第十四話 成果
「――まだ半日も経ってないってのに、何か疲れた気分だな」
[時間は短くとも、安全圏の外に身を置かれていた以上、体力気力も想像以上に消耗しているもので御座います]
呼んで貰った帰還便に暫く揺られ、既にダヴィデは都市へと戻った所であった。
空は未だ、茜の影も射してはいない。
街の通りでは、昼食を終えて仕事に戻る労働者たちの姿がちらほら見受けられる。
しかし、多少は気疲れしたものの。
動けぬまでには程遠いダヴィデは、その脚で事前に調べておいた遺物買取店へと向かうのだ。
此度の売り物は、ゴーレムの頭脳殻となる低容量の魔導精霊格納媒体。
そして、それなりにまとまった量となった腕時計に貴金属である。
絡繰り仕掛けのオツムの方は、ゴーレムショップのハード部門へと持ち込み、適当な値で売り払った。
それこそイヴのような一点物でも無い為、凡そ専門店であれば何処であっても似たような値となるだろう。
時計の方は、遺物専門の古物商へ放り込む。
此方は事前に組合事務所で勧められた、割かしアコギな商売をしていない大店らしい。
路地の隅まで練り歩いてより条件の良い店を探すのも悪くは無いが、今回は初めてであることも加味して冒険するのは止めておく。
当然、そうなると都市から認可を受けた店となる為、価格交渉などの楽しみは無くとも詐欺に遭う可能性も無くなるのは安心出来よう。
放出するのは、帰るまでの車両の中でイヴによる解析で、最も性能の良いと言われた一品を除いて全てである。
残すのはダヴィデ自身が身に着ける物の為、アンティーク的な価値ではなく、性能や丈夫さ重視の品であったが。
それでも結果的に手元に置いたのは、実用性の高い前文明の軍隊で採用されていたという代物らしい。
防水・耐衝撃は当然の様に備わっており、時間を測るのみならず、座標認識や方角まで示す機能も多数存在している。
――兎も角。
組合お勧めの店だけあり、イヴも買い取り額に口を挟むことは無く順調に売却は済まされた。
あと残ったのは、此方も細々とした宝石類の数々であろうか。
流石に街中を歩きながらでは、声に出して彼女と会話をすることは難しい。
「コッチも専門店を当たることになりそうだし、このまま向かおうか」
[はい、マスター。但し、先程申した通り、一番カラットの大きい指輪だけは仕舞って置いて下さい]
[あぁ、それは解ったけど――これ一個だけ、他と比べてそんなに価値が違うのか?]
[肯定です。普通に考えて、なぜあのレベルの店に並べてあるのか不明なレベルの品ですので]
[ふぅん、そっか……。俺には宝石の価値なんてパッと見てもさっぱりだけど、あそこも店である以上、客寄せの目玉か見せ札としてでも置いてあったのかな]
[えぇ、恐らくそうでしょうね。売れと言われれば売るとしても、開店していた当時のあの場所へ訪れる客層では手が届かない為、あぁして残っていたのではないでしょうか。あとは、何かしらのイベントでも開催する予定であった等が考えられます]
[――それを長い年月が流れて、俺みたいな発掘者がタダで持ち去るって言うんだから、せっかくの栄華も宝石も形無しだな]
[微塵も気になさることは無いかと。店のオーナーもその子孫も遥か昔に亡くなっていることですし、遺構として管理する権利は組合にあっても、内部の物資や資材を持ち帰るのは登録して入場申請を行った発掘者に付与されるものですので]
今更、特別火事場泥棒のような業務を気にしていた訳では無いけれど。
少々センチメンタルにも似たものを感じながら、ダヴィデはイヴと言葉を交わしていたのであった。
しかし、一先ず売り買い一つとっても必要なことだけを聞けたのだから良しとしよう。
一番の目玉商品は、何時か来るべき時に来るべき場所で捌ければ良いとの決定により、背嚢の底へと押し込んでおいた。
売らずとも無駄に見せるだけで、業者は必ず欲するだろうとの予想により――。
流石に商売人に無理矢理奪われる危険などは考えずとも良いだろうが、良からぬトラブルの種になっては堪らない。
――そんなこんなで。
決めていた通りに遺物も扱う宝石商へと戦利品の貴金属を持ち込めば、滞りなく売却は済んだ。
宝石を扱うという――今までのダヴィデでは、逆立ちしても縁が無かったような場所であるが故に。
少々身構えてしまったが、店の中も店員の対応も別段気後れするようなものでは無いのであった。
曰く、如何やらちょくちょく前文明の貴金属は遺物として発掘者により持ち込まれることもあるようで。
ダヴィデの訪れた店は、そうした荒くれたちから買い取ることも少なからずある為に、対応にも慣れているとのことであった。
いずぜにせよ、これで大層銭は儲かった。
それこそ、一般的な駆け出しが手にするような金額は疾うに超えたと言えそうだ。
[本当に、運が良かったてのが大きいよなぁ……]
[確かに。運も実力の内と言う言葉も御座いますが、何より――マスターが元から鍛えており、魔術を扱う素養を持ち磨き、私の声に耳を傾けて下さるという選択も全て、貴方様がご自身で掴み取ったものでしょう]
きっと、一つでも前段階となるものが無ければ、今のダヴィデは無かったに違いない。
未だ夕飯には早いだろうと思いつつも、そのままの脚で街路を歩む。
動きを阻害しないシャツの上にジャケットを羽織り、ボトムには厚手の軍用パンツを着用。
泥除けにも分厚くなった財布を隠す為にも役立つ、その上に非光沢で深い色彩の外套で包んでいよう。
腰のホルスターには、本日切断に切開に解体と役立った肉厚のコンバットナイフ――只、コレも後で武器屋でもっと良い物を買うことにしよう。
左上には魔術を発動する為の補助媒体となる魔力収束具に加え、邪魔にならないように巻かれた頑丈だという腕時計。
――これが、今日までに得られたダヴィデにとっての全てであった。
欲に身を焼かれるのは愚か者の末路だが、まだまだ歩みを止めるつもりは有り得ない。と。




