第四章 騎士団~剣技と魔法と城塞~
第四章 騎士団~剣技と魔法と城塞~
「ケルベロスだ。...しかも複数いる」
セラフィム・ヴァン・ワルキューレの真剣な声が告げる。
その声から危険な状況である事を感じた。
ギルルルル...。
鳴き声の様な呻き声の様なものがあちこちから聞こえる。
暗い闇の中の樹木の隙間から。赤い光が幾つも見えて。
ガサガサと。草木を揺らす音が聞こえて。
『ケルベロス』が一匹、また一匹...姿を現す。
そのケルベロスと呼ばれた魔物は。
犬の容姿によく似ていた。いや、狼の方が近いか。
しかし体長はそれより大きく。三メートル以上はあるのではないか。
全身を覆う毛は真っ黒で。艶は無く、硬そうな毛質に見える。
長くて太い尻尾も。同じ様な毛質で膨れ上がり。かなり忙しなく振られている。
大きな耳が小刻みにピクピクして。
口からは何本もの鋭い牙が覗き。口角からボタボタ唾液が垂れて。
眼は赤黒く光り、不気味な輝きでこちらを見ていた。
そんな狂暴そうなケルベロスという魔物が。目に見えるだけで十匹以上...。
恐らくまだ後ろの闇にもいるだろう。赤い光がチラチラ見える。
「うっわー、マジか...。何でケルベロスがこんな所にいるんだよ?」
「随分と遠くまで『遠征』に来ましたねー」
「しかもどんだけ連れ立って来てんだって話だな」
どうやらケルベロスの縄張りは、ここから離れた所らしい。
騎士団の皆さんも想定外の魔物の登場に驚いているようだ。
「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと殺るぞ」
通称『イカレた戦闘狂』が。先陣を切って剣を振り翳しながらケルベロスに突っ込んで行く。
そして。その手にした剣からバチバチと激しい点滅が起こり。剣の刃が眩しい程の光を纏った。
...雷の『天恵魔法』だ!!
初めて目にした、その眩しい雷魔法は。
剣の刃に螺旋状に巻き付くように。更に剣先からもバチバチと音を立て伸びていた。
その雷の剣が。飛び掛かって来たケルベロスの腹部から上に振り上げられて。
赤ではなく、黒っぽい血が。勢いよく飛び散る。
切られたケルベロスが後ろに吹っ飛んだ。...が、また起き上がった!
「まあ確かに文句言ってる暇はなさそうだな」
バルドルさん、リウェルトさん、ゼタルさん。三人の天恵魔法使いが。セラフィムと同じ様に剣に魔法を纏わせる。
ゼタルさんが雷で。バルドルさんとリウェルトさんは...。白い竜巻の様な渦は風魔法だろうか?
風魔法も雷魔法同様。剣の刃に巻き付くようにうねりを上げている。
三人もケルベロスに向かって行った。
セラフィムと合わせて四人。
護身魔法使いのサクルクさんと私を中心に四方に位置し。ケルベロスに対峙する。
ケルベロスはかなり強敵のようで。一撃程度ではやられず。吹っ飛ばされても起き上がって、また向かって来る。
確かにこれまで遭遇した魔物とは違って。こうやって『天恵魔法』を使っているのが何よりの証拠だろう。
本当に今まで通って来たルートは安全で。そして出会った魔物はどれほど弱い魔物だったか。ここにきて、嫌という程痛感した。
セラフィムの攻撃で。ケルベロスの体が黒い霧の様に散霧していくのを見た。
魔物は最後、あの様に霧状になって散って逝くらしい...。
私は。初めて見る、この魔物との交戦をボンヤリ見ていた。
魔物は数回見ているが。このケルベロスとは全くレベルは違って。
確かに恐ろしくて心臓はバクバク早鐘を打っているけど。
それとはまた違った...この『天恵魔法』の凄さに目を奪われている、それが一番大きいかもしれない。
そしてこの四人の天恵魔法使いの剣技の素晴らしさ...。見惚れてる場合ではないのだけど。とにかく芸術的と言っていい剣捌きなのだ。
そしてやはり。セラフィムはその中でも群を抜いて凄かった...流石主人公。
剣先から放たれる雷や、鋭い飛び道具の様な風が。ケルベロスの体や周辺の樹木を切っていく。
