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第十二話 衰退の証

[――お()事です、マスター]


「思った以上に、上手くハマったみたいだな」


 ダヴィデは隠れたまま目の前の狂乱を眺め、イヴと共に作戦の成功を確認出来ていた。

 結果としては、思った以上である。


 何せ――騒乱が騒乱を呼び、店内は修羅道が如き殺戮場へと変貌を遂げていたのだから。

 殺し合いにまで発展した大猿たちの騒ぎを聞きつけた、周囲から寄って来た群れの連中へも巻き込む様に攻撃を始めたのである。


 そうなると、術の範囲外に居た猿たちもまた、何もしていないのに襲われたと激昂して殺し合いに(もつ)れ込む。

 遂には、騒ぎを聞きつけた警備ゴーレムが鎮静に乗り出すが、数の暴力もありそのまま争いの渦へと呑み込まれてしまうのだ。


 血は飛び散り、肉は裂け、骨は砕かれ――無機物たるゴーレムですら、散々過剰に叩かれ尽くして稼働を停止させる羽目に陥った。

 今まで我が物顔で店内に居座っていた猿共を警備が駆除しなかったのは、恐らく特別群れの仲間同士で争わず、商品を以って外に出なかった為だろう。


 気が付けば、辺り一面死屍累々。

 転がる毛むくじゃらの肉塊と、四肢がもがれ胴体の(ひしゃ)げた成れの果てが転がるのみだ。


「やったな、イヴ。魔獣どころか、ゴーレムまで一気に片付いたぞ」


[はい、マスター。しかしながら、油断されてはいけません。まだ、頭脳である精霊も活動停止しておりませんし、大猿の生命反応も残っているおりますので]


「じゃ、後始末してからゆっくりお宝探しを楽しむことにしよう」


 ダヴィデが行うのは、悲痛な呻き声を挙げて地べたを舐める大猿に腰のナイフで止めを刺して回ることだ。

 多少手入れをしたとは言え、普通であればこんな得物では分厚い魔獣の毛皮も()げない。


鋭利(シャー)……侵食(エロウ)……貪欲(グリィ)……これなら、余裕で通るだろ」


 しかしながら、真言一つを唱えれば。

 手にした何の変哲も無いコンバットナイフが、瞬く間にバターを切るが如く、倒れ身を捩る魔獣の首を切断出来る名刀となる。


 こうであれば、碌すっぽ力を入れることも、動物解体の技術を持ち合わせていなくとも。

 筋も骨も無視して、サクサクとその太い首を落としてゆけるのだ。


[しかし、例えゴーレム相手ですら切れ味は困ることが無くなりますが、これでは魔力の消費を考えるとあまり効率が良いとは言えませんね。私の補助もありマスターの消費効率は上がっておりますが……]


「まぁ、本来は刃の通らない相手が出て来た時の真言(ワード)だからなぁ。そこは今後の課題になるだろうし、帰ったら今日の儲けで高性能なヤッパも買っちゃおうか」


[えぇ、それを推奨致します。金や道具で解決可能なことは、其方でカタを着けるべきですので]


「元からケチるつもりなんてないし、明日明後日も無事に拝むためにもそうするよ」


 そんな言葉を交わしている内に、今いるフロアには生きた魔獣の姿は一匹たりとも存在しなくなっていた。

 加えて、動きの著しく鈍ったゴーレムからは、頭部を切開して魔導精霊の格納された頭脳部を取り出し、背にしたザックへと放り込んで往く。


 警備用の量産型とは言え、イヴからは動力部分もある程度の金になると聞かされていた。

 けれども、未だ持ち運ぶのに苦労するサイズの戦利品を持ち帰る為の脚を用意出来ていないこともあり、そちらは諦めることにした。


 ――そうして一しきり汗を流した後には、完全に動くものは居なくなった。

 生物無機物、問わず。


 それは、さて置き――。


[マスター、お伝えしたいことが御座います。先程ゴーレムの警備精霊に軽く触れたところ、店内の間取りを入手することが出来ました]


「へぇ、それは地図を探す手間が省けたってもんだ。何か、良さそうな所はある?」


[前時代の技術で劣化が防がれていた保存食は、如何やら残念なことに魔獣たちに大部分が荒らされてしまっているようですが、あちらの方に時計屋のテナントが入っております]


「時計って、物によっては結構な高級品じゃないっけ。一個一個、職人が手作りで造ってるんでしょ? やっぱ、そうなると高い物もありそうだね」


「旧時代には量産品として溢れておりましたが、それでも今では結構な価値になるでしょう」


 ――何より、と。

 イヴの話には続きがあり、それは中々に嬉しい報告だった。


[その時計屋には、ちょっとしたアクセサリーとジュエリーのショップも併設されているようです]


「宝石に装飾品!? ははっ、おいおい……こんな順調で良いのかよ。何か上手く行き過ぎて、ちょっと怖くなってきたわ」


[儲けと不運に因果関係は御座いませんよ。それに、こうした店の端に構えられている小さなテナントですので、専門店に比べれば大したことは無い物かと]


「いやいや! イヴの感覚ではそうなのかもしれないけど、俺からすればとんでもないお宝だよ」


 時計に装飾品に、極めつけは宝石と来たもんだ。

 ダヴィデの生において、まるで縁のなかった品々のオンパレードでは無かろうか。


 今までは、本当に食うに食わずで。

 生きる為の鍛錬と労働。あとは、将来立ち上がる為にと勉強だけに全てを費やしてきた。


 それが、今や。

 この発掘者稼業を始めた先で、こうして次から次に儲けが転がり来るのだから。

 行き過ぎた小心で無くとも、空恐ろしさを感じてしまうのは致し方のないことであった。


 とは言え、未だ荒野に佇んだ遺構の中故、敵の姿が見えずとも気を抜いても良い状況ではないだろう。

 したがって、ダヴィデはイヴの案内に沿って目的の店へと歩みを進めた。


「――へぇ。止まってはいるけど、時計が並んでる様は壮観だなぁ」


[大部分は其処までの価値は薄いですが、小型の腕に巻くタイプの時計を幾つか見繕って参りましょう。マスターの背嚢の容量も御座いますので、比較的価値の高い物を優先します。私が指定した物をお持ち帰り下さいませ]


「うん、俺はホントさっぱりだからね。目利きは全部、イヴに任せるよ」


[了解。マスターに損はさせませんので、ご安心を。精密なカラクリですので、乱暴に扱ってはなりませんよ]


 止まった針が潰えた栄華を彷彿とさせるように感じながらも、ダヴィデは相棒の声に従って注意しながらもザックの中へと仕舞い込んで往くことにしたのであった。

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