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第三章 樹海のサンクチュアリ

第三章  樹海のサンクチュアリ



あれから何日経っただろう?

十日? 二週間は経ってない...と思う。五日目までは意識してたけど。

この『タルタロスの樹海』の中心部『レトの木』までは徒歩で約五日掛かると言われていたし。


『タルタロスの樹海』の真ん中に『レトの木』と呼ばれる、外から見ても飛び出した大きさの木が聳えて...根を下ろして...いや、鎮座して...?

とにかく。ドドドドドンッ!! って感じで「どんだけデカいんだ?」と思わせる大木があるのだけど。

この『レトの木』周辺、半径...五十メートル位?かな、は。魔物が近寄らない。

どうやら魔物が嫌いな魔力が流れていて近寄りたくても近付けない、らしい。

私はその中心部の魔物が近寄れない「安全地帯」に居る。


あの。馬車が魔物に襲撃されて、それを好機と逃げ出した後。

私は『タルタロスの樹海』に潜伏する事に決め、樹海に飛び込んだ。

樹海の中は当然魔物が巣食っていて大変危険! なのだが。


実は。魔物は全てが全て。人や家畜を襲って食料にしている訳ではない。

魔物にも「肉食」「草食」がいて。「草食」な魔物は人を襲わない。恐らく、この樹海の中の植物を食べているのだろうと思われる。

一方。「肉食」の魔物も、通常は別の魔物を襲って食料としていて。

基本的には、この『タルタロスの樹海』の中で生きている。

この『タルタロスの樹海』は言わば『魔物の王国』で。

サバンナとか、野生動物を保護した区域の中とか。そういった物を想像して頂ければ簡単で。それの「魔物バージョン」と言うのが分かりやすい。


魔物はこの『タルタロスの樹海』で生きていて。時々それが『人間の生活区域』に出て来てしまうので。

そして、それが人や家畜を襲い。危害を加える。特異で恐ろし気な風貌。

そんな色々な事が相まって、全ての魔物を『危険』だと認識されて。人間の『敵』であると認定されて。

現在のように、魔物は「討伐されるべき存在」になってしまったのだ。


この辺りまでの知識は。ネット小説『ヴァルキュリアの愛するもの』から得た事。

途中までしか読まなかったけど...この話は序盤に出てきていたので...助かった!


この知識を騎士団なりに話して。もっと魔物の事を人間が理解すれば、今より住みやすくなるだろうし。無駄に魔物を狩らなくてもよくなるのでは...そんな事を考えた時もあったけど。

正直言って...信じて貰える気がしなかった。特にあの『イカレた戦闘狂』に。

「頭がおかしくなった」と私が狩られたくはなかったし!

それに。その知識は何処で得たのか? そう問われたら...ねえ?

しかも、どれが「肉食」どれが「草食」とかも分からないような薄ーい知識...。無理でしょ! これで話すとか絶対無理でしょ?!

そんな感じで、闇雲に狩られる魔物には申し訳なかったけど黙っていたんだよね。

今にして思えば。その判断は「グッジョブ!」だったとも言えるワケだし。


だから私は潜伏先として迷いなく『タルタロスの樹海』を選んだんだ。

もちろん「肉食」魔物がいるから、それは心配だったけど。

生い茂る草木に身を隠しながら行けば...多少の怪我なら魔法でなんとか出来るし。

とにかく「人に見つからない」を優先させたから。


樹海周りで巡回・討伐をしている騎士団。

基本的には。樹海の中に入っても精々半分位までしか入らないらしいし。

迷い人...いるかは不明だけど。それ位なら何とか誤魔化せそうだし。

樹海中心部までは入って来ない。そして魔物も近寄らない。となれば。

こんなに「隠れ家」として相応しい場所は他に思いつかなかった。


ただ一応。《アリアドネ・エイルノルン》が行方不明になった事。それが魔物に襲撃された為。だとしたら。

この樹海の中も捜索するかもしれない。流石にこの中心部までは入って来ないにしても。

念の為。中心部まで約五日掛かると言われているから、その日数までは警戒していた。

あ、因みに、私は三日で辿り着いた。多少の知識で必要以上に警戒しまくらなかった事と(それもどうなの?と後で怖くなった)、魔法で体力を回復して不眠不休で来たから。人間いざとなれば何でも出来る! その言葉は本当だったよ。


そしてそれ以降は。ひたすら時間が経つのを待っている。

とにかく無事に生き延びる!!