その一撃の度に。黒っぽい血が飛び散った。
ケルベロスは一体何匹いるのだろうと思う程。
次から次へと四人に襲い掛かって来る。
一人に何匹も向かって来るので。皆、攻撃を躱しながら応戦しているが。流石に避け切れない攻撃もあり。
その傷を、サクルクさんが行ったり来たりしながら護身魔法で治療している。
雷のドオオンッという耳を貫く雷鳴と。
風のビュウウッという空を切る音。
そして剣が振り下ろされる鋭く重みのある空振が。
何度も樹海内に鳴り響いて。
ケルベロスは確かにかなりの強敵のようではあるが。四人は、一撃一撃を繰り返して。
徐々に、しかし確実に数を減らしていった。
「っ...いってえなっ!!」
ケルベロスの鋭い爪が。ゼタルさんの左腕を抉った。
サクルクさんが大急ぎでゼタルさんの元に向かう。
「結構エグイね! ゼタルさん腕を...」
サクルクさんがゼタルさんの腕に触れようとした時。
「ッ、...クウッ...!!」
リウェルトさんの呻きが聞こえる。
ケルベロスがリウェルトさんの右手首に齧りついていた!
左腕に持ち替えた剣でケルベロスを振り払うも。右手首からは大量の血が溢れている。
サクルクさんはゼタルさんの側にいて。ゼタルさんとリウェルトさんは対角に位置し、最も距離がある。
そうしてる間にも。別のケルベロスがリウェルトさんに襲い掛かる...。
「リウェルトッ...!!」
セラフィムの声が聞こえたが。自身に向かって来るケルベロスを相手にして。到底間に合わない。
もちろん他の皆さんだってそうだ。
......そうなったら...。
ここまでの交戦中も。色々思う事はあった。
自分だけ守って貰っていていいのかな、って。
初めて感じた「魔物と戦う」という騎士団の重責。
今まで知らなかった世界を知って。
もちろん自分に出来る事なんて。大した事じゃない。
でも。
出来る事をやらないのは。ズルいな、って。
要らない、そう拒否されるなら仕方ないかもしれないけど。
でも。
自分の気持ちが。やらなくちゃ! そう言ってるから。
私は。そんな背中を押してあげられる「先生」になりたかったし。
私自身も。自分の背中を押してあげたいから...。
「リウェルトさんっ! 手を貸して下さいっ!!」
リウェルトさんに駆け寄って。
「! アリスさんっ、危ないですからっ...!!」
素早く右手を掴み。急いで魔法を使って。その傷を治療する。
結構深く...下手をしたら引き千切られてたかもしれない位、怪我は酷かったけど。無事に治療が完了して。私は再び内側に戻る。
一瞬だけ。皆さんは驚愕の表情を浮かべたけど。
直ぐに目の前の事態に意識を戻して。ケルベロスに対峙する。
私は。自分の取った行動に。今更ながらドキドキして。
心拍数は跳ね上がるし。身体は震えるし。
だけど後悔はなく。無事に治療出来た事に安堵した。
私の動揺が治まる頃には。
全てのケルベロスは黒い霧と化し。交戦は終了した。
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周囲は。暴れ回ったケルベロスと。騎士団四人衆のせいで。
木は倒れているわ、切られた枝は散らかっているわ、草は一掃されているわ。地面もボコボコに抉られてるわで...。
どんな災害があった? と思うような悲惨な状態で。
木や草の匂いに。土の匂いに。ついでに腐敗臭まで漂っていて。
騎士団の皆さんは、交戦でボロボロの身なりになっていたが。身体はこのまま動ける状態だった事もあり。
とりあえずこの場を早々に離れる事になった。
まだ暗い樹海を移動しながら。
「アリスさんて『護身魔法』が使えたんですねー!」
バルドルさんが。交戦後とは思えない位、明るく元気に話し掛けてくる。
「...ええ、まあ...。隠していてすいません...」
内心ビクビクしながら答える。
「いやいや、気にしないで下さい! 魔法の事は他国の人間に、簡単には話したくないでしょうからね!」
...一先ず...怒ってはいない、かな?
