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不本意ながら婚約しました

 庭が一望できるテラスに用意されたお茶はとても美味しい。

 他国から取り寄せた特別なお茶のようで、初めての味わいだ。でも、今はそれを楽しんでいる場合ではない。


 お茶会のあった日の夜。

 ランバート様がわたしの部屋に侵入し、わたしが大声をあげて騒いだものだから、何故か情熱的な恋に落ちた二人、というシナリオができあがった。


 両親にしてみたら、そういうことでないと困る。


 なんせ、娘の寝室にランバート様は侵入し、寝台の上にわたしを押し倒した状態だったのだから。しかも、暴れないようにのしかかっていたから、情熱的なシーンに突入しようとしているように見える。大騒ぎすると、相手は王族。わたしが疵物になるだけだ。


 そんな色々な事情から、ランバート様の婚約者となってしまった。


 こんな予定じゃなかったのに。素朴な誰かと恋をして、ドキドキを楽しみたかった。

 むっつりとしてお茶を飲んでいれば、目の前の原因は爽やかな笑みを見せた。今日も骸骨のように骨と皮だけのガリガリであったが、幾分、目の下のクマが薄くなっている気がする。


「婚約してくれてありがとう」

「……本気で言っています?」

「ああ。斬って捨てられたらどうしようと思っていたけど、理解のあるご両親でよかった」

「そうですね」


 恋愛をする前に婚約者ができてしまったことが納得できなくて、恨みがましく思ってしまう。ランバート様はわたしの不満に気が付いているのだろう、苦笑した。


「そんな目で睨まないでくれ。申し訳ないとは思っている」

「もうちょっと時間帯をどうにかできなかったのですか。それか、せめて音遮断の魔法を使うとか」

「音遮断。気持ちが焦っていて、気が付かなかった」


 今気が付いたと言わんばかりに頷かれて、脱力した。些末なことは気にしないタイプのようだ。


「それで、この祝福、どうしてわたしが持っているのか教えてくれませんか」

「祝福を神官が取り違えたんだ。単純なミスだな」


 理由を聞いて、唖然とした。


「え?」

「本来なら取り違えるなんてあってはならないことなんだけどね。王族の祝福と貴族への祝福を同じトレーに入れて持っていたものだから、取り違えてしまったと」

「嘘でしょう?! 間違えたのなら、すぐに連絡してくれてもよかったのに」

「間違えた時点で取り消せばこんなことにはなっていなかっただろうね。ただ、教会の方も単純なミスを表沙汰にしたくない気持ちと、王族の祝福は僕に固定されていたから定着せずに消えると思っていたようでね。結果的に放置したわけだ」


 その安易な判断に、涙が出そう。


「消えるはずの祝福がどうして生きているんです? わたし、ちゃんと繰り返していますよ?」

「そのあたりはよくわからない。きっと僕と波長が合うんだろう」

「迷惑すぎる。間違ったら素直にごめんなさいをするべきでしょう」


 王家の祝福の力で叶えたい願いはランバート様のものなのに、祝福の発動はわたしが持っているなんて。わたしがどう死ぬ未来を変えようと頑張っても、変わるわけがない。


「本当にな。だから、僕は今までの間、自分の祝福がどこにあるかわからないまま、願いを叶えようと必死になって生きてきた」

「祝福は七回で終わりなのはどうしてですか?」


 このループする人生が終わるなんて考えていなかった。終わってしまったら自分はどうなるのだろうと漠然とした不安が胸に広がった。


「過去に、何度も繰り返した王族がいた。何度も繰り返す絶望を知ったことで、そういう制限がかけられたと聞いている」

「……その王族の方、まだ繰り返しているのですか?」

「いいや。成就して、正常な時間軸に戻ったよ。繰り返すための祝福は同時に発動しないから、今、時間軸を歪めているのは君だけだ」


 祝福は七回が最後。

 その重みが今さらながらにずっしりとのしかかってきた。


「ランバート様の願いはそれほど叶えにくいものなのですか?」


 確かにわたしが間違って祝福を持っているかもしれないが、何度も繰り返してしまうほど叶えられない願いというのは何だろうか。首をひねると、彼は薄く笑った。


「一度戻ればやり直せるはずの願いだよ」

「でも今は六回目ですよね?」

「……本当に話は簡単だった。僕がなくしたものを時を遡って見つけるだけだったから」


 幼い頃に何かに癇癪を起こしたランバート様は彼のお母さま、要するに側室様の宝石を隠したらしい。その宝石、側室様の一番の宝物で、体調が悪く寝込んでいるお母さまは宝石のことを気にしている様子を見せるという。慌ててその宝石を返そうとしたのだが、すでに隠してあった場所にはなかった。それからずっと探し続けている。


「ランバート様の願いが叶えば、この祝福は終わるのですね?」


 その場合、わたしはどうなるのだろう。やっぱり十八歳で死んでしまうのだろうか。

 繰り返す人生だとわかっていたから、一瞬の恐怖を見ないようにできたのに。その先がつながっていない、それが恐ろしい。


「願いが叶っても叶わなくても、次で最後だ」

「その最後を迎えたらどうなるのですか?」

「僕の願いは叶うことなく、そのまま通常の時間軸に戻る」


 それならわたしは死んでしまうのだろうか。不安に思ってランバート様を見つめれば、彼は安心させるように微笑んだ。


「心配いらない。君は死なない」

「でもいつも事故で」

「その事故を回避できれば君は生き残れるよ」


 信じられない気持ちもあった。

 でも信じるしかない。


 不安なことはいっぱいあったけど、ランバート様を信じることにした。



 とうとう巻き戻しの最後の日が来てしまった。

 現実は厳しかった。二人で何とかこれで終わりにしようと頑張ってみたけれども、時間は無情にも過ぎていった。


 ランバート様の願いはすごくシンプル。

 隠した宝石をお母さまに返すこと。


 ランバート様がちゃんと自分の祝福を受けられていたら、すぐにでも解決する。ところがわたしがランバート様の祝福を持ってしまったことで、宝石を隠してから三年後に戻ることになってしまったのだ。

 この三年というのは、わたしとランバート様の年の差。ランバート様が十歳の時に戻れればすぐに解決したけれども、わたしの十歳の時に戻るわけで。戻った日、ランバート様はすでに十三歳。


「今回は諦めた。次に生かすために、少し整理をしておきたい」


 落ち着いた様子で彼はそう言った。この十か月、一緒になって探していたものだから、少し寂しいような、このまま別れたくないような、言葉にできない思いが胸の中に広がった。


「部屋をいくら探してもありませんでしたね」

「ああ。きっとどこかに落としたということではないのだろう」

「お母さまの宝石を隠したことは間違いないのですよね?」


 ランバート様は小さく頷いた。


「巻き戻しの度に部屋の中は探している。何も変わっていないんだ。本当にどこに行ってしまったのか」


 ランバート様は諦めに近いため息をついた。

 正直お手上げだ。何かないかと考えようとするのに、次第にぼんやりしてくる。眠気はないのに、おかしな状態に、首を傾げた。


「そろそろ時間だ」


 意識がふわふわとし始めた。


 ああ、こういう終わり方になるのかと今までとの違いを感じた。きっとランバート様と出会ったから、痛みも何も感じずに戻ることができるのだろう。


「七回目で会おう!」


 意識が途絶える瞬間。

 ランバート様のそんな声が聞こえた。


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