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序章

 何時か迫り来る、修羅の最中で――。


「――ッ! 本当にあいつら、イカれてんのか!? 戦争でもあるまいし、一般人相手にあんなオモチャ持ち出すかよッ!」


 思わず悪態を吐いてしまったが、だからと言って敵の猛攻が収まる訳でもない。

 故に今すべきことは、何時も通り冷静さを()って対処し続けるだけであった。


 目の前に飛び交うのは、飛行する軍用ゴーレムから雨(あられ)と降り注ぐ隕石のような爆撃の数々。

 まともに当たれば、生身の人間など纏めて粉微塵になるだろう。


 それどころか。

 例え頑丈な建造物の中に避難していたとしても、直ぐに屋根諸共瓦礫(がれき)()すに違いない。


[問題ありません、マスター。此方の機体もスペックは引けを取りませんし、何よりこの私が居ります故]


 鼓膜を震えさせずに、午後のティータイムと変わらぬような落ち着いた声が届き来る。

 あぁ、これも常に何時(いつ)もの事だ。


 相棒曰く。

 如何どうやらあの飛来物一発一発には、大層な魔術式が練り込んであるらしい。


「で――具体的には、着弾したらどうなるんだよ。油を巻いたところに刺さった火矢みたいに、辺り一面ローストされるのか?」


[――否定。その前に業火と共に炸裂し、爆風と破片で周囲の地形ごと吹き飛ばすでしょう]


 では、益々(ますます)

 黙って指を咥えて、見ている訳にはいかないな。


 荒野とはいえ、街道のあちこちがクレータで穿(ほじく)られる以上に。

 後ろに着いて来ているその他大勢も、纏めて(ちり)になってしまいそうだ。


「俺のゴーレムの性能を信じて、さっさと処理するするしか無さそうだ」


[私のサポートも御座いますので、大船に乗ったつもりでいらしてくださいませ]