「それにしてもいい腕ですよ。あの短時間でこれだけしっかり治療出来るなんて」
リウェルトさんが。治療した右手首を振りながら言う。
「確かに! 手首ブラブラしてたもんな!」
「あのままだったら速攻でケルベロスに襲われてただろし」
「リウェルト自身がグチャグチャになってたかもなー!」
「そこまでいくと、上手く治療出来ないかもしれませんよ? 半グチャ位で生きていく事になったかも」
「半グチャは嫌だな...」
「いっその事グチャグチャのままの方がいいかもな!」
笑いながら。中々にエグイ話をしている...。
深く追求されなくて。ホッとしていた私を。鋭い紫眼が睨んでいた。
セラフィムも、制服は傷だらけで。アイスシルバーの髪に何やら黒い物も付いているし。結構酷い格好だった。
「...あの...勝手に余計な事をして...すいませんでした...」
ビビりながら小さな声で謝る。
「...いや。助かった」
そう思ってるとは感じられない表情をしてる戦闘狂さん。
少し開けた場所に出たので。
皆さんは水魔法を使って身繕いする。
「樹海の中での戦闘は、大体雷か風を使うんですよ。火だと樹木に燃え移ると面倒だし、水を使うと足場が悪くなるしね」
水魔法で手を洗いながらバルドルさんが解説してくれた。
なるほど。色々考えて戦ってるんですね。
「ヴァンは荒らしまくって困るんですけどね~」
『ヴァン』とはセラフィムの事だ。騎士団ではそう呼ばれているらしい。
...そう言えば。私、名前とかで呼んだ事ないかも...。
私も呼ばれるのは「おい」とかだし。返事は「ああ」だし。
まあ、そんな程度の関係性だったから。今更別にいいんだけど。
「まだ夜は明けていないけど、残りは大した距離じゃないし、このまま進むか」
そうして。また暗い樹海を移動し始めた。
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それから半日少し掛けて。日が沈んだ頃。ついに樹海の外に辿り着いた!
「皆さんには大変お世話になりました! ありがとうございました!」
私は万遍の笑みで騎士団の皆さんにお礼を言った。
これでやっと別れられる!
「どんでもない! これも仕事だからね」
「予想外の事もあったが、無事に出られてよかったよ」
「アリスさんには助けられました。こちらこそ、ありがとうございました」
「いえ! 元々は私のせいで余計なお仕事をさせてしまったんですから。ここまで本当にありがとうございました。それでは私はここで...」
「アリスさんはこれからどちらに?」
早々に離れようとしたら。バルドルさんに問われる。
「えっと...どこか町で一泊して。明日ヘイムダルに向かいます」
「そう言えば。アリスさんって荷物はどうしたんですか? それに靴も...」
元々荷物は無かったんだけど。旅の途中なのに手ブラっておかしいか。
「...えっと。森に入って魔物にビックリして落としちゃいました...靴も...」
「それは災難でしたね。今まで気づかず失礼しました」
騎士団の人って結構親切だよね。もう関係ないけど。
「いえいえ! 全く! 全く問題ありませんので! ...では私はこれで...」
「ここから町まで、まだ距離がありますよ? もう暗くなってしまったし」
「いえいえ! 全く! 全く問題ありません!」
「でしたら町までお送りしますよ」
「いえいえ! 全く! 問題ありませんので! お気遣いなく!」
もう早く別れたいんです! お気持ちだけ頂きます!
「でも女性を一人で......あ! そうだ!」
バルドルさんが、閃いた! みたいに手を打った。
...え、ヤダ、何...? 不安が脳裏を過ぎる...。
「直ぐ近くのヴァンの家の別荘が俺達騎士団のねぐらなんです! アリスさんも今日はそこに泊まりませんか?」
はあああああっ?!