それは当然変わらない。

問題は。...これからどうするか、なのである。


この樹海を出た後。

私は「別人」になるつもりだ。

《アリアドネ・エイルノルン》ではない、別の『私』に。

正直言って、それには全く抵抗がない。

そもそも今だって「別人」になったようなモンなのだから。今更である。

確かに以前の《アリアドネ》だったら無理かもしれないけど。今の前世の記憶がある『私』なら。別に平民の生活だってなんて事はない。

...いや、ウソ、ごめん。本当は...心配なんだよね。

貴族みたいな豪華な生活がしたい! とかではもちろんなくて。

《成子真理菜》だった頃は。実家暮らしで。一人で生活をした事がない。

しかも...とりあえず当面は知ってる人にも会えない。

たった一人で生きていく...これがもの凄く不安。

ましてや今の私は。もう直ぐ十八歳のうら若き乙女(自分で言う)。

この世界は日本程...全然それよりも危険で残酷だ。

だからどうしても...一人きりは不安なんだ。


...そんな事言ってたら何も出来ない。

一人が不安ならアリアドネとして家に帰る? それでまたいつ死ぬか怯えて暮らす?

...それは絶対イヤッ!!

私はまだまだ生きたいんだからっ!!


...うん。だから。不安だけど。

このまま「別人」になって生きていく...!!


...で。「別人」になるとして。

平民としてどこか田舎で暮らす。...って、これも万が一見つかったら...どうなるんだろう?

直ぐじゃなくても。数年後だったとしても。どうなるんだろう...?

実家のエイルノルン子爵家は...まあ、勘当とかだろうな。うん。でもそんなのは別に大した事じゃない。

問題なのは...ワルキューレ公爵家だ。

死んだ事を偽装して。知らん顔して平民として生きていて。

セラフィムは結婚しなくて助かったと思うだろうけど。

ワルキューレ公爵家としたら...不敬を働かれたと。騙されたと。許してくれないどころが、逆に犯罪者扱いされるのではないだろうか...。

だって「公爵家」だし! 国王陛下とも「親戚」だし!

...絶対無事では済まない気がする...。


......だったらこの『ダジボーグ王国』自体から出た方がいい。

その方が見つかる可能性は...更に下がる。

じゃあ他国に出るとして、何処に......あ。

お隣の『ヘイムダル王国』がいいかも! ヘイムダルは独自の文化が根付いていてダジボーグとはかなり生活様式も違うし。まずヘイムダル語がそれなりに話せないと買い物すら大変らしいから、ダジボーグからの移住者も殆ど居なくて、旅行者も少ないらしいし。知り合いに会う確率が増々低くなる!

...それに。ヘイムダルの第三王子に嫁ぐラウェルナ様にも...もしかしたらいつか会えるかもしれないし。...怒って口も聞いてくれないかもだけど。王子妃なんて会える機会すらないかもだけど。...ほぼ不可能だろうけど、少し位楽しみがあってもいいよね?


うん! よし、それじゃあ行先はヘイムダルに決定! という事で。

樹海を出たら。資金が必要だから、この身に付けてた装飾品を幾つか売って。

買い叩かれるかもしれないけど、出所がバレたら困るから裏通りのお店に行こう。

資金が出来たら色々買い揃えて。

ヘイムダルへは辻馬車を乗り継いで三日位掛かるかな? 無事に出国出来るまで見つからないようにしないと。

ヘイムダルに行ったら、まずは住む所を探さなきゃ。この世界はお金さえキチンと払えば身分証とか保証人とか要らないからいいよね。

それで仕事探して...この『護身魔法』は何か役に立つかな? この国みたいに面倒な事はイヤだから目立ちたくはないし。


...あ。『先生』は?

