第二十三話 要望
「――こんな形で名指しなんて、何かあったのかな」
[単純に、彼女が此方の連絡先を知らなかっだけかもしれませんね]
休日を過ごし、部屋も決め。
さて、また一稼ぎしようかと管理組合の事務所へと足を運んだところで――如何したことやら。
先日宝石売買の際に知り合ったアウローラ嬢より、ダヴィデへとお呼びが掛かったと受付で聞かされたのだ。
理由なぞはサッパリ不明だが、組合を通してのお声がけとは只の茶の誘いなんかではなさそうだ。
恐らくは、仕事の依頼か何かであろうと。
凡その当たりを付けたものの、これも何かの縁とばかりに。
一先ずは、彼女からの招集に応じることにしたのであった。
「流石に昨日の今日で、無理難題とかは勘弁してもらいたいけど……」
[取り敢えず、足を運んで内容も聞くだけ聞いてみないと解りません]
兎にも角にも、と。
ああだこうだと推論を重ねながら、イヴと共に件の店へ向かい貧民街へと踏み入れる。
[てか、組合に話付けられる程度には、やっぱあの人って力もあるんだな。受付の姉さんは、こういう仕事は酒場の方に頼んでくれってグチってたけど]
[面倒だから、ゴリ押したのか。それとも、細かいことに興味が無い為に気にしなかったのでしょうか]
[多分、どっちもじゃないかな。あの人、好きなことにしか力を入れない生粋の趣味人ってカンジだし]
[マスターもそのような身分へと至り、安寧の日々を送ることが可能となるよう目指しましょう]
[どれだけ掛かるか、解んないけどねー]
そうして貧民街を難無く抜け、目的地である依頼主の根城へ辿り着いた。
不思議と前回のように、スリも物盗りも寄ってくることは無く。
「今日は、無駄な手間を掛けさせられずに済んだな」
[流石にこの界隈の住人からも、被害者多発でマスターのことが噂にでもなったのでしょう]
先日の通りでの一件もあるし、なんて。
これが功名なのか悪名と響くかは知る由も無いが、結果的に面倒ごとが減ったのであれば、ダヴィデとしても言う事は無い。
いずれにせよ。
そのような些事は思考の外へと追い遣り、数奇な趣味人が営む古物商の扉へと手を掛けた。
「――いらっしゃいな、ダヴィデ。予想通り、早く来てくれた様ね」
「えぇ、前回は随分と儲けさせて貰いましたし、こうして御指名みたいでしたし」
カウンターの向こうより、寝起きの様なダウナーさを醸し出しながらも歓迎するように招くアウローラへと。
小さく頭を下げると共に、ダヴィデも挨拶一つで歩み寄った。
「早速なんだけど、貴方にお願いしたいことがあるの」
前置きすら無いのが、らしいと言えばらしいのかもしれないが。
当然のようにアウローラは、ダヴィデの受諾の可否を聞く前に仕事内容の説明を始めた。
「宝石専門の貿易商が所有していたらしい倉庫が見つかったのだけれど、其処を少しばかり漁って来て頂戴な」
「……何かお目当ての一品や特定の物資を欲されているだとか、そういう話ではないんですか?」
「んー……なくは無いんだけど、もしあったらラッキーかなって程度の情報なのよ」
聞いて見れば、その内容自体はシンプルなものであった。
指定された遺構へ向かい、其処から目ぼしい物を持ち帰る。
唯、これだけ――。
しかしながら、と。
仮に彼女がものぐさであったとしても、そんな簡単そうな仕事をわざわざ指名付きで、駆け出しに毛が生えたような一発掘者に依頼するとは考え難い。
故に、半ばダヴィデも解りかけていながらも。
アウローラへと、詳細を話す様に促した。
「――それで。仕事の障害となりそうなことは、どれくらい判明しているんです?」
「えぇ、如何やら其処――夜盗の巣になってるようなの。しかも唯の破落戸集団ではなくて、魔獣を操る呪術師かぶれみたい」
ダヴィデのように秘奥を引き出す魔術師の如く、また別系統の異常性を引き起こす術を持つ術者も世には存在すると聞かされていた。
怯えも恐れも無いけれど、されど此度、そのような相手と対峙することになるとは――。
此方の思案を知ってか知らずか。
変わらぬ抑揚のまま、彼女は話を続けるようである。
「まぁ、そんな輩が陣取っているわけだけれど――本当に、穢らわしくて嫌ね。放っておいても人間を見つけ次第襲うような畜生をわざわざ飼い慣らして、やらせることは別の人間を襲わせるのですもの」
「力があるから欲望の為に好きに使う。法も秩序もお構いなく――其れが、外道にとっての全てでしょうよ」
「そうね。今は人の道から外れた連中の心情なんてどうでも良くって、問題なのは此処からなのよ」
武器を持った以上に危険な異常者の集団が巣食っていると言うだけでも、充分に胃もたれしそうな案件なのだが……。
一転変わって、彼女はその形のより花唇を開いて紡ぐのだ。
「まだ、あの物の価値も解らないような連中から宝石が闇に流されたって話は掴めてないから、あそこで私の目当ての寳は見つかっていないと思うわ。けれど、もう既に確保はしてても、物が凄すぎて容易に流すことが出来ないって可能性もあるのだけれど」
「……お話は、理解しました。要するに、ブツを傷付ける事無く――不届き者らを排除しろって事ですよね」
結構な手間になりそうだと思いながらも。
ダヴィデがそう応えると、宛ら可憐な少女のようにアウローラは微笑を浮かべて首肯した。
「――あはっ。貴方は話が早くて、本当に助かるわ。軍隊を動かせば大事の殲滅戦になるでしょうし、火力と頭数に自信のある高位発掘者の徒党なんかを遣えば、その荒っぽさ故に目的の物まで壊されちゃうかもしれないし」
さらっと。
何やら凄まじい内容を、なんてことも無しに口にする彼女に軽い戦慄を覚えながらも。
[これは……ちょっと断れそうにないなぁ]
[マスターがやるとおっしゃるならば、私は全力でお支えするだけで御座います故――]
[もう、こんなんやるしかないだろ。てか、どうやって拒否れってんだよ]
[逆に、此処で依頼を成功させれば、更にこの有力者からの評価が上がると考えることに致しましょう]
簡単そうに言われた実は、非常に面倒極まりない代物であったと。
顔には出さずに、密かに頭を抱えつつも。
「――お任せを。望むが儘に、ご覧に入れましょう」
「えぇ、期待してれるわ――心から、ね」
幼げな外見に似合わず。
いっそ。ぞっとするような妖美な微笑みを湛えたアウローラは、ダヴィデへとそう告げて来たのであった。