この方は何を言ってるんでしょうかっ?!
とんでも発言に。開いた口が塞がらない。パクパクしてしまう。
「なるほど。それは名案ですね」
「疲れてるでしょうし、そうしましょう、アリスさん!」
「副団長のウチ、金持ちだから気にしなくて大丈夫ですよ」
他の皆さんまで何を言うんですかあっ!
「いえいえ! そんな訳には参りません!」
「あ、そこには女性のメイドさんもいますから。安心して下さい!」
あなた方と一緒なのが安心出来ないんです!
「これ以上ご迷惑を掛ける訳には参りませんっ!」
「全然迷惑なんかじゃありませんよー。なあ、ヴァン?」
この騒ぎを傍観していたセラフィムは。はあああああっ...と溜息を吐き。
「...行くぞ」
踵を返して。さっさと歩いて行く。
「さ! 行きましょう、アリスさん!」
「え...いや...副団長さん...怒ってません?」
「アイツはいつもあんな感じなんで気にしないで下さい! じゃあ行きましょう!」
バルドルさんとゼタルさんに。グイグイ背中を押されて誘導されてしまう。屈強な男性(特にゼタルさん)の力は、無理矢理感は無いけど押し退ける事も敵わず。
...これって拉致にならない? 悪意は感じないけど。
騎士団の人って面倒見がいいの? お節介なの? 親切なの? 道端の物を何でも拾って来ちゃうお馬鹿さんなの?
「いえっ...あのっ...本当に結構で...っ」
「いやー、マジで今回は大変だったなー」
「とにかく腹が減ってしょうがないな!」
「やっとまともに寝れますね」
それでも抵抗を試みる私の声は。皆さんの会話にアッサリ搔き消され。
ドンドンと行きたくない方へと連れて行かれてしまった...。
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そこから十数分の場所に。『ワルキューレ公爵家モリガン別荘』はあり。
ドドンと構えられた屋敷は。貴族の豪華な屋敷とも、優美な邸宅とも違い。
三階建ての四角い建物は至ってシンプルで。寧ろ...要塞とか監獄とか...そんな雰囲気を漂わせている。
実は。ここには以前来た事があって。
十歳位の頃かな? 王都のワルキューレ公爵家にセラフィムとの歓談の約束の為に訪れていた時。
早々に訓練に行くと離席しようとしていたセラフィムに、父親のゼルク公爵閣下が。
「だったらアリアドネも連れて行って見せてあげろ!」
などと。笑いながらお節介な事を仰って。
渋るセラフィムと、私を半ば強引に馬車に押し込み。
それから馬車は、途中馬を替える休息以外は休みなく一日半走り続け。そもそもそんな遠いとも聞いていないし。
車中も。不機嫌なセラフィムは人形の様に動かず喋らず。私は自身のその時の心境は分からないのだが。食事も仮眠も取れず震えていたので。絶対当時のアリアドネは、恐怖で怯えて不安で泣きそうだったはずだ。
こっそり魔法で体力を回復していたが。最終的にはフラフラで到着したのが。ここ、モリガンの別荘だった。
着いたら着いたで。セラフィムは速攻いなくなり。私も倒れるように用意された部屋で眠って。翌日一人で王都にトンボ帰りした。到着後はセラフィムと一目も会わず...。全く何の為に連れて来られたのかも、今考えてみても理解出来ない...。
そして当然いい思い出とはなっていない。
その時にもこの別荘を見て「ここで殺されるのでは...?」と怯えたであろう事は容易に推察出来る位、記憶の映像でもこの別荘は華やかさも煌びやかさもなかった。それはまあいいんだけど。
そうか。ここは騎士団の詰所みたいなものだったのか。だから華美な建物じゃなかったのね。納得です。