この世界の識字率はメチャクチャ低いらしいし。子供達に教えるとか...。ああ、でも「学校」っていうのは貴族だけが通うもので、平民は通わないからなあ。

自分で学校を作っても、学費が払えない、となれば誰も通ってくれないし...。でも...「先生」は前世からの夢で...。

...ああ、そうか! 

別にお金を取らなければいいんじゃない! そうしたら子供達だって集まってくれるはずだよね? 字の読み書きが出来ればいい仕事にも就けるし。タダならきっと大丈夫!

私はそれとは別に生活費を稼ぐ仕事して。それで「先生」をやれば...。


うん。色々大変で、そう上手くはいかないかもしれないけど。

でも...教師になるって夢が...叶うかもしれないし。

そうか。まだ夢が叶う可能性があるんだ...。そっか。


だったら。それを叶える為に頑張らないと!

新しい目標が出来たから。絶対この先も生き抜いてやるんだからっ!!

絶対死んだりしないんだからっ!!



   ###



隣国ヘイムダルに行って「先生」になる! それを目標に掲げて。

増々生きたい願望が高まった。

そうとなれば。この樹海にいつまで居るかなんだけど。

...実はココ。全然不便でも何でもないんだよねえ。

そもそもこの世界が。日本の小説だからなのか便利に暮らせる世界で。

ライフラインは整ってるし、シャワーはあるし、トイレは水洗だし、ご飯も美味しいくてお米まであるし。移動手段だけは馬車とか馬とか...中世的な世界観なんだけど。

もちろんそれと同じ位快適! とかではなく。まあ樹海の中だし。あくまで樹海の中としてはだけど。

レトの木の周りの「聖域」(そう呼ぶ事にした)。

ここは植物が豊富で。食べるには全く困らない。木の実とかだから不満があるという方もいるかもしれないけど。私は全然困ってない。寧ろデトックスされてイイ感じ。

小さいけど綺麗な水の泉もあるから、飲料もあるし、水浴び出来るから気持ちいいし。

そして...空気が澄んでて静かで。すごくリラックスしてしまうんだよねえ...。

この聖域の外には魔物が居るのは分かってるんだけど...ここは楽園ですか?って位落ち着くんだ。もしかしたら『魔力』の関係かも。私の魔力と合ってるとか? 分かんないけど。

なので。ココにいるのは全く苦じゃないのだ。


とはいえ。ヘイムダルに行くと決めたからには。やれる事をやっておこう!

まず。この目立つ見た目をどうにかしないと。

そう思って。魔法でミルキーブルーの髪を平凡な金髪に変えた。本当はもっと地味な茶髪とか黒髪にしたかったけど。色素の関係か、無難な色は金髪位しか出来なかった。

瞳も、濃い目の青を緑瞳に変えた。これも色素の関係か、こんな色味しか出来ず。

ただ、髪色と瞳の色を変えただけで...かなり印象が違うはずだ。

とにかく元々のミルキーブルーの髪色が目立ち過ぎたのよ!

だから平凡な金髪緑瞳になっただけで、《アリアドネ》だと気付く人はそういないハズ。もちろん知り合いがじっくり見られたらバレるだろうけどね!

