第十話 未知充ちて
「――さて、と。身体も休めたし、気分もリフレッシュ出来た。今日こそは、また仕事に取り掛かるからな」
[了解です、マスター。出来得る限り、サポートさせて頂きます]
昨日一日を使ってこの開拓都市の必要箇所を凡そ把握したダヴィデは、本日は再び遺構での発掘作業に精を出さんと宿を後にする。
行政地区や住宅街などは今の己には縁のない場所であるし、物騒な武器をぶら提げた小汚い荒くれ者がうろついていれば、すぐに衛兵が飛んでくるような場所である。
したがって、ダヴィデは日銭を稼いで成功者になることを夢見る発掘者らしく。
今日も今日とて、仕事に邁進するだけである。
[……俺も人様の事をとやかく言えるほど、全然お偉い身分でもないけどさ。コッチも見るからに、破落戸に毛が生えたようなので溢れているんだね]
[寧ろ、有事の際には魔獣とも戦う為の武器を以って徒党を組んで集う以上、路地裏で屯する与太者よりも危険度は上と言えるでしょう]
大型の酒場を横切る際にちらりと視線を向けてダヴィデが、顔には一切出さないままに内へと零すと――イヴもまた同じような解釈を寄越した。
あぁ、酒場に足を踏み入れたと言っても、別に朝から駄目人間よろしく酒をかっ食らいに来たわけではない。
昨日の散策にて、知った事だが。
こうした酒場においても、発掘者管理組合や傭兵派遣機関と提携をして、様々な仕事の斡旋を行っていると聞かされた為、組合事務所へと向かう途中に少しばかり覗いて見ただけである。
本日はまたしても遺構に挑戦する為、今度機会があれば其方も受けてみたいものだと思う。
兎にも角にも、別段のトラブルに遭遇することも無く事務所へと到着していた。
朝日が昇って幾許かした頃故、中には結構な人の姿で賑わいを見せている。
ガラの悪い男たちが其処らで睨み合い、怒らせた肩が擦っただけで罵声も飛び交う。
まるで、猿山だ。
――言葉が上品過ぎたのかもしれない。
賑わいと言うよりも、喧騒と表現するのが正確か。
但し、その程度の諍いでは組合の職員も動かず、一々衛兵が呼ばれることも無さそうであった。
限度はあるものの。どうせ荒くればかりなのだから、武器を抜かない限り放置しているのだろう。
職員側も、朝最早よから馬鹿共に神経を尖らせるほど暇では無いに違いない。
取り敢えずは、自分は自分でさっさと遺構へ潜る為の手続きを済ませるべきである。
そして一応、と――。
昨日潜った遺構について受付で尋ねてみるが、ダヴィデから提供された情報に対する調査をすべく、一般発掘者からの申請は一時的に遮断されてしまったとのことである。
あのような美味しい状態であったのは、流石に誰かしらが意図的に隠蔽していたとまでは思われていないようで。
まず偶然の産物であると管理組合の側でも見られているらしいが、念のためにとの調査なのだろう。
故に、実績を積んで発掘者として自治体や組合に貢献している者に、調査の依頼が出されたとの話であった。
発見者たるダヴィデとしては、ボーナスタイムをみすみす逃したようなものだが、昨日の時点である程度は予想していたことにより気持ちの割り切りは済んでいた。
[まぁ、そんな所に落ち着くよな。次に解放されたときに何がどれだけ残ってるかは解らんが、ひよっこの成果としては充分だと納得しているさ]
[私を手に入れられた時点で、あの施設に存在するその他の全てを放棄してもお釣りが来る程であると云うことを――これから証明させて頂きますので、マスターはどうぞご安心下さい]
[勿論、解ってるよ。折角、二度と無いような幸運を引いたんだ。あとは、地道に進むだけだ]
焦りも無く、無駄に引き摺るつもりも無い。
それよりも、駆け出しにとって大事なのは目の前で掴める仕事なのだ。
汗臭い人混みに流されないように掻き分けながら、手早く手続きを済ませて指定された停留所へと向かうのだ。
一度仕組みを経験すれば、あとは同じようなものである。
今日もまた、小汚い男たちと犇めく様にしながらも、車輪のゴーレムの背に乗って、ダヴィデは遺構へと運ばれて行った。
[――ボケっとしてるんのもアレだし、イヴの知ってる昔の事教えてよ。どんな知識でも良いからさ]
[畏まりました。では、まず初めにマスターも魔術を扱われますが、太古に存在した超能力という脳の一部が変異することによって――]
そんなこんなで。
イヴとの会話で時間を潰しながら乗っていると、気が付けば目的地へと到着していた。
今回の宝島は、事前情報によれば大型の商業施設に分類される遺構らしい。
ダヴィデの故郷や――それこそ、開拓都市アブサンにもこれ程の店舗は存在していないだろう。
大型の作業用ゴーレムの専門店であったとしても、これほどのサイズは見たことが無い。
イヴ曰く、中には様々な種類の店が入っている複合施設と呼称されるものであるとのことだった。
例えるならば、市場をごっそり箱の中に詰め込んだようなものであろうか。
[このサイズで在れば、ショッピングモールでもデパートでも無く。精々、階建てのスーパーマーケットと言った所でしょうね]
ダヴィデからすれば、モールだとかデパートだとか、スーパーだとか言われても微塵もピンと来ないのだが、彼女にとってはそれほど大仰な代物ではないとのことなのだろう。
いずれにせよ、此処から先は何が待ち受けているか解らない敵地も同然である。
イヴが憑いているとは言え、生身のダヴィデとしては決して油断ならない領域なのだ。
外観は数階建ての大きな大きな箱の様な施設なのだが、その外壁は所々が崩れ、経年による劣化の跡が見受けられる。
何時から建っているのか知らないが、長い年月により状態保護を行う為の機能が朽ちて来ているのだと聞かされた。
古代の文明は現在よりも遥かに栄華を誇ったというが、それも目の前の姿を見れば、改めて永遠など無いと理解させれる。
[……良しっ! じゃあ、今日のお宝探索に乗り込むか。サポートも頼むよ、イヴ]
[準備は万全です、マスター。貴方様のお心の儘に――]
自分たちを置いて遠ざかった車両を尻目に。
ダヴィデは頼もしくもある己の心の同居人を伴って、未知なる遺構へと足を踏み入れたのであった。