そんな風に。苦行な悪夢の思い出と。合点がいった理由を考えていたら。
いつの間にか別荘の中に連れ込まれていた。
内装も至ってシンプルで。無駄な装飾や置物も無く。ここにも全く、如何にも貴族の別荘感は無かった。
内装については。あの子供の時の思い出の映像にも全く残ってない。それどころではなかったとしか考え付かない。
「さあさあ、アリスさん。遠慮なく中へどうぞ!」
バルドルさんが我が家の様に私を連れ立って奥へ進む。
他の皆さんは、ワイワイ話しながら何処かへ消えて行った。
流石にここまで来てしまったら...私も諦めざるを得なかった。
大人しく今夜一晩だけお世話になろう...。
「おおい! ちょっといいかな?」
「あら、バルドル様。お帰りで...」
厨房の中で固まって話していたメイドさんの一人が、厨房の入口に顔を覗かせたバルドルさんに声を掛け。
連れられている横の私に目を向けた。
「まあ! 女性のお客様ですか? お珍しい!」
「ちょっと色々あってさー。悪いんだけど、彼女の事をお願いしていい?」
メイドさん二人がこちらに駆け寄って来た。
「あらあら! どうしてこんなに汚れていらっしゃるの?」
「バルドル様! 一体この方に何をっ...」
「ちょっと待って! それは誤解だから! 説明するって!」
メイドさん達に避難の目を向けられたバルドルさんが。慌てて経緯を説明する。
「ええっ? タルタロスの樹海にっ?!」
「よく無事でいらっしゃったわね!」
目を丸くするメイドさん。まあそうですよね...。
「そういう訳なんで。彼女...アリスさんの事お願い出来る?」
「はい! お任せ下さい!」
メイドさんが笑顔で請け負うと。
「よろしくね! 俺も着替えたりするから、これで。アリスさん、また後で!」
バルドルさんは手を振りながら去って行く。
ホント面倒見のいい人だった。クラスに絶対一人はいる、明るくてムードメーカーで頼りになるタイプの人。ここでも絶対そんな立ち位置なんだろうなあ。
後姿を見送りつつ。そんな感想を思っていると。
「さあ! じゃあ、アリスさん!」
「まずはさっぱりしましょうか!」
メイドさん二人に両方から腕を掴まれ。ズルズルと引っ張って行かれる。
二階の客室らしい一室に連れ込まれて。更に浴室に押し込まれた。
一先ず、身体をお湯で洗い流すと。久しぶりの入浴はとても気持ち良かった。
私は着替えも何も持っていなかったので。樹海で無くした設定になってるから。
二人のメイドさん...黒髪のイシスさんと、金髪のコティさん...が。用意してくれて。
メイドさんのお仕着せかなーと思っていたが。
何やら可愛らしいワンピースで。イシスさんの私物だそうだ。
「そんな...申し訳ないですっ!」
当然固辞したのだけど。
「全然です! 女性のお客様なんて来ないから嬉しくって!」
「是非是非お世話させて下さーい!」
嬉々とする二人に押し切られて。ついでに肌やら髪やらのお手入れまでしてくれて。
「ここって男性ばかりで。華やかさってものが全くないんですよ!」
「出入りするのは騎士団の厳つい騎士ばかりだし」
「...でも。騎士団にだって素敵な方はいらっしゃるでしょう?」
見目良しだけなら幾らでもいる。セラフィムとか。弟のアナトはイケメンだし性格も優しいし。バルドルさんだって。
「騎士団なんて魔物相手にしてる方達なんてごめんです! 私はもっと気品のある紳士が好きなんです!」
「見た目が良くても性格に問題がある方ばかりなんですから! 鑑賞する気にもなりません! 特に副団長様は...睨まれるし、返事も頷くだけとかで近付きたくもありません!」
...ここでもそんな感じですか。
...あっ!