泉の水に顔を映して出来栄えに納得する。

私は『護身魔法』はこんな風に身体部分の色を変える事が出来た。

コッソリ魔法について調べた所。このような魔法の使い方はどこにも載っていなかったから。自分が使えるのを知ったのはたまたまだったし。他の護身魔法使いも同じ事を出来るかは不明。でもきっと他にも知らないけど出来る事がある気がする! まあただの希望だけどね。


それと。一先ず街へ装飾品を売りに行かないといけないので。

このボロボロのドレスを何とかする事に。

何と私。ドレスのポケットバックの中に、ハンカチなどと一緒に小さいけど裁縫セットを入れていて。

以前、結構ドレスを破られる...みたいな事もあったから。いつでも直せるように。

もう今は必要とはしてなかったけど。つい癖でいつも入れていたんだ。

それが...地味に役に立った。

小さいハサミで。装飾ボタン、レース、外側の目立つ所などを取って。

破けてる所をチマチマ縫って。シンプルなワンピースにしてみた。

もちろんこれでもまだ平民の服には見えないから。

この「聖域」に辿り着く前に、木に引っ掛かっていたボロ布を拾ってきてあったので(何の布かは不明。かなり大きかったので寝る時に使おうと思っていた)。

これを泉の水で洗ったら、まあそこそこ綺麗な黒い布になったし。

それの繕いをしつつ、フード付きポンチョ風にして。

上から羽織れば...うん。まあ、そこまでみすぼらしくも無く。下のなんちゃってワンピも隠せるし。イイ感じに出来た。

後は...靴なんだけど。

こればかりはどうにもならないので。ドレスから切り離した布を靴下みたいにグルグル足首まで巻いた。...何も履いてないよりは不自然じゃないかな? 仕方ない。上出来だ。


こんな感じで見た目を変えて。

さあ、後は、いつこの樹海を出るか考えよう! なんて思っていたが。


ある日。朝から「聖域」の外が何だかいつもと違う気がした。

聖域ラインギリギリまで行って。何となく魔力の感じでその境界が分かるんだけど。


「聖域」の外の樹海を目を凝らして眺めてみた。

特に目に見える変わった所は無い。

...でも。何だか違う気がする...。


漠然とした不安があって。ずっと気には掛けていたけど。

太陽が午後になった事を示す位置に移動した頃。


ガサガサ...。

今までは聞こえてこなかった木や草の大きく動く音が耳に届いた。

仮に魔物であっても、この「聖域」には入って来られないはずなので。大丈夫だと、心を落ち着けてみたが。


その音は。確実に大きくなってきて。

私は茂みの影に身を隠す。

頭から被ってる黒いフード替わりの布で、露出をギリギリまで隠して。

茂みの隙間から「聖域」の向こうを窺う。


すると。

そこに......見覚えのある人物が姿を現した。

絶対に見つかってはいけない、絶対見つかる訳にはいかない人物...。


《セラフィム・ヴァン・ワルキューレ》が。

騎士団制服を着た数人の男性達と。この「聖域」に向かって歩いて来ていた...。



   ###



...なんで...?

騎士団はこんな中心部まで入って来ないって...。

驚きと疑問と。

そして。身体が僅かに震え出した。


「あー、レトの木が見えた。中心部まで来たかー」

「思ったより時間掛かっちまったな」

騎士達の会話が聞き取れるまで近くに来てしまったみたい...。

これは...。

絶対見つかる...!!


ガサガサと。草を踏む足音が大きくなり...。

「! ...おい」

聞き覚えのある声が頭上でした。

...ああ、の次は、おい、ですか...。

...万事休す...。


ゆっくりと。茂みの中から立ち上がり。振り返った。

騎士達の...特によく知っている紫眼の、殺気を帯びた視線が突き刺さる。

羽織っている黒い布を、掻き合わせるように。ギュウウッと握り締める。


「えっ、お嬢さん、どうしてこんな所にいるんですかっ?!」

「こんな場所までよく無事でしたねっ!」

「お怪我などはされてないですかっ?!」

騎士達の矢継ぎ早の質問。答えられないでいると。

「ここは魔物が巣食う『タルタロスの樹海』だと知らなかったんですか?」

...え?

「お嬢さんはどちらから来たんですか?」

...うん?

「ってか何でこんな樹海に? 何かあったんですか?」

...うううううん?


