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第十九話 浪漫の価値

「――お客?」


 ぼんやりとした声色が、入店と共に耳へと届く。

 ダヴィデが足を踏み入れた先では、外観同様にこじんまりとした内装が展開されていた。


 そのまま十歩も踏まぬ内にカウンターへと辿り着くと、そこには眠たげな眼をした女店主が顔を上げて此方(こちら)を見ている。

 波打つ銀糸の髪を長く伸ばし、宝玉(さなが)らの空色の双眸が気怠そうにダヴィデを映しているのだろう。

 掴み処の無く、華奢で儚げな風体にマッチするように。寝巻の様な柔らかな装いで、その全身を覆っていようだ。


 少なくとも、スラムに一人で居を構えて無事でいられるような出で立ちには見られない。

 良くもまぁ、この少女然とした彼女が単身店を構えていて、今にも強盗すら入って来ないものである。


 兎にも角にも、ダヴィデも此度の所用を思い出して、年齢不詳な店主であろう彼女へと口を開いた。


「失礼――表の看板を拝見して、物品の買取を行っていると」


「見せて頂戴」


 前置きも無しに。

 そう短く告げられた故に、二の句を継ぐ間も無く。

 ダヴィデは件の装飾品を、箱のままザックより取り出し店主へと差し出す。


「どうぞ、此方(こちら)です」


「……ん」


 只、短くそれだけ。

 (あたか)も、宝物を捧げられる姫君の如く。

 その白くほっそりとした指で容れ物を受け取った彼女は、何処からともなく拡大鏡を取り出し、黙したまま作業へと入ったようであった。


[別に店側に愛想は求めてないけど、よくこんな態度で商売が成り立つもんだ。大通りの武器屋のオヤジも、口数少なく仏頂面ではあったけど。この推定お嬢さんの無口具合と比べると、まるで饒舌と言えたんじゃ無いのか]


[商売人の基本は、何処に居ようと他者との対話が初めに御座いますので。そういう意味では、此処のご店主は中々に不適合なお方でしょう]


[変人なのか、コミュニケーション能力に難があるのか……]


[古今東西。良くも悪くも、力あるものは変わり者が多いとされておりますが――]


[そんな遣り方でも、まるで問題無い様な地位に居るってことなのかもしれないな。確かにその辺は、店回りの様子見れば納得も出来そうか]


[考え方を変えれば、店主の人格が如何であれ――この店であれば、銭を受け取る瞬間に押し入り強盗が飛び込んでこないという安心感はありそうですね]


[うん、それは大事なコトだなぁ。店を出てしばらくした後のことは、流石に解んないけどさ]


 相手に聞こえないのを良いことに。

 ダヴィデは好き放題、イヴと共に目の前で大振りな宝石の嵌め込まれた指輪を捏ね繰り回す店主への品評を行っていた。


 まさか彼女も宝石の鑑定中に、持ち込んだ客がそんな下らない品定めをしているとは思わないことだろう。


 そうして傍から見れば、お行儀良く待機しているようでありながら。

 イヴとの雑談でああだこうだと時間を潰していたダヴィデが、今日の昼飯について考えだした頃――。


「これ……何処で拾ってきたの?」


 開口一番。

 沈黙を破る様に。

 突然――目の前の女店主が、その蒼い眼をダヴィデへとじっと向けて、そのような問い掛けを寄越した。


 此方の内面までをも見通すような色彩であったが、元よりダヴィデとしても、別段彼女に嘘を吐く必要など微塵も無い。

 イヴによる凡その鑑定はさて置き、それ以外であれば全て(つまび)らかにして問題が無いのだから。


「場所と云う意味で答えるなら、此処から小一時間ほどの遺構の中からですね。大型の複合商業施設とか言うヤツでしたっけ」


「貴方がこの指輪を拾った時、他には周りに何かあった?」


「宝石やらのアクセサリーがそこそこありましたけど……。あぁ、隣には時計屋さんも構えてたみたいでした」


「他の品物は、如何したの?」


「腕時計も含めて、他は全部表通りの発掘者組合協賛の店で()けちゃいました。でも、正直素人目に見てもこれだけ明らかに石も大きいし、何となくですけど取って置いたんですよね」


「……そう」


 短く答えた彼女は、一息吐いた後、ダヴィデへと改めて視線を合わせて告げた。

 既に――其処からは、初めの倦怠感など霧散しているようであった。


「端的に説明すると、早い話――この指輪に使用されている石はね、前文明においてもとても貴重なものだと言われているの」


「あぁ、そうだったんですか。いやぁ、これは当たりを引いたみたいですねー」


 お道化るように笑って答えたダヴィデであるが、回収時にイヴよりの助言でその辺りの価値は凡そ把握していた。


 しかし、表面上の物以上に店主にはお気に召したようであり――。

 彼女はお気に入りの童話を読み解くが如く、打って変わって饒舌な様相を見せたのであった。


「それに指輪の裏に刻まれてるサインからして、当時に著名であった宝石細工の職人による作品に間違いないのよ」


「へぇ……、そう言うのってやっぱりシリーズ的な価値があるんですかね」


「えぇ。今までに発掘されたものも確認されているし、私も同作者の作品が幾つかコレクションとして持っているわ」


 それで、と――。

 有無を言わせずとは言い過ぎかもしれないが、彼女は身を乗り出しそうになりながらダヴィデへと問い掛ける。


「――一応聴いておくけど、買取と云う事で宜しいかしら?」


「勿論。此処を見つけたのは偶然とは言え、そのつもりで持ってきましたし。対価を頂けるのであれば、欲する方がお持ちになった方が宝石も喜ぶんじゃないんですかね」


「貴方、発掘者の割に自分とロマンチストな物言いをするのね」


「ははっ! 幾ら食い扶持が欲しくたって、ロマンが無けりゃトレジャーハンターなんてやらないでしょ」


「ふふふっ、そうかもしれないわ――では、交渉成立ね」


 そう言って店主はカウンターの下を(まさぐ)った後、ダヴィデが予想していた以上の厚さを誇る札束を差し出したのだった。


[……マジかよ。流石に拾った指輪一個でこんな大金になるなんて、解らないものだなオイ]


[恐らくは、品物以上の値を付けたのでしょうし――それこそ、マスターと彼女が言った浪漫の値でしょう]


 表面上は平静を装いつつ、受け取った札束を無造作にザックへと放り込んだ後、軽く礼をしてダヴィデは店を後にしようとしたところ、


「――ねぇ、ロマンチストさん。貴方のお名前、聞いても良いかしら」


 そんな言葉を掛けられ、立ち止まって振り返った。


「えぇ、ダヴィデと申します」


「そう……神話の時代に国を築いた、偉大なる王と同じ名ね。悪くないわ」


「貴女のお名前も、御聞きしても?」


「あら、これは失礼したわね。アウローラ――七色の白銀、アウローラよ。価値ある物には、価値ある名を。貴方には、私の名を赦しても良くってよ」


 花開く、少女の様な。

 ダヴィデの視線の先では、アウローラが綻ぶように笑みを浮かべて見送っていた。


 ――ふわり、と。

 甘い感触が、背にした鼻腔を(くすぐ)った気がした。

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