「あっ...あのっ! 団長の公爵閣下は...今ここに...」
公爵閣下もあまり王都にはいらっしゃらない方だ。もしここに居たら挨拶とかさせられたりしないだろうか...。
それはかなり...マズい! そう思って顔が青ざめる。
「公爵様は王都ですよ。ここ最近はこちらにはいらしてません。だから気を楽にされて大丈夫ですよ!」
そうか、居ないのか。心の中で安堵の溜息を漏らす。
アナトも居ないのかな? でも次男の事とか私が知ってるのはおかしいか。
...ちょっと状況を探ってみようか。
「そうなんですね。...最近いらっしゃらないって、お忙しいのですか? ...何かあったとか...?」
「...公爵家の方で何やらあったようで...。今こちらには副団長様がいらっしゃるだけです」
セラフィムだけって事はアナトは居ないって事よね。
それと...。
「...そう、なんですね...」
公爵家で何やら...もしかして...《アリアドネ》の事だろうか?
「...副団長さんはご結婚とかはされてるんですか?」
「いえまだ...ご婚約者様はいらっしゃいますけど」
《アリアドネ》はまだ婚約者扱いなのか?
今日の日付を訊ねてみたら。《アリアドネ》が行方不明になってから三週間が経過していた。
この世界で。『死亡』はどういった事で判断されるか。
当然だけど。病気や事故などで亡くなれば。家族なりが手続きを行い、『死亡』として除籍される。これは貴族平民問わずだ。
じゃあ『行方不明』の場合は?
前世の日本では。一定の期間行方が掴めず、家族なりが司法に申請して判断されれば『死亡』とされたはず。
この世界ではどうなんだろう? その辺の知識はまるで無かった。
《アリアドネ》は。乗った馬車が魔物に襲われて。その場から『行方不明』になってる。
遺体は当然だが発見されていない。
しかし、状況から見ても。馬と一緒に魔物に食われてしまった、そう考えるだろう。
それを普通に『死亡』したと取っていないのだろうか?
それとも今まさに手続きをしている所だろうか?
...まあいいか。
何にしても。私はここから居なくなるし。
いずれは『死亡』と取るだろうし。
私は見つからない所で生きていけばいいんだし。
隣国のヘイムダルに行って。「先生」になるんだもんね!
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食事を用意してくれると言われて。それは有難かったんだけど。
これ以上騎士団の人達と関わるのはマズいかなと思って。
「イシスさん達と頂くのはダメですか?」
「そんな! お客様とご一緒なんて出来ません!」
「アリスさんは食堂へどうぞ!」
...まあ。よく分からない人間を裏側へは入れられないか。
でも、今食堂に行ったら誰かに会いそうな時間帯だし。一休みしてから頂く事にした。
それにもう夜だし、ちょっと眠くなってたのもあって。習慣ってコワイね。
少し横になったが。やっぱりこの場所のせいか、ウトウト位しか出来なかった。
まあ大分遅い時間にもなったし。遅過ぎても使用人さん達に迷惑なので。
イシスさん達に教えて貰ってた一階の食堂へ向かう。
廊下の中央に位置する階段下りようとした時。大きな窓から庭園...と呼んでいいのか、庭が見えて。
何気なく覗いてみたら。見覚えのある顔が二人いて。
セラフィムとバルドルさんだった。
庭は背の低い低木と、大きな木がチョコチョコとあるだけの。こちらもシンプルな作りで。やっぱり公爵家の別荘とは思えない。
その大きな木の下で。二人は何か話しているようだった。
いや、それは別にいいんだけど。
何でわざわざあんな所で? しかも何かコソコソしてる感じがして。
つい。こっちまで、身を隠して顔だけで覗くようにしてしまった。
明るいバルドルさんが。何やら真剣な顔をしてる。セラフィムの腕を掴んで。その手が肩に回って。抱き寄せるように。顔を寄せ合って...。
思わず顔を逸らしてしまった! ...え、何? どういう事だ...?
もう一度。ソロリと覗いて見て...。
先程と変わらない情景に。再び顔を逸らす。
...え? 何だアレは? え? え? え? えええええっ!!
あの二人ってまさか...。セラフィムの女嫌いってまさか...。
そういう事ですかあああっ?!
所謂あの...BL...ボーイズラブ...ってヤツですか?
や、あの、私もソッチ方面は詳しくないんだけどっ!