...これは。

...もしかしてバレてない?

私が《アリアドネ・エイルノルン》だってバレてないって事で...いいのかな?

確かに見た目を変えてるけど。

確かに騎士団の団員さんとは殆ど面識ないけど。


...でも。

セラフィム・ヴァン・ワルキューレも特に何も言ってこないし...。

...気付いてないよね?


「えーと、お嬢さん? どこか具合でも悪いですか?」

反応のない私に。金髪の若い騎士が顔を覗き込んで来た!


⦅...ええっと。すいません。驚いてしまって⦆

「えっ?! ヘイムダル語っ?!」

騎士さんが、ビックリしたように仰け反った。

私は...咄嗟にヘイムダル語を喋ったのだ。

「え、え、え...お嬢さんはヘイムダルの人ですかっ?」

⦅あの、用事があってダジボーグに来たのですが...よく知らないもので、この森に入ってしまって。そうしたらドンドン奥に迷い込んでしまったみたいで⦆

とりあえず捲し立ててみた。

騎士団で、こうやってタルタロスの樹海に来るという事は。魔法が使える騎士だからで。魔法が使えるという事は貴族で。貴族なら多少はヘイムダル語も教養があるだろうけど。そんなに堪能な人は少ないはずだし。私はぺラペラだから。疑われる事はないと思って。

「えー、と。うーん、と。もう少しゆっくり...」

⦅魔物が沢山いて怖くて逃げて逃げて...気が付いたらここに辿り着いていて。ここは魔物が来なくて安心して居られたので⦆

更に捲し立ててみた。

「あーと。えーと。そのー...」

やっぱりここまでのヘイムダル語には付いていけないらしい。他の騎士さん達も、ポカンとした顔をしている。

⦅本当にどうしようかと困っていたんです。ここを出たらまた魔物が襲い掛かって来そうで怖かったし。こんな所で人に会えるなんて夢にも思いませんでした。本当に...⦆

⦅...ちょっと。一回止まって下さい⦆

ヘイムダル語でストップを掛けてきたのは...セラフィムだった。


⦅えっと...⦆

⦅...我々はヘイムダル語が得意ではありません。貴方は共通語は話せますか?⦆

ビックリする位丁寧に。しかも結構流暢な感じで。

なんだ、コイツ。ちゃんと話せるんじゃんか。普段は一体何なんだと言いたい!

まあ一応は公爵家嫡男だしね。外面も被れるという事か。

...それに。この感じからは...やっぱりバレてないらしい。


「...あー...すいません。興奮してしまって...。えーと。話せます...」

白々しくならないように共通語で話した。

「あ、よかった~」

金髪騎士さんがホッとした表情をする。他の方々も話が通じる事に安堵したみたい。...驚かせてすいません。

キチンと話せる事が判明した戦闘狂は無表情。普段通りに戻りましたね。


「えーとですね。我々はダジボーグ王国の騎士団の者です。自分はバルドル・マルティエルといいます」

金髪騎士さん...マルティエル卿が自己紹介してくれた。

マルティエルって事は。マルティエル侯爵家の方ですね。よく見ると、結構イケメンさんです。明るい感じの方で、この人もモテそうです。...聞いた事ないけど。

マルティエル卿は、その後他の騎士さんも紹介してくれる。

一番落ち着いた感じの黒髪短髪の方がリウェルトさん。

がっしりした大柄な体躯の筋肉ムキムキさんがゼタルさん。

ちょっと神経質そうな細身のサクルクさん。

サクルクさんが『護身魔法』使いで。他の皆さんは『天恵魔法』使いだそう。

五人中『護身魔法』使いが一人ってバランス悪くないか? と思ったら。

もう一人護身魔法使いが一緒だったけど。途中で身体の魔力供給が追い付かず、リタイアして引き返したらしい。

魔力は基本的には睡眠などの休息によって回復する。それが追い付かないって...一体どういう事なんでしょうか?

