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懲りない女・シロとクロの受難

作者: 秋島保

猫好きの女がいた。


 都心のマンションで一人暮らしをしている30代独身のOLだ。彼女はいつも仕事の憂さを家に持ち帰っては、二匹の愛猫たちに襲い掛かるのが日課と化していた。そのさまはけだものもびっくりという狂乱ぶりで、まさにセクハラ三昧のご乱行。


 そんな女があるときこんな夢をみた。夢の中で目が覚めると、目の前に二匹の巨大なネコがいて、あおむけの彼女をぞきこんでいるのだ。


クロとシロ。女の飼っている愛猫で、黒い方がクロ、白いのがシロ。実にわかりやすいネーミングセンスだが、そんなネコたちを見つめながら女はかすんだ頭で寝るまえに飲んだ酒の量を思い返していた。


 それにしてもまたずいぶんと育っちゃったわねぇ、と女はつぶやいた。いま目の前にいるクロとシロの体長は彼女の背丈の何倍もあるように見える。まともに考えれば化け猫の類であったが、これは夢なんだからと女は楽観的にとらえていた。むしろ大きくなった分だけ普段の何倍も()()()()()()()()ネコ絨毯にちがいないなどというポジティブすぎる考えに女の目は邪な願望でみたされた。


 しかし女はまだ気づいていなかった。二匹の猫たちが自分よりはるかに巨大化してしまったこの状況がなにを意味するのか...そう、力関係は完全に逆転しているのだ。


 こんなひどい夢にとりのこされた私を癒すのよ、とあいかわらず霞みがかった脳みそで女は目の前に鎮座するクロの胸の中へとダイブした。


 私の可愛い愛猫たちが自分の抱擁を拒むなどありえない、いや許さない――そんな傲慢なお花畑女を突き放すように黒い稲妻が炸裂する。


ベシッ げふっ


 黒くしなやかな前脚が女の顔面を真正面から迎え入れ、彼女はきりもみしながら地にふした。夢の中でも鼻血はでるものなのだと、やはりお花畑な考えが女の頭をよぎる。


 クロちゃんひどいよ、と絵に描いたようなシナをつくった女はおもむろに立ちあがるとクロに背を向けた。


 そして今度はシロに狙いをさだめると三段跳びの要領でその脇腹へとダイブを敢行、白い後ろ脚がものの見事に女を撃墜する。彼女はきれいな放物線を描いてクロとシロの視界のすみへと転がる羽目になった。


「ほんと懲りない女さねぇ」

 口を開いたのはシロだった。シロはやれやれといった風に振るった後ろ足を収めると毛づくろいを始めた。

「でも姐さん、あいつ起きてこないですぜ」

 鼻血をたらして遠くに倒れている女が少々不憫に思えてきたクロが白猫の方を向く。するとシロは流し目で倒れた女の方を見ながら、弟分の耳の後ろあたりにかるくパンチをお見舞いした。

「甘い! いったい何度こんな茶番をくりかえしてると思ってるんだい、お前」


 シロは立ち上がると前脚をピンと突っ張りだして大きく伸びをした。

「さぁ、また来るよ。あの女...」


 白猫の指摘通り、倒れていたはずの女がいつの間にか立ち上がっていた。ユラリユラリ。女は上体を不気味にゆらしながら、まるでゾンビ映画の開幕だと言わんばかりに二匹の巨大猫へとにじり寄ってくる。心なしか微笑んでいるようにみえるその口元などまさにホラーの極みだ。


「まったく、あの根性だけは認めてやるよ」

「姐さん、あれコワイ...」


 何度も同じような夢の時間を繰り返しながらも百戦百勝の猫たちであったが、目の前の女は幾度阻まれようとも決してあきらめようとはしない、もとい学習しないアホなのだ。


「泣き言なんか聞きたかないねぇ。無事にお天道様拝みたけりゃ、腹ぁくくるんだよ!」

シロはそういうと全身の毛を逆立てた。


 今夜も二匹と一人の不毛な闘争が幕を開け、頭上高くの虚空に浮かびあがった時計の長針がカチリと進む。夜があけるまでにはまだ随分と時がありそうだ。




――― AM6:29 ―――


 目覚ましのなる少し前。女は無意識に腕をのばすと、時計のベルの間に指を挟み込んだ。少し遅れて目覚ましのハンマーがベルを叩こうとするが不発におわる。女は寝ぼけ眼で時計のアラームを切り、顔をあらいにバスルームへと入っていった。


 シャワーで髪を洗い終え、厚手のタオルでぬれた頭髪をぬぐいながら洗面台に置いたコップの水を軽くふくんでうがいを済ませる。するとなんの前触れもなしに鼻からツーと赤い筋が口元まで伸びてきた。


 女はあわてて紙タオルを数枚手に取ると鼻頭をぬぐい、ゴワゴワの紙をまるめて鼻孔に栓をした。なんで鼻血? 女は訳が分からぬと小首をかしげてみるが、一向に思い当たる節がないので考えるのをやめた。


 ふと鏡をみると目の下にみごとなクマ。どうもこのところ疲れがぬけない。はっきりと覚えてはいないが夕べもまたひどい夢を見ていた気がする。最近仕事が忙しいせいか、あるいは職場の人間関係でストレスがたまっているのだろう。


 女はそんなことを考えながら寝室に戻ると、ベットのすみで川の字になって眠る二匹の愛猫たちの姿が目が留まる。


おぉ、クロにシロ

これから仕事のワタシを誘惑しないでぇ モフモフモフモフ...


 女は猫たちの間に顔面をダイブさせると、眠っている猫たちを抱え込むように腕をひろげて意味不明な雄たけびをあげた。




――― AM7:30 ―――


「嗚呼、たまらん...」


 女はその一言を最後に猫たちを解放すると、玄関のドアから出ていった。ベットの上に取り残された二匹の猫は主のいなくなった静かな部屋の中で怪しげな視線をかわした。




――― 懲りない女・シロとクロの受難 終 ―――


本文はカクヨムで公開中の短編「秋島短編夜話」より抜粋したものとなります

普段はカクヨムの方で活動してますが、たまにこちらにも顔だしてます


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