...そう言えば。
ラウェルナ様達も時々。そんな話をしていたっけ。
この世界は結構...そういう方々が多いとか...。どっちもイケる方も多いとか...。
いや! 私は別にいいと思うけど!
愛に性別も年齢も国籍も何にも関係ないと思うけど!
そういうのにあまり免疫がないせいか...めちゃくちゃドキドキしてるし! 顔は熱いし!
ついつい。もう一度庭を窺ったが。
二人は木の影に入ってしまっていて。それ以上の...は見えず。
...まあでも。何か納得した。セラフィムの女嫌いの訳は...そういう事情か。
まあ、うん、色々ね、あるよね、色々ね。
いいのよ、幸せになってくれれば。私にはもう関係ないし。陰ながら応援するし。色々と大変かもしれないけど。頑張れ!って感じ。
顔が熱いまま。そんな事を考えつつ。階段を下りて食堂へ向かう。
「あれ、アリスさん。今から食事ですか?」
食堂へ入ると。
リウェルトさん、ゼタルさん、サクルクさんの三人がいて。
...何故このタイミング? 天を仰ぐ。
適当に躱して。このまま辞去しようとしたのに。
「あ、お目覚めですか? アリスさんもお食事にされますか?」
後ろからイシスさんに声を掛けられてしまった。...何故このタイミング?
「...はい。お邪魔します」
仕方なく食堂に入り、皆さんとは反対の端の席に着く。
「いや、でもワイバーンじゃないのか」
「まあ確かになー」
「ここ最近動きがおかしいですしね」
三人は何やらお仕事の話をしているみたい。この隙にササッと食事を済ませて戻ろう!
コティさんが準備してくれた食事に手を付ける。
久しぶりに食べるお肉...うまーっ!
もちろん木の実とかでも満足してたけど。久しぶりのお肉は格別だ!
ついお肉を堪能してしまっていたら。
テーブルの向こう端から。お三方がこちらを見ていた。
「...アリスさんって貴族ですか?」
リウェルトさんの問いかけに。噴き出そうになってしまった。
「...な、何でですか?」
ビクつきながら聞き返す。
「いや、所作がお綺麗なんで」
...なるほど。盲点だった。そんな事でバレてしまうのか。気を付けないと...。
「...いえ、平民ですよ?」
「ヘイムダルって魔法使いは貴族とは限らないんですよね?」
サクルクさんが聞いてくる。
ヘイムダルの魔法使いは、ここダジボーグとは違い拘束はない。
タルタロスの樹海のような魔物が巣食う場所が無いので。ほとんど魔物がいないのが大きな理由らしい。
魔物が少ないので、皆がより安全なヘイムダルに移住してしまいそうだから。ダジボーグではこうして騎士団が魔物の討伐を行って国民の安全を守っている訳だ。
他にもダジボーグの方が土地が豊かだったり、ヘイムダルは閉鎖的な国な事もあって。移住希望者は殆どいないらしいけど。
そういった事情もあるのかは分からないけど、ヘイムダルは魔法使いの血筋が貴族だけではないので。平民にも魔法使いは存在する。まあ、貴族が取り込むのはよくあるようだけど。魔法使いは貴重だからね。
「はい、そうですね」
知ったかで答えてすいません。
「アリスさんは何か魔法を使ったご職業を?」
「いえ...普通の店員です」
嘘を吐いてすいません。でもホント事は言えません...。
「魔法を使った職業はされないんですか?」
護身魔法を使った職業は主に医師だ。
魔法の特性上、医療関係が多くなってしまうのは当然の事。
ヘイムダルに行ったらそういう仕事もアリかな? お給料もいいだろうし。
私なら...ヘアカラーが出来る美容師も出来るな。
「...まあ、そうですね...」
「あ、余計な事を聞いてすいません!」
私の曖昧な答え方で。何か事情があると思ってくれたらしい。
いい人達過ぎて、嘘を吐いているのが心苦しいです...。
「いや、でも、本当に魔法の腕が良かったもので」
