 油断大敵、されど、何事も踏み出さねば始まらないのだ。

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