そしてそのまま人員補充もしないなんて...一体どういう事なんでしょうか?


「最後に、そのスカした奴がセラフィム・ヴァン・ワルキューレ。騎士団の副団長」

マルティエル卿がスカした副団長さんも紹介してくれた。

存じ上げておりますから結構です。とは。もちろん言いませんでしたが。

「という訳で。我々は全然怪しい者ではありませんので。お嬢さんのお名前もお聞きしても構いませんか?」

え、名前っ...。

「アリ...」

ヤバッ!! 思わず言い掛けてしまったっ!!

ど、どうしようっ...!

「アリ...アリスです...。...アリス・ワンダーといいます...」

咄嗟に何とか誤魔化せた...。

ワンダーは。アリスと言ったらやっぱり『不思議の国のアリス』だし。

前に、小説の世界とか不思議な所に来ちゃったなー、とか考えてた事もあったし。

それにしても。別人になるつもりだったのに...別の名前考えてなかったなんて...。やっぱり私は何処かヌケてる...。


「えーと、アリスさん、とお呼びしても? ここはダジボーグでは有名な魔物の巣食う樹海で。よくまあ無事でここまで来れたと驚いてますが。一体どういったご事情で?」

どうやら。こういった役割はマルティエル卿の担当らしい。

「はい...。知人に頼まれてダジボーグへお使いに来て。その帰り道。大きな森だなーと、ちょっと見てみるつもりが迷ってしまったらしくて。魔物が出て来て。怖くて逃げているうちにここに辿り着きました」

さっきヘイムダル語で捲し立てた内容を思い出しながら。だからタドタドしく聞こえたかも。でもヘイムダル人設定だし、共通語は使い慣れてない風に聞こえたかもしれない。

「なるほどー。それは災難と言いますか...。この樹海の事はご存じなかった?」

「はい..」

「それはそれは。お気の毒と言わせて下さい」

「どうも...」

なんか。マルティエル卿って...ちょっと変わった人なのかな? 話し方とかが全然貴族っぽくないし。


「事情は分かりました。樹海の外へは我々がお送り致します」

「えっ...! い、いえ、そんなっ...お仕事の邪魔をする訳にはっ...!」

一緒に行動するなんて...冗談じゃないってば!

「いえ、迷い人を無事に救出するのも我々の仕事ですから」

「いや、でもっ...私一人の為にそんなご迷惑はっ...」

「迷惑だなんてとんでもない」

「そうです。これも立派な仕事ですのでお気になさらず」

「ましてや女性をこんな危険な樹海に置き去りには出来ませんよ」

「大人しく従ってくれる方が迷惑じゃありません」

セラフィム以外の皆さんまで参戦してきた!

