第二十二話 台無し
「――俺だけの城かぁ」
[発掘者稼業数日で安定した拠点が持てたのは、恐らく他の同業者たちと比べてみても、実に幸先が良いスタートと言えるでしょう]
感慨深くも小さく溢した言の葉に、イヴが穏やかな称賛をくれる。
本当に。怯えしか無かったダヴィデの幼少期には、考えられなかったのではなかろうか。
契約書にサインをし、三ヵ月分の家賃を前払いすれば――すぐに部屋の鍵を渡され、今日から住居とすることが可能となった。
事前に聞かされていた通り、不動産屋から手渡された物理的な鍵の他にも、魔力紋による認証錠を設定することが出来るのは安心だ。
そうして気が付けば、時間もすっかり夕刻となり。
計画手続きを済ませて店を出た時には、空もすっかり朱色に染まりつつあった。
[無事に決まり、既に夕刻ですが――マスター、如何なさいますか]
[家探しの前に昼飯を食ったばかりだから、夕飯にはまだ早いよな]
故に少しだけ通りの店でもを冷かして、暗くなる前には腹に何か入れて帰れば良い。
新居にそこそこ立派なキッチンは備わっているが、流石に引っ越し当日から自炊する気力は無かった。
[ちなみに、マスターは料理が出来るのでしょうか]
[ははっ。そりゃ、あるものは何でも食わなきゃいけなかったし、屋台のモンすら小銭も無い時には、何やかんやで孤児共と集まって煮炊きの真似事をしてたんだからな]
「成程。習うより慣れろの精神ですね」
[何でもやってみりゃ、最低限形にはなるってもんだよ]
でも、今は金を稼げてる以上、出来るだけマシな物を食いたいと言うのも事実である。
そう彼女へと零すと、イヴに蓄えられている食物調理のデータを参照すれば、ダヴィデにも料理を教えられるとの話であった。
もしも、出先で泊まり掛けとなり、近くに飯屋の一つも見当たらない場合。
携帯食料だけでは味気無い事を考えれば、粗野な独り身の男であろうとも料理の一つも出来て困ることは無いだろう。
今、こうしてダヴィデが発掘者としてやっていけているのは、偏に今までの鍛錬と学習の積み重ねの成果であるのだ。
よって、何であっても学びの価値に変わりはない。
――そんな風に、イヴと共に話しながら通りを練り歩いていると。
警邏の隙間を狙ってか、同業者らしき年長者の集団に道を塞がれる次第となった。
彼らの要求は、傍から見ても駆け出しの癖に羽振りがよさそうなダヴィデへとタカリの様である。
お約束のように吐き出されるのは、先達を敬い身包み置いていけとの恫喝であったが――その道程が、あまりにもお粗末の一言に尽きるのであった。
四、五人ばかし人数を揃えて気が大きくなったのか。
通りの最中にも拘わらず、各々剣や鈍器を抜いて、大袈裟な程にダヴィデを威嚇する。
事実としても発掘者同士の諍いであろうと、こんな人目に付く場所で武器を抜いて、彼らは只で済むと思っているのだろうか。
周囲には多くの人の目があり、確かに面白そうに悪趣味な視線を送る者も少なくは無いが、警備を呼ばんと泡食っている人もいるくらいなのだから。
取り敢えず、ダヴィデとしてもこんな阿呆共に付き合う義理など皆無である。
故に、手っ取り早く済ませる為――先程、ふらりと覗いた雑貨屋にて、使えそうだと買い込んでいた品の一つ。
重量としても大したことの無いような、指ほどの厚さを持つ手の平大の板状鉄塊。
これを一本ズボンのポケットに仕舞って置いたため、チンピラ共が上機嫌にペラ回している間にそっと取り出し、
「鏃……射出……炸裂……のた打ち回れ」
呟くように紡いだ秘すべき呪言により、ダヴィデの手の中の鉄板が形を成す。
飛礫の如く――鋭い鏃は無法者たちへと、一人残らず吸い込まれ。
そのまま塗されたように、その全身の骨身を食い破るが如く突き刺さった後――肉と繊維を掻き分けた内部で、爆発するかのように弾けたのだった。
さすれば。
阿鼻と叫喚のマリアージュが、夕焼けよりも紅く朱く街路の最中に咲き誇るのだ。
――文字通り。
気持ちを表す意味では無く、目の前の惨状は血沸き肉躍る地獄の祭典。
破落戸共は、例外無くその全身を裂傷と断裂によって血へと染まって、地に赦しを請うようにのた打ち回る。
体中の前面、至る所が尋常ならざる激痛に苛まれ――きっと、その傷は魔術による金属の爆発に巻き込まれて骨まで達していることだろう。
中には、運悪く耳が千切れ飛んだり、目玉を抑えて血涙と共に絶叫している男もいる。
されど、これが安易な後進への略奪の結果が招いた因果である。
浅はかさが手繰り寄せた、最悪の罰の顕現。
周囲は騒然となっているが、最早ダヴィデの知った事ではない。
発掘者をしている以上、特に楽な生活など送ってきてはいない筈だ。
奴らだって、奪われることの辛さなど間違いなく身に染みている筈なのに――。
当然、魔術による劫罰である為、周囲の観衆には一切の被害などは出ていない。
無論、面白がって身を乗り出していた輩には、小汚い男の血飛沫くらいは撥ねているかもしれないが。
「動けないなら仲間を呼ぶなりして、さっさと治療院にでも行くんだな」
――支払いが出来るのは、知らないけどな。
そう言ってから、汚らしい祭りの跡へと背を向けて歩き出したダヴィデへと、イヴより冷静なままに声が掛かった。
[マスター、その声掛けは無意味かと思われます。早くも、苦しむ彼らの下では同業者と思わしき与太者たちが、身包みを剥ぎ始めているようなので]
[じゃあ、さっさと衛兵が飛んでくることを願えば良い。人様を傷付けて、上がりを奪おうとする愚か者の事なんて知るかよ]
別に、イヴに当たったつもりは無いのだが。
自然と漏れ出た、言の葉により。
ダヴィデは冷たく切り捨てるように言って、無情な喧騒を後にした。