「ナメ腐ってるヤツらに、一泡吹かせてやろうぜ! 増幅(アンプ)……鋭敏(キーン)……掌握(スィズ)……!」


 蓄えた魔力を己の精神で練り上げて、力ある言の葉を編み出した真言により――己の感覚が高速回転する思考と共に研ぎ澄まされ、超人染みた反射速度を生み出すのだ。

 己の心身を不当に摩耗させる違法薬物などに頼らずとも、否、それ以上の恩恵をもたらす秘すべき力――魔術の真価。


 頼もしくもある、一心同体の相棒の声を聞きながら。

 搭乗している魔導機体の操縦桿を握り締め――熱と鋼の嵐の中へと、身を投じるのであった。


 ――そう遠くない、未来の一幕。


        *


「――こんなんじゃ、何時まで経っても楽にならないな」


 日暮れとなり、日雇い仕事を終えた後、無意識の内にそんな台詞を呟いていた。

 学の無い孤児上がりに出来ることと言えば、農奴の真似事か、もしくはこのような過酷な肉体労働のみだろう。


 それにしたところで、普通に契約を交わして就労している者達と比べれば、やはり身元の証明も碌すっぽ出来ない身としては、買い叩かれているのが関の山。

 事実、共に周りで街の外壁を積み上げる重労働に勤しんでいた煤けた顔の男たちも、その日暮らしが精々の安い賃金で扱き使われている様であった。


 家畜の餌のように味気無い飯を食い、辛うじて甘露凌げる程度の雑魚寝の大部屋で横になれば、後はほとんど残らない。

 それでも無理くりに切り詰めて、呑む打つ買うに精を出すのが、明日の知れぬ大部分の労働者たちにとっての慰めなのだ。


 味など解らぬ、薄い酒。

 サマを見抜けぬ、怪しい博打。

 とどのつまりは、襟元が汚れ垢の上に化粧をしたような売女とねんごろ。


 普通に考えれば、銭を払う事すら躊躇われるようなものですら、底辺を這う男たちにとっては明日を生きる為の活力に繋がるという。

 ――言わずもがな。

 学の無い己でも判るようなことに、ダヴィデはそのような銭を費やしたことなど皆無であったが。


 日銭を受け取るや否や。

 貧民御用達の場末の歓楽街へと吸い込まれる同業者を尻目に、こうした嗜みに心血を注がないダヴィデはさっさと食堂へと向かい夕飯を掻き込んだ。


 安賃金の友たるディナーメニューだ。

 パンにスープ、それにおかずが一品ついてのお値打ち価格。こんなオンボロ食堂でなければ、中々お目に掛ることも無い料金設定。

 原材料など知る由も無いが、取り敢えず腹が満たされるのであればそれで良し。

 直ちに健康被害が無いのであれば目を瞑る他無い上に、何より此方からは早々選べるようなご身分でも無い。

 味は最低限と言ったところだが、これで明日も如何にか朝から働くことが出来るだろう。


 兎にも角にも、腹へと詰め込むだけ詰め込んだら、後はさっさと床に就くだけの生活だ。

 無論、宿も大部屋ともなれば、寝ている間も油断は出来ない。

 枕元に荷物を置いていたところで、起きた時には盗まれているなどザラにある話であった。


 宿とは言え、軒下よりはマシ程度の大部屋で在れば、其処で起こることは自己責任と云うのが暗黙の了解となっている。

 仮に何かトラブルが起きた所で個室の利用客以外に対しては、安宿の管理側からの介入は期待できたものでは無い。


 故に。

 一切の娯楽に手を出さないダヴィデは、幾ら低賃金であろうとも、確かに他の同業者たちよりは銭を持っていると言えるだろう。

 実際、呑む打つ買うを行わない己を、(さなが)ら都合の良い貯金箱として絡んできた不届き者も過去には居たが――大勢の前で手酷く返り討ちにしてやれば、翌日からは誰一人ダヴィデに集る事は無いのであった。


 それどころか。

 ガキだと舐め腐り――二、三の舎弟を引き連れて来た筈の与太者は、残らず小汚い床に転がった。

 手足が可笑しな方へと捻じ曲がったり、臓の腑を痛めて吐血したりしていたが、自業自得で知ったことでは無い。

 そして、狩人気取りの悪漢たちは、動けなくなった所を他の大部屋の利用者たちに貪られていたというのは、最早言うまでも無い話であろう。


 その甲斐があったか如何かは知らないが、それ以来ダヴィデはこんな糞溜めであろうとも、意外と安眠することが出来ているのであった。


 が、しかしながら。

 やはり如何して、何時までもこんな生活など続けて往くわけにはいかないのだ。


 身体を壊せば働けなくなるし、そうなると明日の屋根も知れぬ窮地へ立たされる羽目に陥る。

 今はまだ十代と若いから良いものの、このような生活が何時までも続けられるわけがない。


 そも、こんな最底辺をほっつきまわる人生など、ダヴィデにとっても御免なのだ。

 生まれこそは自分で選べずとも、生きる以上、より良い道を歩みたいものである。


 となれば、単純な話だが、もっと実入りの良い仕事に就けば良い。

 バックボーンがスラム生まれの己としては、コネや経歴に誇れるところは微塵も無い。


 読み書き計算は、運良く幼少期に浮浪者の爺様から会得することが出来た為、捨てられた本や新聞を拾って勉強することくらいはしてきたものだ。

 つまりは、自分で言うのもなんだが、身分の保証という面さえクリアすれば、きっと何処でも働いて往ける自信はある。

 ――問題は、その身分の保証という点がネックになっているのだが。


 そう考えると、後はもう危険は承知で実力で銭を稼ぐしかない。

 犯罪行為はリスクが多きことを(かんが)みると、自然と選択肢は限られてくる。


 今まで通りの日雇いでは、訪れる未来など仄暗く知れてる。

 其れ故に、自身の力量で銭を生む傭兵か――もしくは、過去の文明の残り香たる遺構を探索して物資を持ち帰る発掘者あたりであろう。

 その二つで在れば、常に殺し殺されの中に身を置かねば銭にならない傭兵よりは、上手いこと潜れば衝突無しで金を稼げるかもしれない発掘者の方がマシであると言えようか。


 無論、どちらにしたって成功の保障など無いし、何より互いに命の危機も少なくは無い職種である。

 ――が、どうせ無茶をしてくたばるのであれば、それまでにデカイ銭の一つくらいは掴みたいものである。

 真っ当な人間が食べる本物(・・)のメシの味くらい、死ぬまでに腹いっぱい楽しみたい。


「……発掘者で決まりだな」


 誰に聞かせるでも無く。

 されど、確固たる決定の意志を抱いて。


 善は急げ。拙速は巧遅に勝る――なんて。

 宿へと戻る前に、今迄に貯めに貯めて下着の中に隠してある銭を軍資金にして。

 明日からの計画を、改めて頭の中で練りながら歩き始めるのであった。


 ――取り敢えず。

 今日くらいは、個室でゆっくり床に就こう。なんて。

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