...うー。これじゃあ...断れない...。

「......よろしくお願いします」

あんまり必死に拒否し過ぎると...返って怪しまれるかもだしね。

...仕方ない。樹海を出るまでの我慢だ。

「今から出発すると...直ぐに暗くなってしまいますね。一晩この中心部で休んで。明日の朝、出発しましょう」


辺りが薄暗くなってくると。騎士団の皆さんは焚火をして、その周りに陣取った。

なるほど。『天恵魔法』はこんな風に使えるんだ。便利だな。

「アリスさんもご一緒にいかがですか?」

持参の食料を調理し始めたらしい。けど。

「いえ。私は大丈夫です。ありがとうございます。先に休ませて頂きますね」

そそくさと。自分スペースのレトの木の反対側へ避難。なるべく関わりたくない。

それに。この聖域に来てから、暗くなると寝てしまう習慣が付いてしまっていて。正直眠くなってきていたのもある。

レトの木の、騎士団とは反対側へ逃げ込んで。生い茂る草を適当に潰して寝床作り。これが結構いいクッション代わりになる。すっかりサバイバル生活っぽくなってるな。

レトの木の向こうから。ワイワイやってる賑やかな声が薄っすら聞こえてきたが。無視して、早々に寝る事にした。

今日は久しぶりに緊張した一日で。精神的に疲れた。

久しぶりに聞く人の声に。何だか安心感を覚えて。ウトウトしてすぐに眠りについた。



   ###



目が覚めた時。辺りはまだ暗かった。

早目に寝たから。変な時間に起きてしまったみたい。

もう少し寝よう。そう思ってゴロゴロしたが。再び睡魔はやって来ず。

仕方がないので泉にやって来て顔を洗う。

静かなので。騎士団の皆さんはまだ寝ているようだ。


...まさか。こんな所で会うとは。完全に計算外だった。

ヘイムダルに行くと決めた時に。さっさとココを出て行けばよかった。

正に「後悔先に立たず」だ。

泉の畔でしゃがんだまま頭を抱えて。

......また不意に。思い浮んだ事があった。


今なら。このまま一人でココを出てもバレないのではないだろうか...。

騎士団の皆さんはまだ寝ているし。

樹海の中に行ってしまえば、この広さだから。再び遭遇する事はない...よね?

それで樹海の外に出てしまえば。わざわざ探したりしないだろうし。その間に。私は人混みに紛れてヘイムダルに行ってしまえば...。


...うん。そうしようっ!!

このまま、例え数日とはいえ。一緒に居たらアリアドネだとバレてしまうかもしれないし! 絶対オドオドしちゃう自信あるし! ってか、不安しかないしっ! こんな事考えるのが既に失敗フラグっぽくてコワいっ!


思い切って決心して。立ち上がり。「聖域」の向こうへと進もうとすると。

「...おい」

大声ではないけど。静かな空間にその声はハッキリ聞き取れて。

...やっぱ「おい」とか「ああ」とかが、慣れててしっくりきます...。

泉の向こう側に。

セラフィム・ヴァン・ワルキューレが立っていた。


「...どこに行くつもりだ?」

いつも通りの感情の籠ってない声。

泉を挟んでいて距離があるのに。まだ暗いからか。

睨みつけているアメジストの瞳がギラギラ輝いていて恐ろしい...。

「...えっと...目が覚めてしまったので...ちょっと散歩を...」

嘘ではない。聖域の「外」へ散歩予定だったのだから。うん。嘘はついてない!

「その先は魔物が出て危険だ」

「は、はい! それはもちろん分かってます!」

私には貴方といる方が危険に思えて仕方ありませんが。

それより何でこんな時間に起きてるのよっ? そしていつの間にそこに来てたのよっ? マジこわなんですけどっ?!

「...『副団長』さんは、こんな時間にどうされたんですか?」

ヤベ...余計な事を言ってしまった。

「...習慣で起きただけだ」

「...へえ...そうなんですね...」

こんな夜中に起きる習慣...どんな生活してるんですか。

まあ騎士団の副団長となれば。色々忙しいでしょうし。血を求めてゆっくり寝てられないとかですかね。だったら納得ですけど。

「...まだ出発まで時間がある。大人しくしてろ」

上から目線コワ。精神的にも物理的にも。

「...はい。もう少し寝る事にします...」

とっとと退散しよう。下手な発言でもしてバレたらマズいし。

私は逃走を断念して。元居た寝床へ戻る事にした。


...あー、怖かった。ヒヤヒヤした。

逃走失敗だ。せっかくチャンスだと思ったのに!

こんな時間に起きるとか。あの戦闘狂は一体何者なんだ?