リウェルトさんが。私が治療した右手首を振る。
「治療のかけ直ししなくて大丈夫だしね。あんな短時間で凄いよね」
護身魔法使いのサクルクさんが改めて褒めてくれる。
「だからアリスさんはあの樹海を難無く歩けたんだなー!」
ゼタルさんも感心したように言ってくれた。
「いえいえ、そんな。...こちらには他の騎士さん達もいらっしゃるんですか?」
これ以上掘られたくなかったので話題を変える。
「今巡回中の奴等が三グループいます。後は仮眠してたり」
「タルタロスの樹海の担当騎士はここを根城にしてますよ」
騎士団は「タルタロスの樹海の巡回、討伐」担当と。「タルタロスの樹海の周辺の町の巡回」担当の二つに別れているそうだ。
魔法使いは全員「タルタロスの樹海の巡回、討伐」。ここに腕の立つ通常の騎士が少しいて。後の騎士は「タルタロスの樹海の周辺の町の巡回」なのだとか。
周辺の町の巡回はそうそう魔物に出くわす事はないそうだ。
『近衛騎士団』は殆どが貴族出身らしいが。
こちらの騎士団は魔法使い以外は殆ど平民出身らしい。
なんだか差別っぽくて嫌だな。
「今回アリスさんとご一緒したのはヴァン...副団長直属のグループで。通常の巡回ではなく、樹海の中に入って動く単独のグループなんです」
副団長直属...って事は。皆さんエリートって事ですよね?
それであの見事な剣捌きだったんですね!
「普段はあんな奥にまで入らないんですが...。今回はアリスさんを保護出来たので良かったです」
「あ~...ホントに...ありがとうございました...」
笑顔が引き攣ってしまいそうになる。
やっぱりそうそう聖域の方には来ないんだ...ホント運が悪かった...。
「バルドルはヴァンの側近なんだよ!」
「チャラチャラしてますけど。あれでも一応」
バルドルさんの名前が出て。ちょっとドキッとする。
側近......なるほど。
「お! ウワサをすれば!」
話題の人物、バルドルさんが食堂に入って来た。
ヤバッ...顔がまた熱くなってきた! 赤くなったりしてないだろうかっ?
頭をワシャワシャ掻きながら入って来たバルドルさん。
「いやー、参った参った...。あ、アリスさんも居たんだ!」
「あ~...はい...」
何が参ったのでしょうかっ?!
...どうしてもドキドキしてしまいます! 下世話ですいません!
「バルドル、参ったって何だ?」
「いやさあ、オクの奴、やっぱダメで。あれから王都で入院してるらしい」
「えっ? マジかっ?」
「まあそうなるでしょうねえ」
「それも仕方ないか...」
《オク》さんと言うのは。例の、樹海の途中で魔力供給が追い付かずリタイアした護身魔法使いのメンバーらしい。
王都で入院って...しかも皆さんも納得してるみたいで。
「魔力供給が追い付かないのは睡眠不足で。まあ激務だから仕方ないんだけど。不眠症もあったらしくて。つまりはストレス。精神的なヤツ」
バルドルさんが説明してくれた。
...なるほど、それは...ゆっくり静養が必要な感じですね...。
どれだけ激務。どれだけストレス。
「じゃあ暫くどうすんの? 補填人員は?」
「その辺は近々戻って来るアナトとも話し合って決めるよ」
アナトが近々戻って来る? 危なかったー!
話題がヤバい方向になって来たみたいだから。早々に食堂から退避した。
アナトに会うのはマズいかな。あの子にはセラフィムより会ってるし。勘も鋭いから。
今日ここに居なくて良かった。
私は明日居なくなるし。何とか顔を会わせずに済む。
二階のお借りしてる客室に戻る為。階段を上ろうとした時。
直ぐ近くの玄関の扉が開いた。
入って来た...セラフィムと...目が合う...。
...何故こんなに運が悪いんでしょう?
...私は『ヴァルキュリアの愛するもの』の呪いにでもかかってるんでしょうか...?