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第二十話 愚行

[――無駄遣いしろとは申しませんが、折角纏まった資金も手に入りましたので、もう少し良い物をお召し上がりになられても宜しいのでは無いでしょうか]


[いやいや、ケチってる訳じゃないけどさ。その土地にはその土地の名物ってものがあって(しか)るべきだろ]


 腹も減ったと、小汚い道を練り歩く。

 危ない混ぜモンでもしてるぼったくり飲み屋でもない限り、意外と金を出せばこんなところでも隠れた名店があったりするものだ。


 イヴはあまり衛生的でない環境で食事を採って欲しくないようだが、ダヴィデの腹はそれほどヤワな出来ではない。

 残飯を漁って幼少期を過ごし鍛えられた身としては、仮にも店の体を為している場所で飯を喰らって可笑しなことにはそうならぬだろう。


 ホクホクで不思議な少女然とした女店主にして至高の好事家、アウローラが営む隠れ家的な店を後にしたダヴィデは、未だ貧民街の最中を歩いていた。

 見せびらかしてはいないものの、大金を手にしたが故に先程よりも警戒心を強めて歩みを進めていた次第であったが――如何やら少なくとも、あの店から出て来た所を目撃した人間に、其処までの度胸は無いようであった。


 退店時に偶然目が逢った道すがらのゴロツキなどは、これ以上ない程に目を見開いて、すぐさまそそくさと背を向け離れて行った程なのだから。

 只、商談を済ませて出て来ただけのダヴィデにすら、凡そそのような態度なのだ。


 やはり、それだけあの店の店主が周囲からは埒外(らちがい)に恐れられているとの証左である。

 他にも数人ばかり周りには居た気がするが、その誰しもが関わりたくないとばかりに――勘弁してくれと背けられた顔へと、ありありと描かれていた。


 何の因果か。

 悪い印象は抱かれずに気持ち良く大枚を叩いて貰った側であるが、あの手の人間にはあまり深入りしない方が身の為なのかもしれない。


[マスターが気を付けていたとしても、厄介事と云うものは、いずれ向こうからやって来るものでしょうね]


[……まぁ、あの界隈でも隔絶した力を持ってる人だってわかっただけ良しとしよう。こんなクズ持ってきやがってとか、機嫌損ねてエラいことにならなかっただけ大分マシだろ]


 兎にも角にも。

 大金も入ったのだから良かったじゃないかと自分の納得させながら歩いていると、ふと良さげな店を見つけるに至る。


「スラムにしては結構賑わっているみたいだし、ココで良いか」


 少し大き目な掘っ立て小屋同然の店内へと足を踏み入れると、中では調理場の熱気が充満し、肉体労働者の男たちで(ひし)めいていた。

 今にも倒れそうな外観なれども、その中では中々良い匂いで溢れているではないか。


 これは期待出来そうだと空いている席へ腰を下ろし、給仕を(つか)まえてから壁に掛けられたメニューを適当に注文する。

 カウンター先で眺められる厨房では数人の調理人が忙しそうに鍋を振っており、それほど時間も待つことなく頼んでおいた料理がダヴィデの下へ出されたのであった。


[何も言ってないのに、この値段で大盛だ。どうよイヴ、結構アタリの店だったんじゃないのか]


[量も多めですが、塩分、油分も多く――要するに、労働者向けの食堂の料理ですね。毒や危険な成分は検知されませんので、食あたりもなさそうですか]


[見た目で過信する気はないけど。貧民とは言え、こんなに客で賑わってんだから大丈夫さ。さっさと食べて、半日の活力にしちまおう]


 周りの男たちに(なら)って料理を掻き込めば、やはり味の方も悪いものでは無いのであった。

 そも、値段自体が低賃金の者でも利用出来る設定になっている為、総合的に見ても割かしお得な食事であると言えるのだ。


 ――気が付けば。

 出された物は全て平らげ、ダヴィデの前には綺麗さっぱり空になった皿が残るのみであった。


[値段も手頃で味も悪くない。結構、食事としてはお得だったな]


[只、店舗の家賃や客層のこともありますので、表の通りで出店するのは難しいのでしょう]


[そこはもう、適材適所だよ。仕入れ元なんか知らないけど、普通(・・)の商売の遣り方じゃ一般市民相手は無理だろ]


[コストにターゲット、問題は多いですからね]


[どっちにしろ、あの店はあそこで良いんだろうよ。来る客にとっても、店にとってもさ]


 ほど良く満たされた腹を(さす)りながら、ダヴィデはイヴを相手にそんな詮の無いことを話していたのであった。


 ――左手首を見れば、時刻は未だ昼下がりと云った辺りか。

 陽の当たる通りへと戻れば、やはり裏はある意味で別世界なのだと実感させられる。


 衛兵が警邏(けいら)を行っていたり、そもそも漂う空気の質がまるで異なるのだ。

 幾ら武装した傭兵や発掘者が居ようとも、目の前に広がるのは一般的な市民たちが生活を送る世界であろう。


[――何時の時代も、人の営みという部分に大きな変化は無いのですね]


[確か、昔はもっと世界中に人間が居たんだっけ?]


 不意に。

 ダヴィデにだけ聴こえる声を()って為されたイヴの言葉に、自然と疑問を返していた。


[はい、マスター。記録上は、現在の数十倍の人口が世界各地で存在しておりました]


[正直、色んな国とか言われても、今更そんな遠くに行く手段なんかないもんなぁ]


[地続きな土地であれば時間を掛ければ適いましょうが、現在の海には神話再現により引き起こされた巨大海獣が棲み付いておりますので、現代文明の造船技術ではまず外海を越え行くことは不可能です]


[より便利で強力な魔導精霊生み出そうとしたら、叡智の門だかに接続しちゃってヤバイもんが溢れたんだっけ? あとは魔素汚染だとか隕石だとか、馬鹿共の引き起こした最終戦争だとか言われてるなんて聞いたことがあるけど、俺たち子孫はいい迷惑だよ]


[えぇ、凡そその見識で間違いはありません。調子に乗って考え無しに魔素利用技術を行使し続けた結果、生物を含めた環境を大きく書き換えてしまったことが一つ。先の神話再現など、その最たる悪例でしょう]


[それに隕石って、そんな時に踏んだり蹴ったりだろ]


[いいえ、それもまた人類が呼び寄せた業です。銀河の果てから隕鉄を採取しようとした結果、制御を誤って雨(あられ)と降らせました]


[それで大陸が幾つか沈んだとか、間抜けってレベルじゃないだろ]


 その果てに起こったのが、前文明最後の戦争だなんて。

 ダヴィデからしても、いっそ人類は絶滅した方が良かったのでは無いかと思うほどの愚かしさである。


[しかし、結局はそれも一部の権力者による衝突が起因ですので]


[どっちにしたって、俺らは今を生きるしかないもんなぁ……]


 過ぎ去りし過去の世界を小馬鹿にしながら、ダヴィデは影の街を背より遠く離れていたのであった。

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