やっぱり騎士団だけあって。こんな所だし、神経張り詰めてるのか? 他の皆さんも。実は起きてるとか? ...だったら。それはそれで大変だろうけど...。

「...それにしても。こんなに会話したの、珍しいかも...」

セラフィムとは約十八年婚約者だけど。ここ一年はともかく。それまでの十七年で、顔を合わせたのは十回程度だ。

そんな希薄な、名目だけの婚約者で。

あっちはあの性格だし。会話なんて殆ど無かった。

まあ、だからこそ。

今の私がアリアドネだって気付かれないんだろうけど。

「もう少し横になってよう」

朝になったら。これから騎士団の皆さんと数日、行動を共にしなければいけない。

バレないようにしないといけないし。気も張ってなきゃいけないし。

休めるうちに。少しでも休んでおこう。



   ###



翌朝。辺りが明るくなった所で。騎士団の皆さんと私は「聖域」を出発した。

樹海の中は。聖域の中より格段に鬱蒼としていて不気味な感じだ。

「こっちがヘイムダルに近い方角なんで。我々は熟知してますからご安心を」

相変わらず、マルティエル卿が明るく話し掛けて来る。

「数日野宿になってしましますが。女性には申し訳ありませんがご理解下さい。でも我々がいますので、魔物についてはご心配なく」

「お気遣いありがとうございます、マルティエル卿」

「そんな堅苦しく呼ばなくていいですよ! 騎士団なんて荒っぽい集団で、上品さなんて無縁な奴等の集まりですし」

「...では、失礼して。バルドル様と呼ばせて頂きます」

「様もいいですって! 皆も呼び捨てて構いませんよ! 雑に扱っていいです!」

「...でしたらバルドルさんで」

流石にそこまで図々しくない。せめて「さん」付けで勘弁して欲しい。

「堅苦しくなくていいのは同感だが。雑はいやだな」

リウェルトさんがバルドルさんの言葉に反応する。まあ確かに雑はイヤですよね。

「荒っぽいし上品さが無いのは本当だけどな!」

ゼタルさんも大きな身体で豪快に笑う。まあ確かに...。

「僕は皆さん程雑でも下品でもありませんからね!」

サクルクさんが眉を顰めて反論する。まあ確かに...。


その後も。騎士団の皆さんはワイワイと楽し気に話ながら歩を進める。

先頭の副団長さんは無言で通り道を切り開いていく。

道中、皆さんが話してくれた内容によれば。

タルタロスの樹海の中にも。魔物達の縄張りみたいなものがあって。当然だが、魔物達にもヒエラルキーが存在して。今進んでいるのは、比較的弱い魔獣の縄張りを選んでくれているらしい。もしかしたら「草食」系の魔獣達なのかも。

魔獣は単体で行動するものも、集団で行動するものもいて。

大きさも数十センチのもの、数メートルのもの。空を飛ぶもの、飛ばないもの。

中には可愛らしい風貌の魔物も存在するらしい。


そんな雑談をしながら。

暗くなると休憩場所を確保し。皆さんが交代で見張りをして夜を過ごし。

明るくなるとまた歩を進め。

数回魔物に遭遇したが。言ってた通り、皆さんが難無く普通に剣だけで討伐して。ちょっと『天恵魔法』も見てみたい...そんな事を思ったりして。

それ位平和に。問題もなく樹海を進んで行った。

そうして迎えた四度目の夜。

「明日の遅い時間には樹海を抜けられますから。疲れたと思いますが後少しですから! ゆっくり休んで下さい」

明日の夜か。やっぱりこうやって休みながらだと五日位掛かるんだ。

私は問題ないんで早く行きましょう! とは言えないからなあ...。

残り一日。今の所大丈夫そうだけど。正体がバレないようにしないと!

そんな事を思いながら横になる。



「...おいっ! 皆起きろっ!!」

そんなゼタルさんの小さいけど低い野太い声で。ハッと身を起こす。やっぱりこんな状況では熟睡は出来ないし。直ぐに目が覚めた。

他の皆さんも既に立ち上がっていた。剣に手を掛けて。戦闘態勢に入っている...。


ギルルルル...。

そんな鳴き声の様なものが...あちこちから聞こえる。

暗い闇の中。樹木の隙間から赤い光が幾つも見えた。


「ケルベロスだ。...しかも複数いる」


セラフィム・ヴァン・ワルキューレの。

真剣で低い声が。危険な状況である事を感じさせた...。



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